No.194
1997.5

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3.1  「3,2,1,0!!」 dash初陣の発射管制

 それは1996年12月19日,組立オペレーションγ当日の朝,軌道計算センターにおいて,下村和隆さんから唐突に言い渡された。
「今日も,本番のときも,お前がアナウンスをやれ。」「へっ‥‥!!」
 入所して初の出張だったM-14-1地上燃焼試験で下村さんと対面したとき,「お前は声がでかいから,そのうち俺に代わって打上げのときのアナウンスをやれ。」と言われ,観測ロケットでは翌年のMT-135-62号機から発射管制を担当してきた。しかし衛星打上げ用のMロケットについては,「俺はM-V-1号機を最後に管制を引退する。」と下村さんが宣言していたので,少なくともこの1号機には私の出番はないと安心していたから,その突然の申し渡しに驚かされた。
 その2日前の動作チェックの日にも,下村さんから体調不良のためやはりその日の朝に代打を頼まれたことがあり,「こういうこともあるんだなあ」と漠然と覚悟はしていたが,兎にも角にも,私にとって10機目となるロケットのカウントダウンが,初体験の科学衛星打上げロケット,それもM-Vの初号機という大変な役回りになったのである。



【リハーサル】

  打上げ時の管制室

 年が明けて1月,MT-135-65,バイパー2,3,S-520-18と観測ロケットのフライトはすべて成功を収めた。そして2月,M-V-1号機の打上げは11日と決まった。そのタイムスケジュールは11時間を越えるロングランであるため,打上げオペレーションのリハーサルである電波テストのタイムスケジュール入りは打上げの前々日,9日の22時である。短い禁酒生活が始まる。夕食を旅館でとったあと,すぐまた実験場に上がる。スケジュールは途中まで順調に進んでいたが,ロケットを整備塔から出し,ランチャ角度セットまで終わり,CN班(ロケットの姿勢制御を担当する班)の作業を続けていた13時過ぎ頃から小雨がパラつき出す。そのために逆行スケジュールに入りロケットは一時整備塔へ格納。この日はTVカメラが管制室に入るので,マイクを握る本人は平静を装いながらもそれを意識し力が入り出す。
 が,肝心のカウントダウンをする時には1台もいなくなって拍子抜け。多少のモタツキはあったものの,再びロケットは整備塔から出て,15時30分に電波テストのX(打上げ想定時刻)を迎え,打上げに備えてロケット格納などの戻し作業も無事終了。チーフ会議,その日の残作業を追えていよいよ本番を迎える。

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【仕切り直し】

 日付が変わって11日は,深夜2時にタイムスケジュール入り。作業は順調そのものだが,夜が明けてみると天候が悪いらしい。こちらは地下にある管制室にずっといるため外の様子はITVモニタで 見るしかないのだが,後で聞くとなんと雪まで降っ たという。そのため11時を過ぎて打上げの延期が決まる。その後のチーフ会議にてスケジュール内の作業内容に若干の変更が決定され,翌12
日は早朝4時30分にタイムスケジュール入りとなった。発射予定時刻は13時50分。
 町に降りて旅館で夕食の後軽く睡眠をとり,3時過ぎに起床して実験場に上がる。タイムスケジュール入りのときに場内にいてアナウンスを聞いているのは,ロケット班,ランチャ班,衛星班など,実験班全体のうちの一部の人でしかなかったが,気合いを入れての第一声dash
「ただ今より,M-V-1号機,タイムスケジュールに入ります。」
 仕切り直しの本番スタートである。
 40分ほど過ぎて5時12分より衛星の動作チェックに入る。10時過ぎまでは衛星班の単独作業が続くので,管制のアナウンスも一段落。管制室の照明を落とし(実はこうすると,各管制盤の表示ランプのおかげで室内はとても綺麗に見えるのである),後方に置いてある長椅子で仮眠に入る。9時ごろ放送によって起こされると,指令電話で井上浩三郎さんが呼んでいる。衛星班の作業報告だ(大変に順調らしい)。予定より1時間近く早い9時38分に衛星の動作チェック終了。10時12分までに打上げモードの設定,確認も終わる。
 ロケット側は10時20分にSJ班,TVC班の作業から開始。10時50 分,Xマークテスト。11時15分,CNE(姿勢制御装置 の電気部)のウォームアップを開始。11時29分,ランチャセット開始。いよいよロケットは整備塔から出てくる。こちらの気合いも徐々に盛り上がり始める。12時24分,ランチャ角度セット終了。12時26分より搭載機器の動作チェック開始。これも順調に30分足らずで完了する。12時41分より2段目TVCの注気を開始。13時15分からCN班はジャイロバイアス測定を始める。13時20分,打上げ30分前のサイレンを鳴らす。13時29分,ジャイロバイアス測定終了。13時34分にはTVCの注気終了。13時35分,点火回路準備開始。
 それから1分ほど後,保安主任から放送(呼び出し)の指示。実験場内で迷子が発生したらしい。点火回路の準備は約2分で完了。13時40分ノーズフェアリングの空調は停止し,ダクト離脱。13時41分に衛星の電源を内部に切り替え,節電のため管制室の空調も停止する。
 このとき私の緊張はピークに達し,頭の中は一時真っ白に。TVC班安田さんより「空調ダクト元圧排気の為,整備塔1階付近は大きな音がするので注意」して欲しい旨放送の依頼があるが,声は聞こえているのに内容の理解が出来ず,2回ほど聞き返す。13時42分,搭載機器集中電源を内部に切り替え。13時44分,CNEフライトモードセット。13時45分30秒,TVCカプラ離脱。13時46分,着脱コネクタ離脱,ランチャの捲上アームがゆっくりとコネクタを機体から離していく。
 13時46分30秒に打上げ3分前の花火をあげる。中央発射司令卓には全サブシステムの準備OKの緑のランプが点灯し,下村さんが「ALL SYSTEMS READY」「START READY」のボタンを押す。ロケットはいつでも打ち上 げられる状態になった。

