No.293
2005.8

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2005.8 No.293 


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太陽コロナ 〜活動・加熱の源を求めて〜 

宇宙科学共通基礎研究系 清 水 敏 文 

 太陽は,非常に興味深い身近な天体プラズマ実験室です。約6000度の太陽表面(光球)から2000kmほど上空に行くと,100万度を超える高温のプラズマが存在します。「コロナ」と呼ばれる太陽大気です。コロナはフレア(太陽面爆発)が突発的なエネルギー解放を起こす場所で,フレアやコロナ質量放出は地球での磁気嵐の発生と密接な因果関係を持っています。昨今,国際宇宙ステーション建設などで宇宙飛行士が宇宙空間で活動する機会が増えつつあり,人類が宇宙空間を利用する上でも,太陽―地球間の宇宙環境を理解することの重要性が増しています。いわゆる,宇宙天気のことです。

 太陽の観測的研究は,400年ほど前のガリレオ・ガリレイによる太陽黒点のスケッチ観測を最初として,古くから行われてきました。しかし,太陽フレア発生の物理,太陽コロナ存在の謎,太陽11年活動周期の謎など,太陽は知っているようで基本的なことの多くがよく分かっていない星なのです。


太陽コロナ

図1 軟X線で見た太陽コロナ

 太陽観測衛星「ようこう」の軟X線望遠鏡は,1991年の打上げ以来10年以上にわたり,軟X線で見た太陽コロナ(図1)の姿を観測し続けました。この軟X線の動画は,研究者にさまざまな科学的な興味・衝撃を与え,また広く一般の方へも強い印象を与えました。軟X線で太陽を見ると,太陽表面が黒い円盤として見え,コロナは表面からは想像できないほど濃淡のある構造から成り立っています。太陽表面は約6000度であるのに対して,コロナは100万〜300万度という高温のプラズマから成り立っているので,軟X線でよく観測することができます。

 なぜ太陽表面の上空に数百倍の温度を持つプラズマが存在するのでしょうか? いわゆる「コロナ加熱問題」とも呼ばれ,我々が長年理解に苦しみ続ける不思議な現象です。とはいえ,コロナ加熱が磁力線の存在と切っても切り離せない関係にあることは,磁場の強い活動領域でコロナの加熱が高いことから,確かなようです。

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コロナ加熱とマイクロ・ナノフレア

 では,コロナを加熱する具体的な物理的過程はどのようなものなのでしょうか? 考え方としては大きく二つあり,一つは磁力線を伝播する波(電磁流体的波)がコロナで放散するという「波動加熱説」,もう一つはコロナ中にできた多数の磁気的不連続点で極めて小規模なフレアが非常に多数起きているという「マイクロフレア加熱説」です。いずれの考え方でも観測で得られた事実を説明するには至っておらず,まったく理解できていないというのが現実です。

 このうちマイクロフレア加熱については,「ようこう」の軟X線連続画像観測などによって観測的な理解が大きく進みました。「ようこう」の観測以前は,通常観測で受かるフレアのエネルギー規模は1029〜1032エルグでした。「ようこう」の高解像度・低散乱・高時間分解能の観測のおかげで,2桁もしくはそれ以上小さな爆発が頻発していることが分かりました。さらに,1024〜1025エルグ程度の極めて小さな爆発の存在も明らかとなりました。これらの爆発現象は,最大級フレアに対して規模が6桁,9桁と小さいことから,マイクロフレアあるいはナノフレアと呼ばれます。観測からは,マイクロフレアの解放エネルギー総量はコロナに必要な加熱量には足りず,ナノフレアの観測的理解に重点が移ってきています。また,これらの現象は活動領域にある小さなコロナループ(磁束管)が突然加熱される現象であることが分かり,形態的な理解も大きく進みました。


コロナ加熱・活動の源

図2 太陽表面の拡大写真。無数のセル構造が粒状斑と呼ばれる約1秒角の大きさの対流構造,小さな白い輝点構造が微細磁束管,黒い構造が黒点。スウェーデン王立天文台望遠鏡撮影。

 コロナ加熱や活動の根本的な源は,コロナよりも下層にある太陽表面(光球)および光球面下の対流層にあると考えています。光球では対流によるガスの激しい運動が起きており(図2),表面から生える磁力線が激しい対流運動によってねじられたり混合されたりすると想像します。その結果,磁力線で磁気流体波が励起されたり,もしくは上空のコロナで磁力線がごちゃごちゃになり,多数の不連続面が形成される可能性が考えられます。このあたりの理解が,コロナ加熱の謎を解くカギを与えるものと考えています。

