No.189
1996.12

ISASニュース 1996.12 No.189

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ロンドンの賃貸住宅事情

松岡彩子

 在外研究員としてロンドン大学インペリアルカレッジで研究した一年近くの間,大観光都市ロンドンも“住む”ことは“訪れる”こととは違うと感じることが多かった。宇宙研に滞在する外国人研究者の方は,敷地内のロッジを利用されることが多い。ところがインペリアルカレッジには客員用の宿泊施設は短期用のみで,ロンドンに着くなり住まい探しをすることになった。

 私は日本では5回の引っ越し経験があり,アパート探しにはちょっと自信があった。日本で実践した手順通り,まず大学近くの不動産屋へ行った。イギリスの集合住宅は,普通フラットと呼ばれる。不動産屋で予算と希望の間取りを告げ,数箇所のフラットについて紙に住所と下見に行く時間を書いてもらった。一ヶ所目は大学から歩いて2分,家賃も手頃,外見は瀟洒なお屋敷風。ところが約束の4時になると,同じ紙を持った,つまり同じ不動産屋で紹介を受けた人が3人現れた。もし彼らとの間で取り合いになったら?英語のハンデは大きいかなあと心配している間に案内された物件は,狭い地下室で窓が一つもなく,台所には油かすが黒くべっとりついていた。私を含む全員が,一べつの後 “Thank you”と言って帰ってしまった。この不動産屋で紹介された他の物件も,大家が現われなかったり余りにひどい物件だったりで,決まらぬまま一週間が過ぎた。

 大学のオフィスで同室の大学院生の Phil に相談すると,“LOOT”という新聞を買ってきてくれた。これは日本のアパマン○○とか賃貸住宅○○等と同様の情報紙であるが,毎朝出ること,大家が直接広告を出すという点で異なる。「これを朝一番で買って,これだと思う物件には即電話をかけて,大家と約束を取り付けるのさ」そうして初めに訪れたフラットは,大学から徒歩5分の静かな住宅地の中にあった。ところが当時改装中で,入居は一週間後という。大学に戻って秘書さんに相談すると,「きっと来月になっても入れないわよ」イギリス人の仕事は全てスローで,特に改装は予定の何倍も時間がかかるのが常だという。

 イギリスは単身者用の住居が少なく家賃も高いので,フラットシェアといって,複数人で大きなフラットに一緒に住む場合も多い。昨日までは他人だった人々が,(時には男女まぜこぜで)同じフラットに住み始めることも珍しくない。イギリスの文化に馴染み英語の上達を早める為には,フラットシェアが一番,と書いてある本もあった。“LOOT”に載っていたフラットメイト募集広告の一つに電話をかけ,同居者を探している女性に会いに行った。ところが,家賃を折半というには彼女が既に使っている寝室ともう一つの寝室の環境に余りに差があり,どうやら彼女は相当の散らかし魔であることから,そこはあきらめ,フラットシェアにも自信を無くした。

 私がフラット探しに苦労した理由の一つは,10月は新学期の始まった直後で良い物件が少なかったことがあったらしい。二つめには,私が大学に歩いて通える範囲にこだわったことである。インペリアルカレッジは,ダイアナ妃の住む(かつてチャールズ皇太子も住んでいた)ケンジントン宮殿と目と鼻の先,高級デパートハロッズにも歩いて行ける。周囲は大使館の多い高級住宅街で,日本でいえば麻布にあたる。住人は石油会社でも持っていそうなアラブ人が多い。(私がロンドンに住み始めてまもなく,IRAによる爆弾テロが再開したが,大学から1キロの住宅街でも小さい爆発があった時,警察は「イギリス人の殆ど住まない地区で,何故」と首をひねったそうである)このような良い(悪い?)環境では,手頃な一人用のフラットが少ないのも仕方が無い。

 人々が家にこだわりを見せるイギリスで部屋探しをしたことは,イギリス人の心を垣間見る貴重な経験だったと思う。結局10件のフラットを見てまわり,大学から歩いて15分の所に,家賃は高いがこぎれいで安全で静かなフラットを借りることが出来た。大家の日本人びいきのおばさんは,私が借りることをとても喜んでいた。私が日本に帰る時,彼女は一緒に荷物を持って最寄りの駅まで送ってくれ,改札で私をぎゅっと抱きしめた。それまでセンチにならないようにと努めてきた私も,この時はついほろりとしてしまった。


(まつおか・あやこ)


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