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微小重力地質学の幕開け 〜地滑りで進化する小惑星イトカワの表面〜

概要

大気も海もマントルもない小惑星「イトカワ」では、過去に何度も振動によって広範囲で 地滑りが起こり、その結果、小石の平原「ミューゼスの海」地域が形成された----。東京大学総 合研究博物館の宮本英昭准教授、JAXA/ISASの矢野創助手をはじめとする国際研究チームはこのたび、 2005年に「はやぶさ」探査機が試料採取に挑んだときに撮影した接近画像とイトカワの三次元モデル の解析から、重力の小さい小惑星の表面では、土砂が流動化することで、従来の予想よりもはるかに 活発に変化していることを発見しました。今回の成果は、惑星の原材料である小惑星の生い立ちの 解明に貢献するだけでなく、「はやぶさ」に続く探査計画の立案や、将来の小惑星の資源利用可能性の 調査にも役立つと考えられます。詳細は4月19日付の米科学誌「サイエンス」オンライン速報版に掲載 されました。

微小小惑星イトカワの復習 (詳細はこちら

JAXAの工学試験探査機「はやぶさ」が2005年秋に滞在した近地球型小惑星「イトカワ」は、長径535mほどの大きさしかなく、 一見水面に浮かぶ「ラッコ」のような形をした天体です。地球と火星の軌道の間を行き来するイトカワは、人類が探査機を 送った天体の中でずば抜けて小さく、その表面重力は地球の数十万分の一程度です。「はやぶさ」による平均密度の計測から、 全体積の四割ほどが空っぽであることが判明しました。またその表面は、大きな岩石が密集してでこぼこした地域(ラフ地域) と、小石が敷き詰められた滑らかな地域(スムース地域)に二分されています(図1)。

図1:小惑星イトカワ表面の二分性と重力方向を示した三次元モデル

こうした様子からイトカワは、従来有力視されていた一枚岩ではなく、母天体が衝突破壊されたときに生じた無数のがれきが、再びゆるく寄せ集まってできた天体だと考えられるようになりました。はやぶさ以前は理論上の存在に過ぎなかった「がれきの寄せ集め」天体が確かに実在することを証明したイトカワは、すでに小惑星科学研究の標準として、世界中の研究者によって参照されるようになっています。

地滑りの証拠を示す地形

さらに今回、そうしたイトカワの表面を高解像度の画像で調べると、地球上の地形に一見そっくりな様子がたくさん発見されました。
例えばラフ地域では、小さな石はより大きな岩の上に積み重なることなく、常に隙間を埋めるように詰まっています(図2)。 また大小様々な岩石の多くが重力的に安定な姿勢(円盤なら平らな面が重力と垂直になる)を保っていました。もしイトカワががれきが集積したままの姿を維持しているなら、こうした地形が偶然に形成されることは極めて稀なはずです。また月や火星は もちろん、イトカワより数十倍大きなエロスなどの小惑星にもきれいなおわん型衝突クレーターがたくさん発見されているのに対して、イトカワ上のクレーターは数が少ないばかりか、クレーターの縁はとても不明瞭な形をしています(図3)。

図2:イトカワ表面のラフ地域における大小様々な岩石の配置

図3:イトカワ表面のラフ地域にできた衝突クレーターの形状

ラフ地域とスムース地域である「ミューゼスの海」の境界線では、多くの岩石の長軸が境界線に倣っています(図4)。地上の 土砂崩れでは、土砂の流れる方向と垂直に転石の長軸が並ぶことが知られており、イトカワではラフ地域からスムース地域へ流れ 込んだように見えます。また「ミューゼスの海」に敷き詰められた小石の上では、大きな石は何箇所かに集まって寄り添ったり、 大きな岩の外周に小さい石が並んでいるなど、地上の地滑り跡によく見られる特徴が発見されました(図5)。

図4:イトカワ表面のラフ地域とスムース地域の境界線に見られる土砂崩れ様の地形
(点線が転石の長軸方向、矢印が小石の流動方向)

図5:イトカワ表面のスムース地域「ミューゼスの海」に見られる
小石層に乗った岩の集積(白点線円)と地滑りの方向(黒実線矢印)、
および岩の外周に流れに沿って並んだ小石群(白点線矢印)  

