図1

図1:月周回衛星SELENE(かぐや)による観測の様子(想像図)。「かぐや」に搭載された月レーダサウンダーによって、月の地下構造を調べることができる。
(c) JAXA/SELENE/Crescent/Akihiro Ikeshita for Kaguya image

概要

国際共同研究チームは、日本の月周回衛星「かぐや」に搭載された電波レーダ、月レーダサウンダーで取得したデータを解析し、月の火山地域の地下、数10m〜数100mの深さに、複数の空洞の存在を確認しました。確認された地下空洞の一つは、「かぐや」が発見した縦孔を東端として、西に数10km伸びた巨大なものです。地下空洞の存在を確実にした今回の成果は、科学的にも将来の月探査においても重要なものです。溶岩チューブのような地下空洞内部は、月の起源と進化の様々な課題を解決出来る場所であり、また月における基地建設として最適の場所だからです。縦孔は、こうした地下空洞への入り口の可能性がありますが、縦孔の数は非常に少なく、科学的探査や基地を作ることのできる地下空洞は希少かもしれません。

本研究成果は、アメリカの地球惑星科学専門誌Geophysical Research Lettersに掲載されます (Kaku, et al. 2017, "Detection of intact lava tubes at Marius Hills on the Moon by SELENE (Kaguya) Lunar Radar Sounder", GRL)。

本文

月には、かつて溶岩が流れた際、地下に形成される空洞(溶岩チューブ)が存在していると考えられていました。月の地下空洞は、隕石により破壊されている月面とは異なり、かつて月に磁場があった証拠や、月に取り込まれた揮発性物質(たとえば水)などが見つかる可能性があるなど、様々な科学的な課題の解決が期待できる場所として重要です。また、将来の月面基地建設地の候補としても大変重要です。地下にあることで月面の厳しい環境(微隕石の衝突や強い放射線)から機器や人を守れることや、空洞内の温度が比較的安定していることなど多くの利点があるからです。しかし、前世紀のアメリカのルナー・オービター計画やアポロ計画で観測された画像データでは地下空洞の存在を示唆するような証拠は発見されませんでした。

マリウス丘の縦孔1

(c) JAXA/SELENE

2009年、日本の月周回衛星「かぐや」に搭載されていた地形カメラの画像データによって、マリウス丘に、通常のクレータとは異なる直径深さ共に50mの直径の縦孔が発見されました(当初80~90mの深さと計測されたがその後約50mの深さと再評価)。これは、地下空洞が開いたものであろうという仮説が立てられました。(この縦孔付近の動画)さらに、米国によって2009年に打ち上げられたルナー・リコネサンス・オービターのカメラによる斜め観測によって、その縦孔の底には数10m以上の空間が広がっていることが確認され、地下空洞の存在が現実実を帯びてきました。

マリウス丘の縦孔2

月周回衛星「かぐや」には、月の地下構造を調べることができる月レーダサウンダーが搭載されていました。その観測方法は、波長60mの電波をダイポールアンテナから送信し、地下からの反射波を受信するという方法です。本研究では、その月レーダサウンダーが受信した反射波データを詳しく調べました。

図2

図2:一般的な反射波データ。赤い点は月面からの反射波を示す。なお、縦軸は反射波強度、横軸は反射源の深さ。

本研究で、マリウス丘で発見された縦孔付近の反射波データを調べたところ、一般的な反射波データには見られない2つの特徴が見いだされました (図3)。1つ目は、月面からの反射波ピークよりも深い領域に急激な反射波強度の減少が見られること (緑丸)。2つ目は、反射波強度が比較的大きな反射波ピークがもう1つ見られること (青色の四角印)。

1つ目の特徴は空洞の存在を、2つ目の特徴は地下空洞の床の存在を、示している可能性があります。つまり、この二つのレーダ反射波の特徴こそが、地下空洞(溶岩チューブ)の存在を示すものと考えられます。

図3

図3:マリウス丘の縦孔付近の反射波データ。赤い点は月面からの反射波、青い点は地下空洞の天井または床からとみられる反射波。

図4

図4:マリウス丘周辺の反射波データから2つの特徴を持つ地点を抽出した結果(経度差1°あたり約34km)。地図上を蛇行しながら東西方向へ伸びている川のような模様は、溶岩の流れによって形成された溝。この溝をリルと呼ぶ。このリルに沿って、T1~T4の測点で、地下空洞の存在の特徴を示すレーダ反射特徴があることが発見された。

図4は、マリウス丘周辺の反射波データから2つの特徴を持つ地点を抽出した結果です。背景は月面画像データ、縦線はLRSの測線を示し、また、縦線上の丸印は地下からの反射波強度が特に強いデータが観測された場所を示します。丸印の色は、月面からの反射波と地下からの反射波強度差を表し、紫色に近いほど強い反射を生じる面、つまり天井あるいは床をもつ未崩壊の地下空洞が存在している可能性を示しています。T1は、縦孔の東3kmほどに近接した測点で、地下からの強い反射が見られた測点です。また、T1の西の、溶岩の流れによって形成された溝(リル)に沿って位置するT2〜T4にも、T1とほぼ同じ地下からの強い反射が見られました。つまり、縦孔を東端として、T1〜T4に沿って西に約50km延びる未崩壊の地下空洞(溶岩チューブ)が存在すると示唆されたのです。

図5

図5:地下空洞の存在の特徴を示すレーダ反射特徴と重力場データの比較。背景は、アメリカの探査機グレイルによる重力場データで、質量密度の分布を表す。薄い赤い領域は質量密度が低く、薄い青い領域は質量密度が高い。質量密度が低い領域にT1〜T4が見られる。つまり、縦孔を東端として、西に約50km延びる未崩壊の地下空洞(溶岩チューブ)が存在することは、重力場のデータとも一致する。

さらに、地下空洞の存在の特徴を示すレーダ反射特徴の位置は、アメリカの探査機グレイルの重力場観測によって見出された、マリウス丘の縦孔を東端として西に数10kmに及ぶ低密度地域に一致していました(図5)。つまり、この地域に、未崩壊の地下空洞(溶岩チューブ)が存在していることが確実になったといえます。縦孔は、こうした地下空洞への入り口の可能性がありますが、縦孔の数は非常に少なく、科学的探査や基地を作ることのできる地下空洞は希少かもしれません。

今回の成果により、縦孔付近に科学的にも、また将来の基地としても有用な「地下空洞(溶岩チューブ)」が存在する可能性が確実になりました。今後、レーダサウンダーによる反射波データと他の観測データの相互関係や、地下空洞の反射波パターンのシミュレーション解析から、月の地下空洞の検出をさらに進めていき、将来の地下空洞探査、月面基地建設に役立つ情報を得ていく予定です。

月の表 月の裏

(左)月の表(右)月の裏 (c) JAXA/SELENE

論文の概要

タイトルDetection of intact lava tubes at Marius Hills on the Moon by SELENE (Kaguya) Lunar Radar Sounder
著者:郭哲也 (東海大学大学院/JAXA) 、春山純一 (JAXA) 、三宅亙 (東海大学大学院) 、熊本篤志 (東北大学大学院) 、石山謙・西堀俊幸 (JAXA) 、山本圭香 (国立天文台) 、Sara T. Crites (JAXA) 、道上達広 (近畿大学) 、横田康弘 (高知大学) 、R. Sood (アラバマ大学) 、H. J. Melosh (パデュー大学) 、L. Chappaz (アストロラボ) 、K. C. Howell (パデュー大学)
掲載雑誌:Geophysical Research Letters
DOI: 10.1002/2017GL074998