|
---|
No.267 |
<研究紹介> ISASニュース 2003.6 No.267 |
|
---|
|
世界初の小惑星探査ローバ“MINERVA”
宇宙探査工学研究系 吉 光 徹 雄
|
|
![]() 図1 小惑星探査ミッションMUSES-C [Ikeshita/MEF/ISAS] さらに,探査機と地球の間の通信帯域は非常に細く,数10分の往復の電波遅れ時間が想定された。このため,地球からの遠隔操縦は現実的でなく,ローバには,自律的に移動探査する知能が必要であった。
2.2 微小重力下での移動メカニズム筆者らの研究グループは,長年,月や火星表面を探査するローバの研究を行なってきたが,小惑星のような重力が小さい環境は初めてである。さまざまな検討の結果,車輪型のような表面と接触を保ちながら移動するメカニズムは,以下のような理由から不利であるという結論に達した。
必ずしも接触を保つ必要のない移動メカニズムとして,ホッピング型の移動メカニズムがある。MINERVAの移動メカニズムは,ホップに特化したものを採用する方針を決めた。ホッピングメカニズムでは,ホップする際に,小惑星表面を押し付ける力が働くため,時間は短いながらも接触力を大きくすることできる。このため,移動速度の面からも有利である。 続いて,ホッピングに特化した移動メカニズムに関して,アイデアの募集を行なった。「微小重力移動メカニズム研究会」を発足し,所内外の専門家や大学院生とブレインストーミングを行なった。ジェット推進で移動する方式や,表面を蹴って移動する方式などさまざまなアイデアが出されたが,最終的には,当時大学院生であった筆者が提案した内部トルカ方式を採用した。 MINERVAで採用した移動方式を図2に示す。ローバ内部のトルカによりローバを回転させ,この反力でローバをホップさせる。本方式は以下のような利点を持つ。
このホップメカニズムを提案した時には,シミュレーションによる検討結果を誰も信じようとはしなかった。その後,実際にプロトタイプのローバを製作し,落下塔(カプセルを自由落下させることにより,カプセル内部で数秒間の無重力状態を得ることができる)に足繁く通って実験をすることにより,ローバの動きが目で見て確認できるに至って初めて信用してもらえるようになった。
![]() 図2 トルカによるホッピング方式 |
|
2.3 MINERVAの開発ミッションと移動メカニズムが決まったが,それを実現する探査ローバを設計・開発するには,まだまだ大きな壁があった。一番大きな問題は,質量とサイズである。MINERVAは,ホッピング機構の他に,電源,通信機,アンテナ,コンピュータ,データレコーダ,熱制御,姿勢制御,姿勢センサ,観測機器など,1つの衛星が有するあらゆる機能を持っ必要がある。さらに,母船からローバを分離するための機構や,母船との間でデータのやりとりを行なうインタフェースも必要である。それらすべてを含めて質量1[kg]以内で実現することは至難の技であった。また,上に挙げたことを1つのコンピュータで実現するためのソフトウェアの開発も苦労の連続であった。ローバ開発に熱心であったIHIエアロスペースのロボットグループと共同研究をスタートさせて,ローバのハードウェアとソフトウェアの開発を進めた。大まかには,ハードウェアの開発をIHIエアロスペースが行い,ソフトウェアの開発を筆者が担当した。また,設計や試験は共同で進めた。 その他にも,MINERVA開発プロジェクトにご賛同いただいた多くのメーカに,多大な協力をしてもらった。CPUやモータは,宇宙用の部品をメーカに特別に提供していただいた。また,搭載した超小型カメラやバッテリ,通信機は,宇宙とは縁のないメーカの民生品を,メーカの協力のもと宇宙仕様化し,各種環境試験をパスするものを開発した。特にバッテリは重要であった。太陽電池セルによる発電だけでは,通信機やモータの動作に必要な瞬時の電力需要を満たすことができないため,ローバ内部にバッテリを搭載することは必須であった。バッテリとして電気二重層コンデンサを採用し,小惑星に到達するまでの2年間,極低温にさらされても劣化しないものを特別に開発した。
3. MINERVAシステム
MINERVAのフライトモデルを図3に示す。また,ローバの仕様を表1に示す。ローバの大きさは,直径120[mm],高さ100[mm]の正16角柱(ほぼ円柱)であり,質量は591[g]である。その他の分離機構や探査機とのインタフェース部を含めると,最終的には1[kg]を大幅に超えてしまったが,1457[g]である。 |
|
表1 MINERVAローバフライトモデルの仕様
3.2 自律探査行動MINERVAローバは,探査機が小惑星表面に接近し,タッチダウン最終フェーズの高度約20[m]で小惑星表面に向けて放出される。ローバが小惑星表面に降り立った時には,地球と探査機と間には約30[分]の通信時間遅れが存在する。このため,ローバは,電気二重層コンデンサの充電量,内部機器温度,活動履歴などのローバの状態に応じて自律的に行動を判断する。ローバには内部機器温度によって自動的にON-OFFする機能が備わっている。内部温度が高くなると一部の機能を停止させ,残りの機能で運用する。内部機器温度があまり高くない時間がローバの活動期間となるため,小惑星上の朝,あるいは夕方に活動することになる。また,搭載したフォトダイオードにより太陽方向を認識する。朝には夜の方向に,夕方には昼の方向にホップすることにより,内部温度を低くするようなサバイバル機能も有する。
4.おわりに小惑星探査機“はやぶさ”に搭載されている探査ローバMINERVAを紹介した。日本のお家芸である民生小型軽量技術の利用,ミッションに特化した設計などにより,わずか600[g]のローバを世の中に出すことができた。関係者の尽力に感謝したい。(よしみつ・てつお,くぼた・たかし) |
|
---|