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かにパルサーから吹き出す超高速のパルサー風をとらえた

宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所インターナショナルトップヤングフェローのDmitry Khangulyan(ドミトリー・カングリヤン)研究員らは、「かにパルサー※」周辺で観測された、周期的に変化する超高エネルギーガンマ線放射を解析した結果、それが、これまで検出不可能と考えられていたパルサー風(電子・陽電子の流れ)に由来する放射であることを突き止めました。これは、パルサー風の存在を初めて直接的に示したものです。また、パルサー風がパルサーにきわめて近い領域で光速度の99.999999999%もの速度に到達していることも分かりました。これらは従来の理論モデルでは説明の難しい重要な解析結果であり、これに関する論文が2012年2月23日付の英科学誌『ネイチャー』に掲載されました。

※ パルサーとは、数秒以下の周期で規則的に電波を発する天体で、その正体は超新星爆発で生じる超高密度天体の中性子星です。かに星雲は超新星残骸であり、そこで見つかったのが「かにパルサー」です。

参考URL:
論文:Aharonian, F.A., Bogovalov, S.V. and Khangulyan, D. “Abrupt acceleration of a cold ultrarelativistic wind from the Crab pulsar”, Nature, 2012年2月23日号(日本語題名:かにパルサーからの冷たい超相対論的な風を誘起する急激な粒子加速)

解説

かにパルサーは、1054年に観察された歴史的な超新星爆発で生じた天体です。パルスを出す中性子星は強力な磁場をもち、高速で回転しています。また、その周囲には星雲が発達しています(図1)。一般的には、中性子星からは光速近くまで加速された電子と陽電子の風(パルサー風)が吹き出していると考えられています。この風は、中性子星からわずか1000kmのところにある磁気圏から吹き出し、0.3光年ほど進んだところで星間物質とぶつかって止まります。このパルサー風の上流から下流にかけての進化は、以下の3つの連続的な過程で特徴づけられます。それは、(1)強い磁力線を持つ中性子星が高速回転することによる、中性子星の回転エネルギーから電磁場のエネルギーへの変換、(2)電磁場のエネルギーから、電子と陽電子の流れの運動のエネルギーへの変換(風の加速)、(3)衝撃波による風のせき止め、です。衝撃波では電子が最高で1PeV(1千兆電子ボルト=電子を1千兆ボルトで加速したときの速度)まで加速され、進行方向がばらばらになります。これにより広い範囲で超高速の電子・陽電子と磁力線の相互作用により放射が生じ、星雲として観測されるわけです。観測結果を説明するには、この3つのエネルギー変換はかなり高い効率(100%近く)で行われなければなりません。研究者は40年以上の間、パルサー風の存在は疑いのようのないものと信じてきましたが、意外なことにこのパルサー風についての証拠は、パルサーや周囲の非熱的な星雲の解析から得られる間接的なものに留まっており、パルサーと星雲をつなぐ風そのものを直接とらえたものではありませんでした。

この複雑なシステムを担う2つの要素であるかにパルサーとかに星雲は、それぞれ高エネルギー帯(MeVからGeV)、超高エネルギー帯(TeV)で明るく輝くガンマ線源です。一方で、3つ目の要素であるパルサー風は、パルサーから星雲にエネルギーを運びますが、一般に“見えない物質”であると信じられてきました。パルサー風は光に近い速さに達しているのにもかかわらず、風に伴う磁場とともに整然と流れているために、電子は乱れた運動をしておらず、シンクロトロン放射を出さないからです。しかし、パルサー風は「逆コンプトン散乱」という過程を通じて超高エネルギーガンマ線を放射することはできます。これは、きわめて光速に近い速度の電子と陽電子によって、パルサーの磁気圏や中性子星の表面からの光が弾き飛ばされてエネルギーを獲得することにより生じるものです(図2)。

今週のNatureに掲載される論文で、JAXA宇宙科学研究所インターナショナルトップヤングフェロー(注1)のDmitry Khangulyan研究員らは、最近、VERITASやMAGICなどの大気チェレンコフ望遠鏡(注2)で検出された、明滅する超高エネルギー(VHE)ガンマ線放射という驚くべき現象の起源についての解析結果を発表しました。それは、この明滅するVHEガンマ線放射は、パルサー本体からの明滅するX線放射が、パルサー風のきわめて光速に近い速度の電子によって散乱されて生じたと考えると、最もよく説明できるというものです(図3)。検出されたVHEガンマ線の時間変化は、パルサーの時間変化と周期が同じであるため、一見、磁気圏から放射されているように見えます。しかし、パルサー放射の一般的な理論モデルでは、10GeV以上の放射はほとんど出ません。つまり、超高エネルギーでの検出を磁気圏放射で説明するには、従来のモデルを大幅に変更する必要に迫られます。したがって、明滅するVHE放射はパルサー風から放射されたと考えるのがより自然です。この説明では、観測された放射のスペクトルと時間変化の両方を、たった3つの仮定をおくことで説明できます。その仮定は、風が加速された場所と、その最終的な速度、非等方性の度合いに関係しています。

この解釈によると、先に報告されていた明滅するVHEガンマ線放射が、パルサーから光速に近い速度で整然と流れだす電子と陽電子からなるパルサー風についての初めての観測的証拠だということを意味します。これまでに報告されているガンマ線データを用いて風が加速されている場所を特定し、電磁場のエネルギーから風の運動エネルギーへの変換の早さを見積もったところ、光速度の99.999999999%に達する風の加速が、パルサーの回転軸にそった光円柱(図3参照)の20-50倍という狭い領域で、いわば瞬間的に行われていることが分かりました。パルサー風がほぼ光速で吹き出すことや、その速度の値は、これまでの一般的なパルサー風の学説を支持するものですが、光円柱近くの狭い領域での瞬間的とも言える加速は、これまでの理論モデルで説明するのは難しく、モデルに修正を迫るものです。

注1:「JAXAインターナショナルトップヤングフェローシップ」は日本を宇宙科学におけるトップサイエンスセンターとするための施策のひとつとして2009年から整備された制度で、世界各国で活躍する極めて優秀な若手研究者を任期付きで招聘するものです。現在Khangulyan研究員をはじめ5名の若手研究者が招聘されています。

注2:VERITAS (Very Energetic Radiation Imaging Array System)、およびMAGIC(Major Atmospheric Gamma-ray Imaging Cherenkov telescope)は共に、宇宙からくるガンマ線が地球大気に突入した際に生じるチェレンコフ放射を検出することでガンマ線をとらえる望遠鏡です。

図1:かにパルサーとその周辺に広がるかに星雲

図1:かにパルサーとその周辺に広がるかに星雲。 (c) 国立天文台

図2:逆コンプトン散乱によって高エネルギーガンマ線が発生するしくみ

図2:逆コンプトン散乱によって高エネルギーガンマ線が発生するしくみ。光速に近い速度で運動する電子のエネルギーの一部が光子との弾性衝突後に光子に与えられ、高エネルギーガンマ線が生じる。

図3:パルサー周辺の磁気圏と光円柱の模式図

図3:パルサー周辺の磁気圏と光円柱の模式図。

図4:パルサー磁気圏とパルサー風によって生じるガンマ線のスペクトル・エネルギー分布

図4:パルサー磁気圏とパルサー風によって生じるガンマ線のスペクトル・エネルギー分布。今回の解析によって、パルサー磁気圏からの放射だけでは超高エネルギー領域での放射の強度を説明できず、パルサー風からの放射の寄与を含める必要があることが示された。

参考:宇宙研速報(カングリヤン研究員による解説)

2012年2月23日

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