No.260
2002.11

ISASニュース 2002.11 No.260

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デンマークのデニッシュ

太陽系プラズマ研究系 松 岡 彩 子  

 子供の頃繰り返し読んだ童話集の中に,アンデルセンの『絵のない絵本』が入っていた。月が世界のあちこちで見てきたことを,夜ごとアンデルセンに語って聞かせる想定のお話である。まだ日本以外の国を知らなかった私は,遠い国々に想像を大きく膨らませたものであった。先日,そのアンデルセンを生んだデンマークの首都コペンハーゲンで開かれた研究会へ出席した。

 デンマークはヨーロッパ大陸から突き出たユトランド半島と500以上の小島,グリーンランドから成り,500万人余の人々が暮らしている。日本と同じく資源に乏しいので,酪農と高い工業技術を生かした加工業に力を入れているということである。コペンハーゲンはメルヘンチックなおとぎの国というイメージとは裏腹に,シックな景観の街である。建造物や内装は,シンプルで機能的であることに気づく。人々はこざっぱりとした格好をし,温和で親切である。どこでも英語が良く通じることには感心する。研究会を主催したデンマーク工科大学(DTU)は,単科大学とは思えない程広くて立派であった。決して大国ではないデンマークは,周辺国との調和を保ちつつ勤勉に得意分野を伸ばしているという印象を受けた。

 訪問したDTUの研究室では,コーヒーと一緒に「最もデンマーク的なおやつ」として,甘く煮た果物が入ったパイ生地のパンを出して頂いた。日本では所謂デニッシュであるが,これは英語Danish pastryを日本人が短くして「デンマーク的」と決め付けたものである。デニッシュが主力商品である,淵野辺駅前にも支店のある某パン屋の店名は先のアンデルセン作の「人魚姫」にちなんでいる。デンマークのデニッシュは日本でのそれと殆ど同じだったが,本場で食べているという気分が手伝って殊更おいしく感じた。

 研究会では,1999年に打ち上げられたデンマーク初の人工衛星Orsted(エルステッド)による磁場計測に関する技術とサイエンス,将来の磁場計測についての報告や議論が行なわれた。衛星の名前は,電磁気学の基本原理の発見で有名なデンマーク人物理学者の名前にちなんだものである。磁場の単位としてご存知の方もおられるであろう。

 衛星で磁場を精度良く測るためには,伸展マストを出して先端にセンサーを搭載するのが常套手段である。Orsted衛星は磁場観測に特化しているため,衛星本体はみかん箱程度の大きさでありながら,6mの長さの立派なマストを持っている。絵を見ると,衛星からマストが出ていると言うよりは,マストの片側に衛星本体,逆側に磁場のセンサーが付いていると言いあらわす方がしっくりする。




 研究会はデンマークにおける磁場計測の歴史のレビュー講演で始まった。写真はデンマーク気象研究所(DMI)で1936年に作られた地上観測用磁力計である。小さな磁石の動きを光学的に測定し,磁場強度に換算する。磁場計測技術は,デンマーク人が力を注ぎ,また歴史に誇りを持っている技術の一つだということが強調された。人工衛星による地球の磁場計測は,デンマークの磁力計研究者の長年の夢であったに違いない。地球の磁場を正確に測定した人工衛星としては,1979年に打ち上げられたアメリカのMAGSAT衛星が有名である。その20年後Orsted衛星はデンマーク人の念願をかなえ,MAGSATよりも良質のデータを提供した。

 Orsted衛星は偉大な物理学者Orsted先生から続く磁場計測の歴史と誇りをかけた,デンマークの国をあげてのプロジェクトであったという。彼らにとってはこの衛星こそが紛れもない「デニッシュ」なのである。一方で衛星製作にはESAの支援を仰ぎ,打ち上げはアメリカのデルタIIロケット,データは世界中の研究者に提供し,良好な国際協力体制を取っている。ディナーのあいさつでプロジェクトマネージャーのStauning氏が“Danish international satellite”と表現していたのが印象的だった。

(まつおか・あやこ) 


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浩三郎の科学衛星秘話
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