No.198
1997.9

<研究紹介>   ISASニュース 1997.9 No.198

- Home page
- No.198 目次
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- でっかい宇宙のマイクロプロセス
- 東奔西走
- 小宇宙
- いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber

太陽系諸天体の磁気圏構造を探る

   宇宙科学研究所  齋藤義文


 地球を含む太陽系の惑星・衛星周辺の宇宙空間,惑星間空間は様々な元素のイオンと電子から成るプラズマや電荷を持たない中性の粒子で満たされています。これらのプラズマや中性粒子は何処にどれだけ存在し,一体何処から,どのような機構で,どれだけの量が供給されるのでしょうか? これらのプラズマや中性粒子は周囲の宇宙空間の構造やその時間的変化にどのような影響を及ぼし,どのような現象を諸天体周辺に引き起こしているのでしょうか? これらの疑問に対する答えを求めて私たちの研究室では観測ロケットや衛星搭載用プラズマ,中性粒子観測器の開発を行っています。

 地球周辺の空間はこれまでにいくつもの観測ロケットや国内外の人工衛星によって調べられてきました。現在も観測を続けている「あけぼの」衛星,「ジオテイル」衛星も地球電離圏,磁気圏を観測する衛星でこれらの衛星で得られたデータから地球周辺のプラズマ環境について様々な新しい結果が得られています。地球が双極子磁場を持った巨大な磁石であることは古くから知られています。太陽からは電子と水素の一価の正イオンを主成分とする(他にヘリウムイオンや鉄イオンなどの重粒子イオンも含まれる)プラズマである太陽風が休みなく流れ出して地球まで到達します。ところが荷電粒子は磁場中ではローレンツ力を受けるため自由に動くことができません。このことは,太陽風が地球周辺の空間に自由に侵入できないということを意味しています。現実には地球磁気圏内には太陽風起源と考えられるイオンと地球起源と考えられるイオンの両方が存在します。では太陽風中のプラズマはどうやって地球磁気圏内に侵入するのでしょうか? プラズマは磁力線と同時に動くという基本的な性質を持っているため,太陽風のプラズマと一緒に太陽起源の磁場も同時に流れてきます。この太陽風中の磁場が地球の固有磁場と反平行となると磁力線のつなぎ変え(磁気リコネクション)が起こり,もともと太陽風中にあった磁力線と地球の固有磁場の磁力線がつながります。この結果,太陽風中にあったプラズマは磁力圏内に侵入することができます。このような磁力線のつなぎ変えは磁力圏尾部の領域でも起こっており,地球磁気圏尾部の構造を支配しています。「ジオテイル」衛星では磁気圏尾部における磁気リコネクションの間接的な証拠が数多く観測されています。また,プラズマが磁気圏尾部の側面から侵入していると解釈できるデータも得られています。「ジオテイル」衛星で得られた大きな結果の一つに地球磁気圏尾部の地球から遠く離れた場所で地球起源の酸素イオンが観測されているという結果があります。これらの酸素イオンの存在はまた磁気圏尾部の構造やその時間変化に影響を及ぼします。このように「ジオテイル」衛星による観測の結果,地球磁気圏については私たちの疑問に対する答えが次第に得られつつあります。

- Home page
- No.198 目次
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- でっかい宇宙のマイクロプロセス
- 東奔西走
- 小宇宙
- いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber
 これまで私たちは「あけぼの」衛星や「ジオテイル」衛星のように一つの衛星に多くの観測器を搭載してその衛星軌道におけるデータを取得し研究を進めてきました。一機の衛星による観測だけでも様々な新しい現象の発見や理論的予想の証明などが可能ですが,一機の衛星だけでは時間変化と空間変化を完全に分離することはできません。さらに詳しく磁気圏を調べるためにはどうしてもこの問題を避けて通ることはできません。この問題を解決する一つの方法が多数の衛星を用いて同時に観測を行うことであり,現在実際に日本,米国,ロシア,ヨーロッパなどがそれぞれの衛星を用いて同時に観測を行い,お互いのデータを交換することによって解析を行い成果を挙げつつあります。時間変化と空間変化を分離するためのもう一つのそして新しい方法が,磁気圏の撮像です。これには,可視光,紫外光などの光学観測による磁気圏の観測も含まれますが,私たちの研究室では高速中性粒子(数キロから数十キロ電子ボルト程度)による磁気圏の撮像を目指して現在観測器の開発を進めています(写真1)。
     写真1

