No.282
2004.9

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2004.9 No.282 


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地球生物重力適応システム 
〜場の形成と張力維持に必須な細胞骨格とその分子シャペロン〜 

東京大学大学院総合文化研究科      
宇宙科学研究本部客員教授 跡 見 順 子  


 宇宙科学研究のうち生命科学分野においては,その重要なテーマに地球自身が生み出した生命システムの構築原理と,38億年にわたる進化・適応機構がある。ストレスに抗してシステム維持を追求する生命の戦略は,ストレスに対処する方法や科学技術を編み出した人間自身の存在の在り方にも示唆を与えてくれるはずである。中でもシステム原理として構成されていると考えられる“かたち”のある生物 dash 特に人間を含む哺乳動物 dash の重力適応の鍵分子として機能解析してきた構造対応システム・細胞骨格タンパク質,およびその時間適応に必須な分子シャペロン(タンパク質のお世話役のタンパク質)について紹介したい。からだがもっているストレス応答システムをうまく引き出すことで,適応が獲得されることが分かる。適応を生むストレス因子の中核は,重力・機械的刺激である。


生物のかたちをつくる機械的・力学的システム

 “地上”で家を建てる場合に基礎と柱が必要なように,かたちのある細胞も,かたちをつくるための力学的基盤としてタンパク質から成る細胞外マトリクスを,そして,かたちをつくる素材として細胞骨格をもつ。細胞骨格が発揮する強度(張力)は細胞により異なるが,細胞骨格を壊したり,細胞骨格のダイナミクスを止める物質を加えると細胞は死ぬ。また,基盤である細胞外マトリクスからはがしても細胞死が起こる。生態情報はゲノムに書き込まれているが,ゲノムがかたちをつくるわけではない。ゲノムを読み出す場は機械的に強度を必要とし,生物はそのために,細胞内外にタンパク質や糖などで,力学的に釣り合った強度に耐える構造をつくる。

図1 細胞の骨格構造
a:テンセグリティーモデル(Ingber, 1997)
b:3つの細胞骨格
c:筋芽細胞から筋線維への細胞骨格のリモデリング
  (サルコメアをつくる細胞骨格構造)

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 細胞骨格は伸縮を生み,かつ伸縮に抗するファイバー構造体である。培養細胞のアクチンフィラメントは筋のサルコメア構造に類似した収縮構造をもつストレスファイバーをつくる。ハーバード大学のD. Ingberは,テントや福岡ドームのような張力によって制御するこの力学構造をテンセグリティーモデル(図1-a)と名付け,細胞に適用した。いずれの細胞も3種の共通のタンパク質ファイバー・細胞骨格(アクチン,チューブリン,中間径フィラメント)をもつ(図1-b)。これらは「テンセグリティー」や「骨格」という名に似ず,ダイナミックにつくり替えられており,特にチューブリンがつくる中空のナノファイバー・微小管は,“動的不安定性dynamic instability”という性質を示す。名称通り,GTPを結合して重合し微小管を伸張するが,やがてGTPをGDPに分解すると不安定となり,脱重合を始めて短縮する。結果,重合していないフリーフォームが増加するとまた伸張するというような化学平衡関係の維持が,この動的不安定性の背景にある。さらに,増加したフリーフォームがチューブリンのmRNAに結合するとmRNAが不安定になって壊されチューブリンがつくられないというように,自らの制御を遺伝子レベルで行わず,現場でのタンパク質の重合・脱重合状態で細胞の動的な状態を調整している感がある。

 微小管は,細胞分裂の際に染色体を二分割することで知られているが,骨格筋細胞では筋芽細胞から筋線維への融合時の極性の維持に必須であること,また最近では,アクチンフィラメントとの相互作用で細胞骨格自体のダイナミクスを維持していることが明らかにされている。特に筋細胞では,アクチンフィラメントはミオシンと相互作用して細胞に収縮力を,微小管は拮抗して伸張力を与え(図1-c),両者の方向性の異なる力学環境により,細胞は移動せずに張力発揮環境を持続していると考えられる。サルコメアでは,これを高度に構造化する(図1-c下)。


