No.222
1999.9

ISASニュース 1999.9 No.222

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プレッシャーに耐えてスーパープレッシャー気球の研究

矢島信之   

 米国航空宇宙学会(AIAA)国際気球技術コンファレンスに,文部省の国際研究集会派遣費により論文を発表する機会を得た。開催期間は6月28日から7月1日まで,場所は米国東海岸のヴァージニア州ノーフォークであった。この付近は独立戦争や南北戦争の激戦地跡が多いと聞く。南北戦争では,水素を充填した有人気球が偵察用に活躍したことで気球史上有名である。敵陣の頭上に至った後,バラストを捨てて高度を変え,逆向きの風を捉えて自軍に帰り着くという,ブーメラン飛翔はこの時代にもう行われていた。この空を飛んだのだろうかと見上げるが,初夏としては暑過ぎる無風の青空が広がるだけで,港町らしい朝夕の涼風すらない。

 ところで,発表した論文のタイトルは,「高耐圧気球を実現するための自然型気球の新しい設計法」である。注1)高い耐圧性が要求される大型のスーパープレッシャー気球を実現することは,南北戦争時代はともかく,20世紀半ば以降の近代気球時代の積年の課題である。その可能性を気球の形状設計の面から追求したこの論文が,思いもかけず最優秀論文に選ばれた。この受賞は,以下のいきさつもあり,私にとって大変意義深いものであった。

 実は,この研究の第一段階の成果を1998年7月に名古屋で開催された第32回宇宙空間科学総会(COSPAR)で発表した。そこでは,新しく考案した設計概念が耐圧性の向上にいかに有効であるかを,わずか直径3mの小型モデル気球の破壊テストで証明したにすぎなかった。しかし,NASAは素早い反応を示した。その気球部門は,1トンを越える重い観測器を搭載できる大型のスーパープレッシャー気球を開発し,100日間も飛翔させて衛星と競合できる存在にしようという意欲的なプロジェクトを進めている。そのホームページに描かれている気球の形状は,彼らが同じCOSPARで発表していた球形気球から私が提案した形状にいつのまにか変わっていた。試作も開始した。これでは八木アンテナの二の舞かと危惧した。幸いなことに,科学技術振興事業団の資金支援もあって,今回の受賞につながる大きな研究の進展を見ることができた。


[写真1]室内での展張・加圧試験。直径20mの大きさに悪戦苦闘。

 話は最初に戻るが,論文賞の発表は晩餐会の厳かなセレモニーの一環として準備されていて,突然壇上に呼び上げられた。意地悪く,その時まで隠していたのだそうだ。不覚にもひどくどぎまぎしてしまった。それでも,自席に戻る途中,気球工学の第一人者であるウインゼン社のランド博士等から次々とおめでとうと握手され,人心地を取り戻した。ただ,困ったことに,私の発表するセッションは,晩餐会の翌日であった。ということは,講演は受賞にそれにふさわしく立派でなければならないことになる。これは,大変なプレッシャーとなった。幸い,論文提出後のこの5月15日に三陸大気球観測所で実施したフライトテストを記録したビデオを持参していた。容積3000立方メートルの気球が高度22kmに達し,設計通りの形状に膨らみ,大気圧より63%も高い圧力に耐えた様子が,搭載カメラからの映像で鮮明に写し出されている。大重量物を搭載可能な本格的スーパープレッシャー気球としては,世界で初の成功である。しかも,飛び抜けた強度を示して。この場面では大きな拍手が沸き上り,なんとか受賞の面目を保つことができた。

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[写真2]飛翔中の気球。補強ロープ間に大きな膨らみができることが設計上の特徴。
     この時の圧力29hPa。経線方向の全張力は100トン。
      55本のケブラーの補強ロープ1本当たり1.8トン。

 21世紀には大型のスーパープレッシャー気球が長時間飛翔を武器として科学観測にこれまで以上に活躍することになろう。そうなれば,今世紀の最後に宇宙科学研究所がその幕開けの役割をはたしたことになる。次の世紀の科学気球の発展により,受賞した今回の論文の意義が確固としたものになってほしいものである。

(やじま・のぶゆき)

注1) 共著者:井筒,本田(ISAS),黒河(機械技研),松島(藤倉航装(株))


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