No.244
2001.7

ISASニュース 2001.7 No.244

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最終回

イオンからフォトンへ。
        推進機関の変革と将来の惑星探査の運用

川 口 淳 一 郎  

 私たちの進めているMUSES-C計画では,小惑星へのランデブーと離脱のために,高効率の推進機関を必要としていて,イオンエンジンが採用されています。化学推進に比べて同じ加速を行うために必要な燃料は1/10で済むことから,かなりの惑星探査がこの小型の推進機関でも可能な範囲に入ってきました。彗星へのランデブーもそのつです。従来は,惑星間でこの推進機関だけでの軌道操作が考察されてきましたが,地球のスウィングバイを併用することで,出力の小さい電気推進機関によってでも,大きな軌道操作を行って,実用的な利用ができることが明らかになってきています。これまでは,ロケットの性能で探査機の重量が決まっていましたが,実は,ロケットの上段ステージをこのような高効率の推進機関でおきかえることも,地球のスイングバイを併用することで可能になったわけで,地上発射のロケットの能力に換算していうと,数倍の輸送能力の向上に匹敵することになります。

 このように,電気推進は多様な応用が期待できるのですが,依然として力学的な運動量の交換を基礎としている以上,キセノンなど噴射させる流体の搭載量が定める増速量が壁となって,きわめて大きな軌道操作を行うことは依然困難です。彗星へのランデブーについても,多様な彗星を探査するためには,現在の増速能力の数倍の性能が必要ですし,また,複数会の小惑星へのランデブー,サンプル収集と地球帰還を行うには,1桁上の増速を行う必要があります。推進機関の性質から述べると,これらを解決するためには,より高速である種の「質量」を排出する機関が必要ということになります。現在,このためのもっとも有力な方式と考えられているのは,「光」です。光子を,つまり光速で「放射」することによって加速を行う方法で,考え方自体は,ずいぶん古くからあります。実際問題,太陽光の輻射圧は,この影響を直接受ける現象で,惑星間探査機の航法や軌道決定においては,この太陽光輻射圧の存在が,最大の誤差源となっているくらいです。光を発生させる方法が,もちろん最大の難関です。電力を確保するためには,おそらく原子力を用いる必要があるでしょう。地上では,一旦電力を経由してから光へと変換するのですが,この間の変換による損失が高効率の推進機関を作るうえの鍵だと考えられています。発光させる波長の選択もふくめて,原子力から光への変換方法の開発がこの応用を考えていくうえでの,大きな課題です。いわば発電所を搭載することになり,どうしても小出力機関では重量対発生電力の効率は低下してしまい,実用となるのは,数千トンという大型の宇宙船の規模になるようです。

 このように自らが発光して,それとの運動量交換で推進する方式に対して,古来有力な手段と考えられてきたのは,太陽帆(ソーラセール)です。自らが発光する場合には,太陽系を脱出する飛行も太陽距離に無関係に可能ですが,ソーラセールの場合は,まさに「風」まかせですから,太陽距離が遠くなると効率低下が起こるのは当然です。しかし,地球距離においては,1平方メートルあたり,1.4kWのエネルギーフラックスが利用できるわけですから,ある程度の面積の帆があれば,発電所を抱えるのと等価なことになります。実用となる最小の大きさのセールは,帆の面積で1〜2万平方メートルと考えられていて,これは,数万kWの発電所に相当するわけです。こう考えると,太陽発電衛星とソーラセールは不可分な関係にあるといえます。本所の三浦,長友両先生が早くからこの可能性を説いてこられたことは高い先見性をうかがわせるものです。

 このように,高効率の推進機関を利用する宇宙船は,超大型化することが必至で,地上からあるいは月面から打ち上げるのは,ほとんど不可能です。せっかくの高い推進効率も,機体を重力を含めて大きな加速度環境におくことは,機体の構造重量の増加を招くことから,適当ではありません。また,地球周回低高度軌道からの発進も,ポテンシャルの底から惑星間へと脱出させるための増速量が,その後の地球スウィングバイと併用する推進増速量と匹敵してしまうことから,このような大型の宇宙船には適していません。地球からの距離を一定に保ち,かつ軌道安定性をある程度期待できる場所が,発進場所として向いていると考えられます。天文系でも考察されているようですが,そのような場所として,太陽地球ラグランジュ点であるL2点などをあげることができるでしょう。大型で低加速度の推進機関で航行する宇宙船へ,地球上から発進するシャトルから乗客,貨物を載せかえる形態の輸送手段が登場してくるかもしれません。いわば,深宇宙港を建設することに相当します。地球周辺の重力場を利用して脱出させ,惑星間での加速量を地球のスウィングバイを利用して惑星間飛行にふりむけ,外惑星や太陽系外へと向かわせることができるでしょう。

 今回まで,多くの専門の方々に,惑星探査にかかわる種々の技術を紹介いただきました。シリーズは今回をもって終了します。惑星探査は無論,科学研究であるわけですが,将来は,資源探査・利用へと展開される時期もおとずれることでしょう。多くの若い理工の研究者が,積極的に関わっていくことを期待してやみません。

(かわぐち・じゅんいちろう) 


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