No.270
2003.9

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2003.9 No.270 


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宇宙に生命を探し 生命に宇宙を見る
 dash 宇宙生物科学の課題 dash  

システム研究系 山 下 雅 道  

 今後何年間にノーベル賞をいくつ日本からといった,学術について数量的な目標の設定や成果の評価が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する世の中を憂いているというのに,のっけから数字を挙げるのははばかられるが,科学の広い分野を守備範囲とする「Science」と「nature」両誌の表紙の絵の分野を,それぞれ最近の60号(およそ1年分)について指を折って数えてみた。表紙の絵の数で軽重を量るのは,漫画本にしがみつく子供に字本を読めと声を荒げる自らの口跡と不整合であり,幼児性とのそしりは免れないが,数えた結果は,60%が生物,宇宙・惑星・地球が23%,物性・化学・材料をまとめると9%,基礎物理が4%であった。宇宙生物科学は,生物と宇宙・惑星・地球の双方にかかわる分野であり,その重要性は表紙の絵でも分かると主張したいところだが,宇宙生物科学はつの分野の積集合であろうかとも思い返し,この分野の中心的な課題が何であるのかを説明したい。表題に掲げたのは,2003年11月に開催される日本宇宙生物科学会の公開講演会(http://surc.isas.ac.jp/JSBSS_Exo/JSBSS_Exo.html)の主題「地球圏外の生命の探査と異なる原理の生命の理解」をかみ砕いてキャッチフレーズとしたものである。

宇宙に生命を探す

 生物には親がいてそのまた親がいて,自然発生することはない。それにしても,最初の生命が地球上あるいは他の天体上でどのように始まったかを,宇宙史や星間空間での化学進化に続く過程として描き出さなくてはならない。寄生的なウイルスの人工的な合成はすでに報告されているが,自立的な生命活動を営む細胞状の生命体の完全合成はまだなされていない。細胞の生きている仕組みが解明されればされるほどに,前生命的な前駆物質と始原細胞との間の大きなミッシング・リンクが認識されている。生命の起源については,星間空間で生成した前駆物質を豊富に含んだ隕石が飛来して水との反応により一挙に生命体の部品が高密度に得られたという仮説や,深海熱水噴出孔の周辺の特異的な物理・化学的環境にモデルを求めるなどがなされている。地球の活発な地殻運動は,始原的な生命体とそれを生んだ環境の情報を消し去ってしまっている。宇宙に生命を探す理由は,地球以外の天体にも生命体は存在する(した)かに答えること,そして生命の起原とその環境条件にかかわる発見への期待である。

 多種多様に進化した地球上の生物は,共通の祖先にたどることができる。地球上の生物は,一度獲得した仕組みや生化学的な物質を,保守的に継承してきている。体をつくるのに光学異性体のどちらをとるかとか,アミノ酸の組み合わせなど,およそ恣意的に選びとられたかにみられるものがある。生物体を構成する元素にしても,太陽系とその惑星である地球に相応した組成がみられる。このように,惑星としての地球が生物の起源や進化に与えた規定要因に着目して,地球上の生命の原理が地球に限定されているかを探る分野を,惑星生物学と宇宙空間科学研究委員会(COSPAR)ライフサイエンス部門では呼んでいる。たとえ生命体を構成する元素の組み合わせが変わろうが,生物学の基本的な概念である種とか進化は,宇宙的な視点から見て生命に普遍的な原理であるかもしれない。このような仮説を科学的に検証するには,他の天体で生命体探査を行い,比較するのが有効である。ただし,地球上で他とは隔絶された環境に,他の生物とは祖先を異にする生物種を見いだすほうが早いかもしれない。

火星隕石の波紋

 これらの研究に大きな衝撃を与え,また考えさせることの多かったのは,南極で採集された火星起源と推定された隕石に,火星での生命活動の可能性を示すかもしれないいくつかの発見が報告された時である。そのうちの一つは,隕石の劈開面に見られた微生物の生痕化石にも見える構造であり,その物理的な大きさが地球上の細菌の大きさと比べると格段に小さいと多くの科学者から指摘された。地球上の生物とは異なる原理に基づく生物を探索するのが最大の眼目ともいえるのに,火星の生命体が地球で見慣れた生物体とは異なると論難するのもおかしなことである。