写真1はこの高速中性粒子観測器のテストモデルです。観測器に入った中性粒子は入射口近くにある非常に薄い炭素の膜を通ることによってイオン化され,観測器内部に作った電場でイオン化した粒子軌道を曲げることによってノイズカウントの原因となる紫外線と分離した後,検出します。検出には一定の2点間を粒子が飛行する時間を測定してその速度を求めるTOF( Time Of Flight )法を用います。先にも述べましたが,苛粒電子は磁場の中を自由に動くことができません。一方無衝突の宇宙空間では中性の粒子は例え磁場があってもその粒子の生成領域から直線運動をすることが可能です。地球磁気圏にはリングカレントと呼ばれる文字どおり地球を取り巻くように電流の流れている領域があります。地上の極地方でオーロラが光るような磁気圏が磁気的に活動的な時にはこの領域に磁気圏尾部領域で加速された荷電粒子が多数侵入するものと考えられています。これらの高速の荷電粒子はもともとあった水素などの中性粒子と荷電交換反応をおこし,高速の中性粒子が生成されます。もしこれらの高速中性粒子を測定することができれば直線運動する中性粒子はその生成領域の情報を磁気に邪魔されることなくそのまま持って観測器に飛び込みます。このことは,高速中性粒子を観測することによってリングカレントの領域の撮像を行うことができるということに他なりません。来年2月に打ち上げられるSS-520観測ロケットの初号機にこの高速中性粒子の観測機が搭載される予定です。今後,観測ロケットだけでなく地球を含む太陽系の諸天体の磁気圏の撮像を目指して更に高速中性粒子の観測器開発を進めていく予定です。

 太陽系には地球を含めて9つの惑星と,地球の月を初めとするそれらを回る衛星があります。これら太陽系の諸天体の磁気圏を大局的に見た場合,太陽から流れ出す太陽風が諸天体の持つ様々な境界条件のもとで諸天体と相互作用して各々の磁気圏が形成されているということができます。例えば地球には固有の双極子磁場があり,また電気伝導度の高い電離層も存在します。地球磁気圏の構造やそこで起こっている様々な現象にはこの惑星の持つ境界条件が大きな影響を与えていることがこれまでの地球磁気圏の観測でわかってきました。この観点において地球外の他の天体は地球とは異なった境界条件を持っているということができます。これらの地球外の天体で磁気圏の観測を行うことはいわば自然の実験室で実験パラメータを変えてその影響を見ることができるということを意味しています。もちろん各天体固有の特別な条件も同時に存在するため問題が単純化されるとは限りませんが,少なくとも様々な異なった条件下で生起する現象の比較を通じて両者の理解を深めることができるのは確実です。現在私たちの研究室では,我が国初の惑星探査衛星となる「PLANET-B」衛星にプラズマ粒子の観測器を搭載するべく準備を進めています(写真2,3)。

写真2    

写真2がこのプラズマの観測器ですが,これはTOPHAT型アナライザーと呼ばれています。観測器上部の円形の隙間から荷電粒子が観測器内に入り,入り口の下にある半球状の電極に印加する電圧を変化させて入った粒子のエネルギーを分解,荷電粒子を1個毎に検出しその数を数えます。
- Home page
- No.198 目次
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- でっかい宇宙のマイクロプロセス
- 東奔西走
- 小宇宙
- いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber
    写真3