タンパク質システムをお世話する分子シャペロン

 生命システムは,機能を生み出す構造を維持しつつ,さまざまな階層で方向性の異なる二局面を循環させながら機能している。両極間でのゆれが,ダイナミクス持続因子=細胞へのストレス因子となり,適応を促進させる。タンパク質自体の合成と分解,細胞骨格タンパク質の重合と脱重合による動的な形態維持,エネルギー消費と産生,かたちの維持と張力発揮,収縮と弛緩(伸張),運動と構造維持,安定化と不安定化などである。このために,細胞は一世代の生存時間内においてもセントラルドグマにより再生産系を恒常的に機能させており,この系自体の正常なタンパク質の機能保持を,タンパク質の一生をケアする分子シャペロン(ストレスタンパク質)に託している。この循環系から外れたかたちでタンパク質が変性すると,さまざまな病態に移行する(アルツハイマー病,プリオン病など)。細胞の新生タンパク質のうち30%は異常であり,合成と同時に分解されていることが示されている。細胞システムは動的に動かし続けることが必須であるたとえである。さまざまなストレスタンパク質が存在するが,上記長寿適応戦略モデルとしての心筋や遅筋細胞では中でも低分子量ストレスタンパク質(sHSPs)の発現が高く,エネルギー依存性の機能-構造連関システムの要で機能している。

 sHSPsの一つであるαB-クリスタリンは,無重力筋萎縮モデルのラット後肢懸垂モデルで特異的に減少する。宇宙環境では重力下で獲得してきた細胞の適応獲得分子であるストレスタンパク質の発現が低下するとなると,無重力下におけるヒトをも含む生物の適応システムをどのように刺激し続けるかは大きな問題であろう。αB-クリスタリンのノックアウトマウスは,すぐに死ぬわけではないが,自発運動量を測ると顕著に低い。ストレスタンパク質の転写制御因子である熱ショック因子をC. エレガンスに強制発現すると寿命が約2倍に増加することから,IGF-1とともにストレスタンパク質は長寿因子であることが報告された。このモデルでは,変性タンパク質の凝集の抑制に効果のあったストレスタンパク質は,αB-クリスタリンが属するsHSPsの仲間であった。


細胞の内外への力学応答と分子シャペロン 
  αB-クリスタリンとHSP47

図2 細胞内外のファイバー構造と力学ダイナミクスを維持する分子シャペロン
重力場での活動により細胞は,内に細胞骨格,外に細胞外マトリクスタンパク質を構成し,内外で釣り合った力学構造をつくり,構造依存性に活動できるようにする。分子シャペロンは,これを重力下でダイナミックにつくり替えるお世話をしている。

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 重力は,地上では構成的な因子である。分子シャペロンから細胞の持続的な力学対応システムを考察した(図2)。細胞内で細胞の張力発揮と収縮機構を生み出す細胞骨格タンパク質に対するαB-クリスタリンの分子機構,細胞外での支点形成に必須な細胞外マトリクスの主要タンパク質コラーゲンに対するシャペロンHSP47の重力負荷,解除への応答(ラットのモデル)を検討した。HSP47は小胞体内のHSFにより発現制御される唯一の分子シャペロンであり,コラーゲンタンパク質の3本らせん重合あるいは水酸基の付加,細胞外への分泌のためのプロセシングなどに必須であることが明らかにされている。

 HSP47の発現量について,タンパク質およびmRNAの後肢懸垂および遠心による過重力に対する応答を見ると,その基質であるコラーゲンのmRNAよりもかなり早い時期に応答を示した。また,コラーゲンは線維芽細胞で合成されていると考えられているが,筋細胞は基底膜構造を有しており,細胞培養系で検討したところ,筋細胞内で合成されていることが明らかにされた。


