No.223
1999.10

ISASニュース 1999.10 No.223

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空力シリ−ズ 第5回

風洞という武器

平 木 講 儒  

 空力シリーズの第5回目となる今回は,風洞を用いたフライトシミュレーション技術について紹介します。これまでの連載で,高速で飛行する物体が被る空力加熱の過酷さやそれを生み出す流れ場の複雑さをわかっていただけたと思いますが,実際にものを飛ばす場合には心配なことはそれだけではありません。ロケットや再突入カプセルなどの飛翔体は姿勢がひっくりかえることなく安定に飛翔しなければなりません。M-Vのように尾翼のないロケットの場合は空力的に不安定な機体であるため,姿勢制御が必須となり,制御力の決定に際しては不安定な空気力を精度良く見積もってやることが課題となります。例えばこのような空気力の見積には,風洞と呼ばれる設備が一役かっています。

 高速風洞は,その内部に飛翔体の模型を支持し高速の気流の中に曝すことによって実際の飛行状態を模擬することが可能な設備で,宇宙研には遷音速風洞と超音速風洞の2つがあります。この2つでマッハ数0.3〜4.0の広範囲をカバーすることができます。この風洞,空力屋にとっては数少ない武器のうちの1つといっても過言ではありません。もちろん実際の飛翔体を観測ロケットや気球を使ってすことができれば一番よいのですが,実験の機会が限られますし何よりコストがかかります。機体形状を適当に変え繰り返し試験ができるメリットは,数値計算による手法が発達した昨今にあっても,何ら変わることはありません。この風洞という武器をいかに使いこなすかが空力屋の技量の見せ所ということになるのでしょうか。

 小惑星からのサンプルを地球に持ち帰るMUSES-Cの再突入カプセルは空気力による減速を最大限に活用するため平べったい形状をしていますが,このような形状は空力的には充分静的に安定です。しかし,実はこのような形状の物体は特に遷音速領域でピッチ/ヨーの振動が発散する傾向があります。静的に安定であっても振動が発散する傾向があるということは,動的に不安定である,ということですが,この動的特性は通常風洞で行う試験方法では知ることができません。そこで,風洞内でカプセル模型が重心まわりに1自由度で空気力のままに自由に回転できる特殊な装置を製作して,その姿勢変化を各マッハ数ごとに観察することによってカプセルの動的特性を調べるということを行いました。その結果,迎角の小さい範囲に動的に不安定な領域があること,迎角が大きくなるにつれ動的に安定になり,振動は発散してひっくりかえるところまでには至らず,最大で30°程度の定常振幅の振動におさまることがわかりました。さらに,この風洞試験の結果を用いて動的な空気力をモデル化し,実際のカプセルの姿勢運動をシミュレーションするためのデータベースを作成することができました。

 風洞での試験は回転の自由度を1つに限定しているため実際の動的特性と異なることが懸念されたため,気球からの実寸大カプセルの落下試験を行って確認を行いました。結果的には,風洞試験結果を使ったシミュレーションによる予測とフライト結果に大きな矛盾はなく,風洞での動的試験方法の妥当性が示されたことになりました。

 ここで紹介したのは一例で,他にもいろいろな取り組みが風洞を使ってなされています。ただ,残念ながら風洞も万能な武器というわけではありません。飛翔体の飛行環境に関する無次元パラメータを完全に合わせることはできません。また,模型の支持装置により流れが歪められている,などの欠点もあります。これら欠点を充分に認識した上での結果の評価が求められるわけで,武器を扱う人間の真価が問われてしまうことになります。

 宇宙研の風洞の稼働率は極めて高く,完成から10年ほど経過した現在でもほとんど1年中使用されています。少なくともこの客観的事実は,これからも風洞が空力屋の有力な武器の一つであり続けること,その真価も問われ続けることを示していると考えられます。

(ひらき・こうじゅ)


ピッチ軸まわりに振動中のカプセル後流のシュリーレン写真


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