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【旅立ち】

 「発射準備,すべて完了しております。」とアナウンスを入れる。続いて13時48分には「あと,1分程でコントローラ,スタートします。」というアナウンスを入れると,管制室の空気は張りつめ静寂が訪れる。そして13時48分55秒,「コントローラ,スタートします。ヨーイ,ハイ1分前!!,59…,58…,57…,」1秒毎のカウントを開始。各班からは続々とOKのアンサが返ってくる。15秒前,SPGG点火。管制室天井にぶら下がっているディジタル時刻表示装置横のITVモニ タに黒煙が映し出される。10秒前には予定していたすべてのOKアンサが返ってきた。ああ,このまま打ち上がるんだな。」
 そんなことを考えながらカウントを続ける。
「3…,2…,1…,0 !!」
 轟音とともにロケットは発射された。予想していたより振動,衝撃は少ない。50秒ほど経過したとき,秒だけの積算表示は中央発射司令卓にしかないことに気づき,天井デジタル時刻表示装置からそちらに目を移す。75秒,1・2段分離。80秒まではそのまま毎秒のカウントを続ける。LSランチャ下に火災が発生したらしい。消防隊に出動要請が下る。カウント進行の合間に時々コントロールセンタから飛翔状況のアナウンスが入る。197秒,ノ ーズフェアリング開頭。天井モニタ に搭載カメラからの映像が送られているが,それを 見ている管制室の面々から歓声があがる。213秒,2・3 段分離。3段目のノズル伸展,伸展機構投棄の様子 が 鮮明に映し出されているようだ。218秒,3段目点火。搭載カメラは その役目を終える。タイマシーケンスのイベント秒時にあわせてカウントは続行する。合間にITVモニタに目をやると,発射点に一番近いカメラのカバーケースのガラスが割れている。
 私の後ろでは,保安主任が飛翔追跡系の指令電話をモニタして,状況を管制室内に伝えてくれる。
340秒過ぎ,「スピン正常,4段点火した模様。」
 そして,360秒過ぎには「一応,OK!!」という,事実上,打上げ成功の宣言が飛び出る。管制室は一瞬のうちに「歓声室」に変わった。実験主任と保安主任が握手し,室内には大きな拍手と歓声があがる。


ロケット搭載カメラの映像

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【感動】

 486秒頃,「衛星分離,確認!!」再び大きな拍手。 ふとまわりを見やると,何人かの実験班員の目には歓喜の涙が浮かんでいる。思えば今回の実験班は,その多くが開発段階で様々な苦労を重ねてきた人々の集まりである。私の胸にも感動が押し寄せる。あちこちに握手合戦が始まるが,私はマイクを握っているためそれに参加できない。ほんのちょっとだけ孤独な気持ちになり,心の中でガッツポーズ。
 500秒過ぎ,衛星はKSCからの受信範囲を外れ,カウントを520秒で終了する。そして隣に座っていた下村さんや実験主任,その他の方々と堅い握手。大きな仕事をやり遂げた安堵感と充実感が広がる。他の班員は打上げ後の確認や撤収作業のために,徐々に管制室から出ていく。管制のアナウンスの仕事はまだ少し残っている。
 14時15分,人が減って少し寂しくなった管制室からオペレーションの終了報告のアナウンスdash
「これをもちまして,M-V-1号機のタイムスケジュールを終了します。実験班の皆さん,ご苦労様でした。関係者の皆さん,ご協力ありがとうございました。」  各班作業の大変スムーズな進行とまわりの人々のサポートのおかげで,初めての衛星打上げロケットの管制オペレータを大したミスもなく無事にこなすことが出来た。この調子で,成功の美酒に酔いしれることが何号機までも続けばいいと心から願う。

(餅原義孝)



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