αB-クリスタリンの構造依存的ダイナミクスと機能

分子シャペロン(αB-クリスタリン)が結合した細胞の線維。チューブリン二量体(白と緑)は重合し,微小管となる(右上)。微小管はフリーのチューブリンとの間で化学平衡的にダイナミクス状態を維持しており,脱重合するときにはプロトフィラメントが観察される(左下)。αB-クリスタリン(赤)は,このダイナミクスの調節に関与している。
(Fujita Y., et al“αB-crystallin-coated MAPs-microtubule resists nocodazole-and calcium-induced disassembly” J. Cell Sci. 2004, 117, 1719-1726)

 αB-クリスタリンの発現の多い筋芽細胞では,細胞骨格の一つであるチューブリン/微小管と局在が見事に一致する(表紙)。αB-クリスタリンの発現の高い遅筋の抽出液のチューブリンとアクチンが,主要な基質として結合してくる。αB-クリスタリンは,チューブリンの熱変性による凝集沈殿を抑制する効果的な分子シャペロンとして機能する。その機能部位を調べると,sHSPsが共通にもつ“α-クリスタリンドメイン”のあるC末端側であった。また微小管の重合体の安定化を行うMAPsに結合し,微小管の安定化に貢献している。タイムラプス映像によりαB-クリスタリンの発現を増加した細胞はダイナミックであるが移動せず接着しているが,細胞に抗αB-クリスタリン抗体をインジェクションすると安定性が減少し,不安定な移動傾向が生まれる。

 これらのことから,拍動している心筋細胞にGFP-αB-クリスタリンを発現させ,その局在とダイナミクスを観察すると,拍動している状態でも横紋状に局在する。レーザーによる蛍光褪色後の回復を見ると(FRAP;fluorescence recovery after photo breaching),1分以内に横紋が回復した(図3)。比較のために熱ショックを1時間かけるとより明確な横紋状を示したが,拍動は停止し,数時間たっても消えた蛍光は回復しなかった。これらの実験から,細胞骨格の分子シャペロンαB-クリスタリンは,筋の収縮に依存してダイナミックに細胞骨格をケアしていると考えられる。

図3 心筋細胞に発現させたGFP-αB-クリスタリン
a:拍動している心筋細胞ではGFP-αB-クリスタリンは横紋状に見える。レーザー照射(FRAP)で長方形状に褪色するが(中央写真),1分以内に横紋が戻る。
b:熱ショックをかけた後ではGFP-αB-クリスタリンの局在はZ線,I帯,M線に強く共局在し,FRAP後,数時間しても回復しない(図なし)。
c:GFPのみ
(Ohto E., Yamaguchi T., Fujita Y., & Atomi Y., unpublished data)

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 形態構築・張力発揮・収縮/伸張運動,さらにエネルギー供給系との連携など,非生物システムでは同時に実現の不可能なシステムを,細胞では分子複合体のシンクロナイゼーションにより動的に構築していることが示唆される。永久機関的適応性の高い張力発揮システムには細胞骨格ダイナミクスの維持が必須で,分子シャペロンαB-クリスタリンがシステムの適応分子として必須であること,活動依存性に発現が亢進するストレスタンパク質の発現を誘導する環境刺激が重要であることが示唆される。


動物の重力応答機構

 生物は重力に抗して仕事をするが,主要な方法は脱重合できるタンパク質ポリマーで構成したタンパク質ナノファイバーの抗伸張力あるいは収縮による細胞間,組織間,個体と仕事の場である地球に対する張力発揮である。張力発揮ができないような状態では,細胞はシステムを維持できず死に至る。

 ゲノムが明らかになり網羅的な解析が進んでいるが,細胞骨格の遺伝子は比較対照のコントロールとして使われているように,遺伝子レベルでは大きな変化がしないように仕組まれているらしい。宇宙関連の生命科学研究や,重力応答研究を含め,生命システムのあまりに必然的かつ構成的な視点が見えなくなっている。宇宙研究ぐらい,広く宇宙や地球の生成から宇宙空間,地球という天体自身など,非生物対象の研究のみならず,そこに生きている我々人類の存在の本質を探る眼をもってほしいものである。

(あとみ・よりこ) 


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