 加熱されるコロナループと,ループの磁力線が根付く表面における磁場の運動や様子を対応付けて詳しく観測できれば,加熱における物理過程の理解が大きく進むものと期待されます。ところがやっかいなことに,ある程度の太さを持つコロナループでも光球面では100km程度の大きさしかない磁力線の束に収縮しているため,角分解能が〜0.2秒角程度の観測が必須となってきます。この収縮した束は微細磁束管と呼ばれ,1.3キロガウス程度に強められた磁場となっています。

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太陽面磁場の観測

 表面磁場の測定には通常,ゼーマン効果を利用します。磁場のある大気から発せられる,または透過する光は,磁場の影響を受けて偏光します。スペクトル線を見ると,磁場のないとき1本であった吸収線は,磁場があると何本にも分かれます。分離の仕方や偏光の度合いを測定することによって,磁場の大きさや向きを推定することができます。観測としては,遅延板と偏光板を用いて,偏光成分を表すストークス・ベクトル(Stokes I,Q,U,V)を測定します。Q成分とU成分は直線偏光,V成分は円偏光の様子を表します。図3は,磁場に感度を持つ2本の吸収線をスペクトルとして測定した例です。

図3 太陽吸収線の偏光観測の一例


衛星と地上との共同観測

 X線コロナの観測は,「ようこう」など飛翔体からしかできません。一方,太陽表面の磁場の観測は主に可視光域の吸収線を観測するので,地上の天文台でも観測可能です。そこで,地上の望遠鏡と「ようこう」などの衛星で同時に同じ領域・同じ現象をとらえる共同観測が,国内外を問わず盛んに行われています。図4は,このような共同観測で得られた成果の一つで,小さな磁場が太陽面下から浮上した直後にマイクロフレアを引き起こす現場をとらえた観測です。

図4 小さな磁場の浮上活動がマイクロフレアを引き起こした現場

 コロナ加熱・活動を,秒角を切るスケール(サブ秒角)の磁気要素の活動と関係付けることが重要なので,可視光観測には高い解像度を必要とします。地上観測においてもこの10年,大気の揺らぎの少ない観測サイトでの観測や揺らぎを補償する技術の導入などで,スナップショットでは高解像度の画像がまれに得られつつあります。筆者もついこの前,7月上旬に,大気揺らぎが小さいスペイン・カナリー諸島にある天文台で国際共同観測を行いましたが,瞬間的な解像度の改善には目を見張るものがありました。しかし,コロナのダイナミックな活動や加熱を研究する上では,サブ秒角で安定して連続的に磁場の変化を精度よくとらえることが必須で,地上観測では大きな限界となっています。

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期待されるSOLAR-B衛星の活躍/H3>
図5 2006年度に打上げ予定のSOLAR-B衛星

 そこで,SOLAR-B衛星の登場が切り札になると期待しています。SOLAR-B(図5)はコロナと下層大気との磁気カップリングの解明を重要な研究テーマの一つとして計画され,コロナの観測と太陽表面の磁場の観測を同時に行うべく,三つの特徴的な望遠鏡を搭載しています。コロナの観測はX線望遠鏡(XRT)と極端紫外線分光撮像装置(EIS)が担当し,太陽表面の観測は可視光望遠鏡(SOT)が担当します。SOTは口径50cmの可視光望遠鏡で,0.2〜0.3秒角の解像能力を持ちます。太陽観測を目的とした軌道上望遠鏡としては,世界一の大きさの口径を持つ宇宙望遠鏡となります。観測機能としては,ダイナミックな時間変化をとらえるためのフィルタ撮像装置と,磁場など物理量を詳細に調べるためのストークス・ポラリメータ(偏光測定用分光器)を持っています。

 現在までに搭載望遠鏡の開発はほぼ終わり,衛星としての最終総合試験が始まりました。2006年度予定の打上げが成功して,望遠鏡が革新的な観測データを取得し,太陽物理学や関連学問分野に大きな衝撃を与えてくれるものと,今からわくわくしております。そのため万事を成すべく,試験への力も入ります。

(しみず・としふみ) 


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