 このような議論が沸き立つ中で,米国では最小の生物体の大きさを推定するワークショップが開かれた。寄生的ではない自立的な生物が,生命を営み自己複製するために必要な情報量を見積もり,その情報をコードする分子の量へと翻訳した。さらに,情報を発現する仕組みや自己を周囲から区切る境界である細胞膜を加えて,ぎりぎりの生物体の大きさが検討された。その大きさは,得られている知識で生物体を逆アセンブルすることでもあり,知られている最小の自立的生物体であるマイコプラズマのそれと大きく変わることはなかった。

 細胞を構成する細胞器官はかつてそれぞれが独自の生物であって,ある時代に取り込まれ共生を始めた。小さな生物体を求めるのであれば,細胞器官がまだそれぞれに独立な生物であり,いくつかの生物体が協同して生命活動を営んでいる姿などを構想すべきだと結論された。およそ異なる原理による生命の発見とその理解にとっては,生命についての深い理解を基礎にするのはもちろんのこと,それに束縛されない自由な発想を維持することが必要である。


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生命に宇宙を見る dash 小宇宙としての生命

 さて,宇宙生物科学のキャッチフレーズの後半部分は「生命に宇宙を見る」である。生物学の世界が豊潤であるのは,生物が多様に分化して豊かな生物圏をつくり出してきた生物の進化を対象としているからである。惑星としての地球が生物に与える環境が,生命活動にどのような淘汰圧となり進化の原動力として働いたか,生物のさまざまな機能や生物個体の間の相互作用に重力はいかに関与するかを明らかにするのが,惑星生物学や重力生物学の課題である。「生命に宇宙を見る」とは,生命とその進化の過程が,どれほどに宇宙史や地球・太陽系の環境に依存しているかを,生命体の中に刻まれた歴史から解読することである。その歴史は細胞の中の生化学的な過程に見ることもできるし,個体や個体群・生態系の階層でそれぞれに特有な支配があるかもしれない。

両生類の宇宙・重力生物学

 どんな現象,生物種を研究の対象として選ぶかは繰り返し検討され,その中で取り上げられた一つが両生類である。両生類は,およそ4億年前に陸上に進出した初めての脊椎動物である。陸棲化には,重力に抗して体を支えての運動,耐乾燥,空気による呼吸の仕組みをつくるなどいくつかの要求があった。陸上に進出した生物群は,その棲息環境を多様に豊かにつくり出し,爆発的な適応放散を果たした。

 両生類は,陸棲に移行した初期の脊椎動物の姿を保存している。オタマジャクシは多くの場合水中に棲息し,変態時に繰り返し陸棲移行の歴史をたどる。さまざまな段階の陸棲適応がみられ,水中で幼生期を過ごすことなく直接発生する種すらある。両生類は多様な種に分化して,種の数ほどに多様な生態や行動を示す。棲息域をみても,地表に加え,水辺に近い地表,樹上,地中,水中と多様な種が両生類にはある。重力への適応は,動物の生態や行動世界に従って多様に要求される。水中や樹上では,動物の行動世界は3次元的であり,重力は行動する世界を認知する参照座標軸として活用される。多様な生態や棲息域を示す両生類のいくつかの種を系統的に選んで,その体や器官の形態や機能,動物個体の示す行動などの比較から,陸棲への移行と重力に対する適応のようすを知ることができる。

動物個体の行動や生理と重力

 動物は,餌を探し,捕食者から逃げ,生殖の相手に出会い,生存に適した環境を選ぶ。動物の行動とは,丸のままの動物個体が示す振る舞いである。微小重力下で自由な空間にカエルが飛び出すと,四肢を伸ばし背側に反らせ,腹を横に膨らませる。地上でも高い所から飛び降りれば,カエルは微小重力状態を経験する。落下中には,腹を膨らませて流れに対向する体の断面積を増大し,四肢を背側に反らせて流体力学的な抗力中心を重心より背側にずらし,腹側を下に向けて安定して降下する。宇宙で自由な空間に漂った時に,地上での微小重力状態においてとる姿勢をカエルが示したと推定できる。

