No.232 |
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第4回超遠距離通信と誤り訂正符号山 田 隆 弘惑星探査機との通信は,地球の周りを回っている人工衛星との通信と比べて格段に難しい。それは,探査機と地上との距離が非常に大きいからである。地球周回の人工衛星と地上の追跡局との距離は,せいぜい万kmのオーダーである。しかるに,惑星探査機と追跡局との距離は,典型的には億kmのオーダーになる。信号を受信したときの強さは,伝搬距離の二乗に反比例するから,惑星探査機からの信号は非常に微弱であるということがわかる。 このような微弱な信号を使って惑星探査機から惑星の画像をはじめとする各種データを地球に送るに当たっては,いろいろな手法が使われているが,おおまかにいえば,ハード的な手法とソフト的な手法とに分類できる。ハード的な方法としては,巨大なパラボラアンテナを用いて受信を行う,あるいは,複数のアンテナで同時に信号を受信して合成するというようなことが行われる。ソフト的な手法として代表的なものは,データ圧縮と誤り訂正符号である。データ圧縮も誤り訂正符号も,今やインターネット等におけるデータ伝送においても盛んに使われているが,惑星探査においてもVoyager等の時代から不可欠の技術として重宝されてきた。 データ圧縮とは,画像データのようにデータの中に冗長さがある場合,冗長さを取り除き,送るべきデータの量を減らす手法である。送るべきデータの量を減らすことによって,データ1ビット当たりの信号エネルギーを増やすことができ,信号の質を上げることができる。誤り訂正符号は,送信するデータに冗長データを付加し,受信したデータに含まれているビットの誤りを冗長データを使って訂正する手法である。 さて,冗長さを除去したり付加したりとややこしいが,こんなことして本当に効き目があるの?と思われる方も多いだろう。このからくりをわかりやすく説明するのは非常に難しいのであるが,以下では,誤り訂正符号の仕組みについて簡単に説明したい。 いま簡単な例として,2ビットのデータを送る場合を考えよう。送られる可能性のあるデータは, 00 10 01 11 の4とおりある。この2ビットに冗長ビットを3ビット付加して, 00000 10011 01110 11101 とし,この5ビットを伝送する。上の4つのパターンは,どれも他のパターンと比較して3つ以上のビットが異なっている。例えば,2つ目のパターンの10011と4つ目のパターンの11101とは,2ビット目,3ビット目,4ビット目の3つのビットが異なっている。 この性質を利用すると,上の4つのパターンのどれかを送ったとき,1ビットの誤り(ビットの反転)しか起こらないと仮定すると,ビット誤りが発生しても,どのパターンが送られてきたのかを正しく判定できるのである。それは,あるパターンの中の1ビットが反転しても,反転した後のパターンは,他のパターンとは一致しないし,他のパターンの中の1ビットが反転したものとも一致しないからである。 ただし,2ビット以上の誤りが発生した場合は,めちゃくちゃな判定が行われてしまう。しかし,1ビットしか誤らない場合と比べて2ビット以上の誤りが発生する場合は非常に少ないので,統計的には大部分の誤りが訂正できることになる。 この手法を利用すると,受信されたビットの中の誤りを減らし回線の品質を改善することが可能である。しかも,冗長ビットを付加したことによるビット当たりの信号エネルギーの減少を補って余りある改善効果が得られるのである。定量的な例をあげると,Voyagerの画像データに使われた符号を用いると,送信電力を6倍にするのと同じ改善効果が誤り訂正符号によってもたらされるのである。 ここで重要なのは,冗長ビットとしては何でも付ければいいのではなく,送られる各パターンの間のビットがなるべく異なるように冗長ビットを付加する必要があるということである。 現在の惑星探査機では,畳み込み符号という符号とリード・ソロモン符号という符号がもっぱら使われている。これらの符号が,畳の上で座禅をしたり,南太平洋の島に行ったりして考案されたというのはうそである。これらの符号は,そもそもは理論的な興味から考案されたものである。これらの符号を実用化した人々は,「理論的によいことは実際にも役に立つはずだ」という信念を持っていたわけであり,アメリカが多くのチャレンジングな惑星探査計画を成功させたのは,理論をすぐに実践に移すというアメリカ的な実験精神があったからこそだという気がしてならない。 (やまだ・たかひろ) |
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