No.259
2002.10

ISASニュース 2002.10 No.259

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長白山ポストシンポジュウム

宇宙推進研究系 横 田 力 男  

 中国北辺の名峰,長白山は朝鮮では白頭山と呼ばれ古来から崇められる聖なる山である。人は,この峰に立つことによって神のもとにつくことが許されるとされ朝鮮の人は誰しも一度は頂きに立つことを願う。しかし標高2744mのこの山は,北朝鮮最北の辺境にあり長い間,このルートで登ることは適わない状況にある。そこで韓国の人はみな,ソウルから中国の延吉市に行き,そこから4〜5時間バスに揺られてふもとの村につく。更に中国環境局の四輪駆動車に乗せられて頂上に至る。民族衣装を纏った高齢者が烈風の峰に立つ姿は,感動的である。

 二年に一度中国で開かれている日本ポリイミド研究会と中国芳香環研究会による中日先端芳香族高分子セミナーは,五回目を迎え吉林省最大の都市,長春市の吉林大学で7月下旬に開催された。この地はかつて日本の満州支配の本部が置かれたところであって広大な市街地の中心部には今でも,旧日本軍の指令部であった建物などが点在し歴史の浅い長春の名所になっている。現在の人口は数百万といわれるが,上海や成都に比べると,原野を開いただけあってなんでも広くて大きい。会場の吉林大学新キャンパスもこの例にもれない。約5万人の学生と3人1人の割で働く教員のアパート,それをとりまくスーパーや銀行が完全に一つの町をつくっている。正門を入り中でうっかりバスを下りてしまうと目的地に辿り着くのにタクシーが必要なほど広い。

 日本からの今回のセミナー参加者は22人,中国側約60人で開催された。このセミナーの特徴は,なんといっても発表が中国語/日本語の逐次通訳で進められることにある。このため,発表者は通訳しやすいように,あらかじめ日本語にありがちな曖昧な表現を矯正せざるをえず,改めて中身が吟味できることと,国際会議にありがちな形式重視の進行とちがって実に様々な質問が制限しなければならないほど出されることにある。1996年の第一回を企画するにあたって我々が心掛けた事は,外国語といえばロシア語であった中国の年輩の人や,広大な中国国内の大学以外からの参加者に十分討論に加わってほしいということであった。英語がわかって当然ということはないからである。しかしこの事が実現できた裏には,日本に留学経験をもつ日本語の堪能な2人の中国側組織委員と,今では日常的になった日本国内の中国人大学院生の存在が大きい。

 さて,長春は,北京の北東約1200kmにあり,緯度は日本の旭川と同レベルであるが,大陸にあるため冬の気温は-20℃以下となる。そのかわり夏は涼しく冷たいビールを飲む習慣はつい最近のことのようである。しかし地球温暖化の影響か,今年は50年来という東京のような暑さで,食事の時にはいつも「冷凍ビール」と注文するのが習わしになった。内モンゴルに接するこの地方(東北地方という)は小麦と大豆,とうもろこしの中国最大の生産地で,世界に名立たる中国料理もここまでくると四川料理などに比べて種類も少なく食べ手を唸らせるものは少ない。当然,なまこや海老,蟹といった海の食材は少なく,豚肉ととり肉の他は,様々に工夫がされた野菜,特にまめ類やなす料理が主で,日本人にはありがたい。今回のセミナーが長春に決まった理由は,解放後の中国初の国費留学生300人に選ばれ,我々と2年間生活を共にし,今では,吉林大学でも有数の看板教授である呉 忠文さんが我々に長春を紹介し,歴史的建造物の少ない東北地方で他にはない名峰「長白山」に案内したいとの想いによっている。もちろん中国の学会事情も日本と同じで開催地は参加をそそるポストシンポジュームの内容が重要な因子であり,中日何れもこの地が支持された所以である。さていつも天気が悪く,雪が降るとたちまち閉鎖される長白山の観光シーズンは7〜8月2ヵ月に限られるゆえ,例年なら10月のセミナーをこの時期に設定した。そんな訳でポストシンポジュウム・名峰長白山探訪には長春から一日かけて韓国人同様に延辺朝鮮族自治州の村に辿り着き,翌朝,バスで山頂近くまでゆられ,更にランドクルーザーに分乗して頂上にゆく。しかし残念なるかな物事はそう上手くはいかず,霧と烈風の中で国境の向こうの神々の地はついに日本からの訪問者に扉を開く事はなかった。麓に戻ると晴天で,日本の資本で作られたという温泉で冷えた身体をあたためてポストシンポジュウムは終わった。温泉は韓国人でイモの子を洗うように混んでいた。

 中国の東北地方は田舎である。しかし豊かな農産物,特に小麦粉でつくる水餃子は,中国を代表する主食である。呉 忠文先生自らつくる牡蠣を具にした餃子は,遠く離れた海の香りでいっぱいであった。

(よこた・りきお) 


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