 ニホンアマガエルは,宇宙で表面にとまった時に頭を背側に強く反らせる姿勢を頻度高く見せた。これは,腹圧を上げて吐き戻そうとする時に見せる姿勢に似ている。航空機による無重力飛行実験から,乗り物酔いへのかかりやすさが種の生態に依存するのが分かった。高い所から飛び降りる樹上棲の種で,微小重力下での姿勢制御プログラムを持つものが,長秒時の微小重力を経験すると高い頻度で嘔吐する。これは宇宙飛行士が広い宇宙船内を遊泳するようになってから,前庭覚と視覚などの入力情報が中枢神経系で混乱することで宇宙酔いが始まったとする説と符合する。生物個体は,その生存能や適応能を高めるさまざまな反応を示す。嘔吐は毒性の餌を胃から吐き戻すもので,生理学的適応反応の一つである。毒は動物に食害される植物が生み出し,ある動物はそれを蓄えて他の動物種に対抗したりする。宇宙酔いでの嘔吐は嘔吐中枢の刺激によるのだが,悪心や発汗,心拍数の変化や変動などいくつかの指標があり,これらは小宇宙としてある生物体の総合的な反応である。


水面に浮かぶアマミアオガエルの雄。指先の吸盤でも分かるように,
樹上棲で田の畦などの水面より上の部位に泡状の卵塊を生む。   
奄美大島 などに棲息。                     


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透明なオタマジャクシの内臓運動

 オタマジャクシは宇宙酔いになるだろうか。オタマジャクシには腹圧を上げて嘔吐する機能は備わっていない。そこで,腹壁の透明なオタマジャクシにより,内臓運動から生理的状態を解析する宇宙実験(代表:島根大学・内藤富夫教授)を提案し,国際的にも高い評価を得た。心臓と消化管や,呼吸運動についてみると,ペースメーカーが埋め込まれており,そこで基本的なリズムが発振して周期的な運動が起こる。それに加えて,内臓運動の周期や運動の強度は,個体の生理的な状態やその要求に応じ,個体の統合指令系により調節される。アマミアオガエルなどのオタマジャクシでは腹壁が透明で,呼吸運動に加えて,心臓や消化管を簡単に撮像・観察することができる(図)。内臓運動の変化から,個体の生理的な状態や宇宙環境への反応や適応の過程が分かる。分子生物学や神経生理学の発展は,内臓運動やその制御の仕組みについても,研究のさまざまな道具を提供している。


図 アマミアオガエル(Rhacophorus viridis amamiensis)の
オタマジャクシ。腹壁を透かして見える心臓や消化管の動きから
生理的な状態が分かる。(スケールバー:5mm)       


宇宙生物科学の針路

 長期の実験が可能な国際宇宙ステーションでは,生物を宇宙で継代飼育した時にどのような問題が発生するのか,初期発生から成長・発達,生殖,老化という生活環のどの段階のどんな現象に重力のかかわりがあるかを研究できる。生物の生活環を通しての重力影響を調べ,長期の宇宙環境曝露が生命現象にとってどのようなインパクトを与えるかを評価する基礎的な研究は,人類の宇宙進出の礎となる。

 2002年ノーベル賞は物理ではニュートリノ・X線天文学に与えられた。化学は,生体高分子の質量分析・核磁気共鳴による分析ということで,筆者は,化学賞受賞者の1人であるJohn B. Fenn博士とエレクトロスプレー質量分析の初出論文を共著したことから,栄誉のおすそ分けにあずかった(http://surc.isas.ac.jp /Nobel_Prize_2002/Nobel_Prize.html)。圏外生命探査における生体関連物質の検出に,受賞した分析法が適用できるかと構想している。生理学医学賞はアポトーシス(両生類の変態でも見られる)に与えられ,2002年のノーベル賞は,よくよく宇宙・生物・オタマジャクシにまつわるものであった。

(やました・まさみち) 


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