No.261
2002.12

ISASニュース 2002.12 No.261

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秘境,いつまでも −クリスマス島訪問記−

矢 島 信 之  

 ヒューストンで開催された34th COSPAR(宇宙空間研究委員会学術総会)の帰途,ハワイから真南に2,000km,赤道直下のキリバス共和国クリスマス島に立ち寄った。ここで進められている,NAL/NASDA共同実験である高速飛行実証実験(現地の人はミニシャトル実験と呼んでいた)を見学するためである。このプロジェクトは,次のフェーズで気球高度から自由落下させる,より高速の飛行実験をフランスCNESとの共同研究としてスウェーデン,キルナで実施する。気球工学の立場から実験へのアドバイスを求められ,協力してきた経緯からこのような次第となった。

 誰でも,赤道直下のサンゴ礁の小島,ハワイから飛ぶ手段は週一便のみと聞けば,それなりの覚悟をして出かける。航空宇宙技術研究所からも事前に「出張心得」なる詳しい情報をいただき,理解していたつもりであった。しかし,飛行機から島に一歩踏み出すと一瞬たじろぐ。ギラリとする太陽の光の強さ,ムッとする熱気,椰子の木に取り巻かれた小さな空港の建物,待ち受ける中古からさらに古くなった自動車,起伏が見えない平坦な大地,やはり別世界である。

 しかも,ここまでの道のりは遠かった。第1日目,早朝4時半にホノルル空港に集まったものの,航路の途中に台風が居座っているため飛行はキャンセルと告げられる。次の日も同様,その次の日とまた次の日は空港への呼び出しもなく,不安は募る。同じ便で島に渡る航技研の森 隆茂グループリーダー等は,実験の進行との関連で大変困っておられた。結局フライトが再開され,何とかクリスマス島にたどり着くことができたのは予定より4日遅れとなった。

 島は東京23区と同程度の面積だが,海抜は数m程度しかない。特に中央部は低く,海と陸が網目模様であったり,海水の湖が散在する。東側は比較的しっかりした陸地で,北端から南端まで海岸に沿って幹線道路が通っている。人口5,000人程の住民は島の北側半分に住み,空港,ホテルおよびNASDAのダウンレンジ局もそこにある。椰子の葉で葺いた簡単な住宅も多く,貧しいがのどかな生活である。実験班の方々は,住民との友好関係を保つことに配慮され,行き交う人には手を挙げて挨拶する。気持ちの良い笑顔が返ってくる。

 南側半分はほぼ無人地帯で,その南端少し手前に1,800m弱の試験滑走路を持つNASDAAEON実験場がある。北側の居住地域からは車で1時間程の距離があり,地上安全としては申し分のない条件である。実験施設は,費用のかかる恒久施設とせず,トレーラー家屋をベースにした仮設の建屋5棟程で成り立っており,簡易ながら実用性は十分確保されていて感心する。秋元敏男プロジェクトマネージャー以下総勢50名近い実験班員の大半は,ここで活動しておられた。すでに,10月8日に第一回目の飛行試験に成功され,二回目の挑戦に向け奮闘しておられた。

 現地の生活で最も苦労されるのは,やはり食事であろう。島には畑がないので,当然青野菜の類は期待できない。実験のタイムスケジュールに入ると,配給されるお弁当で食事をとる。米食で,調理も工夫されているが,食材の限界は如何ともしがたい。若い隊員の方々は特につらいであろう。ただし,島の周囲は魚の宝庫である。船で少し沖に出ると,かつおやマグロが面白いように釣れるとのこと。余暇に挑戦し,成果があった時には盛大なお刺身パーティーとなると聞いた。

 自由時間に海岸を散歩してみる。石,岩と見えるのは全て珊瑚。その間に,30cmほどもある巨大な貝の殻や,小さく美しい貝殻が散在している。波打ち際では1mを越す海蛇のような魚が昼寝をしている。キリバス共和国も開発は厳しく規制しているようだ。もし,規制が緩み,大資本が進出すれば,この手付かずの美しい海岸線は,たちまちワイキキ海岸となってしまうであろう。すでにインターネットでは,世界に残る数少ない釣り場の秘境として紹介されている。飛行機の座席の多くがそれを目当ての観光客であるのにも驚いた。

 実は,クリスマス島を脅かすのは,観光化の波ばかりではない。地球の温暖化が進んで海面が上昇すると,世界で真っ先に海中に沈む国としてキリバス共和国は注目されている。同行したPLAINセンターの本田さんは,故伊東富蔵先生の研究室に所属していた時から成層圏の大気採取装置の開発に取り組んでいる。その約20年にわたり,三陸,北極圏,南極昭和基地での気球による実験の成果として,研究グループは,成層圏の二酸化炭素が年毎に着実に増大しているとの世界で最も精度の高い観測データを提示している。今回のCOSPAR参加も,この装置開発に関する研究発表にあった。その帰りに,地球環境問題の象徴的存在となっているこの国に立ち寄れたのも,不思議なめぐり合わせと言えるだろう。

 現地でお世話になった,NAL/NASDAの方々にここで御礼申し上げます。

(やじま・のぶゆき) 


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浩三郎の科学衛星秘話
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