No.194 |
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| - No.194 目次 |
| - 特集にあたって |
| - 開 発 |
| - 準備 |
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| - 追跡 |
| - 誕生 |
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| - コラム |
| - 編集後記 |
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「行く手を思う旅人は自分の影でも不安」と言う諺がある。M-V-1号機のオペレーションも正にこの諺の思いがした。オペレーションとは何か?宇宙研ではKSCで行われるロケットの発射整備作業を四つに分けて各々オペレーションと称している。
先ず支援設備機能動作をチェックする地上系オペレーション,制御機器の動作確認を目的とした制御系総合オペレーション(今回は制御系総合オペレーションの中に地上系オペレーションを含む),ロケットを飛翔状態に組み立てる組立オペレーション,そして実フライトを行うフライトオペレーションである。
総合・地上オペレーションは当初1996年5月21日から始まり6月14日に終了する計画であったが,制御系のソフトに手を加える必要が生じ,6月7日の総合オペレーションをもって作業を打ち切り,残り作業は組立オペレーションに延期となった。 制御系のソフトはその後宇宙研に帰り検討した結果手直しに日数を必要とすることが分かり,1996年度夏期(8,9月)のフライトを延期することとなった。
その後制御系についてはソフトの手直し,諸試験を行い,組立オペレーションは1996年11月18日作業開始,12月19日終了の計画で作業に入ったが,ロケットの組立作業は当初計画をはるかに上回り難行し,明日の作業時間すら決められない状態になった。
結局オペレーションを1日延期し,移動日を入れる日数33日,実働日27日,休日4日にわたる出張期間中,なんと残業は82時間に及び単純に計算しても約11日強の作業を残業でまかなったことになる。
毎日の作業スケジュール表を改めてめくって見ると,作業変更のメモで真黒になっているページもあるほどで,その時はただ夢中でロケットの組立を完成させようとの使命感のみであったように思われる。
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仕事というものは,人と人とが信頼しあって,初めて成功するものであると言うが,永年ロケットの組立作業にたずわってきて,今回ほどそれを思い知らされたことはなかった。救いと言えばこの組立作業に参加した実験班の中から一言の不平も出なかったことである。M-V-1号機の成功に向けた全員のチームワークの結晶である。
組立オペレーション終了後,構造班は整備塔内に組み立られたロケット(全機体)に振動を与え構造上の問題等のチェックを行った。フライトオペレーションは年明け宇宙研から衛星(MUSES-B)を運び出すところから始まった。1997年1月10日搬出,1月13日KSC搬入。SA班はオペレーションに入った。
機体系は1月21日から同じくオペレーションに入り2月7日発射に向け最後の組立が始まった。その後SA班に若干の手直しが発生し発射日を2月11日以降に延期した。組立作業はその後順調で2月11日発射日を迎えたが,天候が悪く延期。翌2月12日13時50分に発射された。この一連のオペレーションを短い文章の中で表現することは本当に難しい。組立オペレーションの残業時間だけで判断して頂くのも心苦しい。しかし事実は事実として残しておくことが大型プロジェクトにたずさわる我々の使命ではないだろうか。
ロケットは大小にかかわらず実験が成功するとお祝いをする。でも今回ほど汗(冷や汗も)を流したことは無い。涙とともに美酒に酔い最初に頭をよぎった不安はそのまま2号機に引き継ぐことになる。なぜならロケットは1機1機性格が違うからだ。
(林 紀幸)
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