写真3はセンサーをイオンソース付の真空チャンバーにセットして特性を測定する準備をしているところです。「PLANET-B」衛星の目的地である火星は固有の磁場が全くないかあるいはあっても非常に弱いものと考えられています。また,火星には大気があり,電離層も存在します。固有磁場が無いか弱いということは,太陽風が火星大気と直接に相互作用できるということを意味しています。これまでのロシアの火星探査衛星「フォボス」の観測によれば,大量の酸素イオンが火星の夜側で火星から逃げ出しているという報告がなされています。この現象についてはまだ観測があまり無いことから原因ははっきりとはわかっていません。「PLANET-B」衛星のプラズマ観測で明らかとなることが期待されます。

 人類が初めて月にその足跡を残してから30年近くが経ちました。これまでにも述べたことですが,磁気圏という観点で見た場合太陽系の諸天体は各々異なった境界条件を持っています。月の場合は固有の磁場もありませんし,大気も薄いものしかありません。太陽風は月表面に直接到達し,吸収されてしまいます。このため,月の太陽と反対側には,プラズマの密度の低い領域ができ,その領域と太陽風の流れの間には乱流領域の存在することが期待されます。そこは乱流状態のプラズマを研究する格好の実験室であるということができます。また,月表面に到達した太陽風は,月表面の物質を周辺空間に叩き出します(スパッタリング)。叩き出された物質は,太陽紫外線によって一定の割合で電離されてイオンとなります。先に磁力線はプラズマと一緒に動くと述べましたが電離されたイオンは太陽風のプラズマと一緒に月を通り過ぎる磁力線の影響を受け加速されます。この加速された粒子のエネルギーと質量を高い分解能で測定することができれば月の表面についての情報が月周回軌道上から得られることになります。このために必要となるイオンのエネルギー質量分析器には水素,酸素,窒素などのイオンはもちろん,ナトリウム,カリウム,アルミニウム,カルシウム,マグネシウム,鉄などの重イオンの質量を分解できるだけの性能が要求されます。現在私たちの研究室では月周回衛星に搭載を目指してここで述べたような高い質量分解能を持つエネルギー質量分析器を開発しています。また,月にはところどころ表面磁場の強い場所が存在します。電子は磁場の周りを回転しながら運動しますが磁場の弱い領域から強い領域にはいると磁場に跳ね返されるという性質を持っています(磁気ミラー反射)。この性質を用いると月周回軌道上で電子の三次元分布を測定することによって月表面の磁気異常の観測をすることができるということになります。このための電子エネルギーの分析器も併せて開発を行っているところです。このようにプラズマの観測は天体周辺の宇宙空間の観測にとどまらず固体の天体にまでその観測,研究対象を広げつつあります。

- Home page
- No.198 目次
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- でっかい宇宙のマイクロプロセス
- 東奔西走
- 小宇宙
- いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber
 将来的には水星磁気圏や木星磁気圏など太陽系の他の天体磁気圏観測にも大きな関心があります。水星磁気圏はこれまで米国の「マリナー10」衛星が3回フライバイを行ったのみで殆どわかっていません。水星磁気圏は地球磁気圏とは固有磁場があるという点で似ていますが,地球と異なって水星の,特に夜側には電離層がないと予想されています。このことは水星磁気圏が地球磁気圏における電離層の働きを知る上で格好の比較観測対象になり得るということを意味しています。また,水星磁気圏は地球磁気圏に比べ,固体惑星の磁気圏に占める割合が大きい,現象の時間的スケールが地球に比べて短いなどの特徴があると考えられています。この後者の特徴は水星磁気圏では地球磁気圏で観測されるのと同様の現象がより短時間のうちに観測できる可能性を示しており,これまでの地球磁気圏観測によって得られた知識がどこまで適用できるのか非常に興味のあるところです。

(さいとう・よしふみ)


#
目次
#
お知らせ
#
Home page

ISASニュース No.198 (無断転載不可)