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「はやぶさ」打上げ8周年にあたり

「はやぶさ」は今日 5月9日で、打上げ8周年を迎えました。

「はやぶさ」という探査機を、あの小型のロケット M-V で打ち上げたのかと、ときどき海外からも声をいただきます。「はやぶさ後継機」を海外ビークルで打ち上げる検討を、多くの機関、会社さんと検討しましたが、彼らは、自分たちのもつ小型ロケットで、「はやぶさ」のような探査機を打ち出せるとは考えたこともなかったようで、一様に驚かれました。M-V第5号機は、もてる能力をふりしぼった打上げだったわけです。

昨年の今頃は、TCM-1 を完了し、帰還を1ヶ月後をひかえ、残る3つの大きな軌道修正にむけて気を揉んでいました。

TCM-1 は60時間余に及んだ大きな軌道修正でした。しかし、その運転はなんとか完了できたとはいえ、放電を頻繁に繰り返す運転の連続で、ダメージはないのか、不安でした。この先には、TCM-2, 3 という長時間の運転もひかえています。なんとなく不安を感じたため、軌道決定が一段落するのを待って、5月11日にイオンエンジンの起動試験を実施することにしました。大事な TCM-2 の立ち上がりでつまずくと、実施がずれ込んだり短くなりうるわけです。機会を損なったら帰還もできなくなります、万全を期しておこうということでした。
いまだから明かす1ヶ月前の舞台裏です。

その試験、問題はなかろうと種々の会議をこなしていると、夕方國中さんが、青い顔で飛び込んできました。うなだれながら、
「エンジンが起動できないんです。」
いつこういう事態が起きてもおかしくないと思っていた私は、「とうとうか」と覚悟を決めました。しかし、何の見通しもあったわけではありません。
「起動の条件を変えてトライしてみて。時間は十分あるので。後で行くよ。」
と言うのが精一杯でした。

その後、しばらくして管制室におもむくと、國中さんの顔色は少し明るくなっていました。試験結果を再生してみて、起動できない原因にこころあたりがあったようでした。実際、私も立ち会うなか、イオンエンジンは再度起動してくれました。
「ああ、良かった。」
思わず國中さんから声が漏れました。

メーリングリストに流れた、西山さんのコメントより。

ちょっと手間取りましたが、3度目の正直で 2分間運転しました。
手間取ったのは、Aエンジンの反射電力が徐々に増加してきており、ついに判定閾値を上回ったためでした。
今回、試運転をしたことで問題が事前に発見できました。やってよかったです。

詳細は書かれていませんが、関係者が本当に肝を冷やした一瞬でした。
これをきっかけに、残りのイオンエンジンの運転は、反射をできるだけ小さくするべく、なお一層の細心の流量調整が行われることとなりました。我々に、予め注意を与えてくれたとでもいいましょうか。幸運だったと思います。

5月11日は実は、JR東日本が東北新幹線に、新型E5系の「はやぶさ」を登場させると発表した日でもありました。
イオンエンジンの動作試験でまったく余裕をなくしていましたが、メディアから流れてくる「はやぶさ」という言葉に、「あれ」と思ったことを思い出します。
2009年3月に寝台特急「はやぶさ」が廃止になり、我々の命運を予め告げられたようでした。当時はイオンエンジンの中和器引き出し電圧がじわりじわりと上昇しつづける中、果たして帰還まで持ちこたえられるのか、大変に不安をもって運用に臨んでいた最中のことでした。
碧(みどり)色という特徴ある車体の新幹線「はやぶさ」の登場は、一旦命運もつきかえた探査機「はやぶさ」が再び息をふきかえし、1ヶ月後に地球に帰還するのも叶うかもしれない、そんな期待をわれわれにも抱かせるもので、たいへん励まされました。

5月12日は、「はやぶさ」が、それまでの減速方向の軌道修正から加速方向への軌道修正に転じて、搭載のスタートラッカーを地球方向に向けた日でした。実は、私はこの日を心待ちにしていました。地球と月を直接に確認できる機会が訪れるからです。もちろん、地球から1300万km のかなた、1ピクセルをはるかに下回る大きさでしか見えないはずなので、点としか見えないはずでした。果たして、そこに写った地球と月は、あまりにも明るく強いスミアを伴う鮮烈な地球を映し出していました。

特設サイトへの掲載文です。

「はやぶさ」は、先週 5月12日に、搭載の星姿勢計(STar Tracker: STT)のCCDセンサを用いて、故郷である地球と月の撮影を行いました。
地球はまばゆいばかりに明るく、画像は強いスミアの影響を受けましたが、月もくっきりと写っています。(地球 -8.3等、月 -4.6等)
地球は、現在いて座とやぎ座の間に見えています。
「はやぶさ」は、一路地球を目指して、時速およそ18000kmで航行中です。

あと1月の間、イオンエンジンが無事であることを祈りました。
特設サイトには、細田さんを通じて、詠み人不詳で載せていただきましたが、
 吾行かん 輝き潤む 碧き星 手がかり孵(かえ)す 終(つい)のひと駆け
という歌に気持ちを託させていただいたのは、この時でした。

昨年6月以降、全国各地、本当に多くの方に回収されたカプセルをごらんいただいています。本当にありがたいことです。
プロジェクトに関わられた多くのメンバの方々は、今はもう「はやぶさ」後継機や他のプロジェクト、プロジェクト準備に従事されるようになりましたが、このチームが一丸となってとりくめた努力と、またメンバの優秀さを誇りに思っています。
大気に還った「はやぶさ」、今、この瞬間にも、我々のすぐそばを通っているのかもしれません。無くなったわけではないと思えるところです。
昨年の、「はやぶさ-7歳」では、誕生日を祝うのも最後と書かせていただきましたが、プロジェクトチームメンバの永久(とわ)の活躍を祈念し、8歳の記念にさせていただきます。

「はやぶさ」プロジェクトマネージャ 川口 淳一郎

2011年5月9日

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