粉流体としてのイトカワ

では大きな重力、風や流水、内部熱をエネルギーとしたマントル対流などの力で常に変化している地球上に似た地形を、どう すればイトカワの表面に生み出すことができるのでしょう?今回の研究では以下に示すように、イトカワ全球を覆っている岩石が、 過去に何回も振動したことによって、こうした地形が形成されたという説を提唱しました。
 一般に粒子が集まって振動を受けると流動化する事が知られており、これを「粉流体」と呼びます。一粒ずつは固体でありながら 集合体としては流体のように振舞う「粉流体」の物理は複雑ですが、食品、薬品、セラミックなどの産業分野では毎日のように取り 扱われています。粉体をゆすると、粒子はサイズに応じて「ふるい」にかけられたように分別されます。例えば、ミックスナッツの 箱をゆすり続けるとナッツがサイズごとに分別される「ブラジルナッツ効果」も、同じ原理です。
 これをイトカワにあてはめると、がれきの寄せ集めである小惑星が振動を受けるたびに、表面全体がじわじわと動く中、大きな岩 に比べて流動化しやすいミリメートルからセンチメートル程度の大きさの小石が選択的に分別されながら、重力的に安定な場所(流 体が最終的に落ち着く位置)である「ミューゼスの海」などのスムース地域に堆積したと考えられます。このことは、イトカワの三 次元モデル上の局所的な傾斜と重力を計算したところ、あらゆる場所で粒子が流動する方向は常にその場の重力が働く方向と一致す ることからも証明されました(図6)。

図6:イトカワ表面のラフ地域およびスムース地域の地滑りの流動方向と重力方向の一致

太陽系天体で初めて見つかった地質現象

 「天体全球のスケールで、土砂が粉流体として運動していた証拠」が発見されたのは、太陽系天体の中でイトカワが初めてです。マントル対流を起こす熱源を持つ地球や、大気や地下水を持つ火星やタイタンは別として、真空の宇宙に晒された他の天体では、何故イトカワと同じ全球的な流動現象がこれまで発見されなかったのでしょうか?月やエロスでの地滑りは今のところ、大きなクレーターの内壁などの局所だけに発見されています。
 第一に重要なのは、人類が探査した天体の中でイトカワが最も小さな天体である点です。本研究の計算では、イトカワほど小さな天体は、月やエロスのように大きな天体ではびくともしないような小さなサイズの小天体(いわゆる宇宙塵、隕石など) の衝突でも、比較的簡単に局所的、あるいは全球的に振動することがわかりました(図7)。さらに、太陽系を巡る小天体はサイズが小さいほどねずみ算的に数が増えるため、大きなサイズに比べてイトカワへ衝突する頻度も高くなります。こうして イトカワは、より大きな天体に比べてはるかに容易に、そして頻度高く振動することができたので、土砂が効率的に流動化できたのだと考えられます。

図7:小惑星のサイズと粉体流動、粉体対流のしやすさの比較

第二の要点は、今回「はやぶさ」で得られた近接画像は、そうした土砂の流動化の小さな証拠をはっきり見分けられるほどの、着陸機に迫る高い解像度で撮影できたという点です。ただし「はやぶさ」が積んだ航法カメラは、当初これほど接近して小惑星表面を撮る仕様ではありませんでした。しかし本研究チームは試料採取のための小惑星表面への降下・上昇を千載一遇の機会と考えて、当初の予定にはなかった観測運用計画を立てて挑みました。その結果、母船からの観測でありながら、幸いにも今回の成果を得ることができたのです。
 なお、小天体の衝突以外にイトカワを振動させる要因としては、過去に火星や地球など惑星の近くを通ったときに受けた潮汐力や、イトカワの形成時にラッコの「頭」と「胴」の部分が合体した際の衝撃なども考えられます。

微小重力地質学の展望

 地球で地滑りや土砂崩れを引き起こす最も重要な要因は「水」の存在ですが、イトカワには「水」も「氷」も存在しません。 それにもかかわらず、地球の数十万分の一程度しかないイトカワの重力下において、地球上に似た地滑り地形が形成されていた という今回の発見は、小惑星の表土が従来の予想よりもはるかに活発に変化していることを意味します。これは「微小重力地質学」 とも呼ぶべき、新しい学問の幕開けを予感させる重要な成果です。同時に、地球の地滑りや土砂崩れの仕組みを解明するための、新たな視点としても役立つでしょう。
 また粉流体の物理を理解するには微小重力下での実験が重要ですが、微小重力では流動速度が遅くなり、落下塔や航空機を使った短い実験時間内での再現は簡単ではありません。ところがイトカワは、微小重力下で気が遠くなるほど長い時間をかけて粒流体の振る舞いを記録してきた「究極の実験室」であり、この観点からの研究も期待されます。
 さらに今回の成果は、惑星の原材料である小惑星の生い立ちの解明に貢献するだけでなく、「はやぶさ」に続く次世代の小惑星サンプルリターン探査計画の立案や、将来の小惑星の資源利用可能性の調査にも役立つと考えられます。

 なお今回の研究成果は、"Regolith Migration and Sorting on Asteroid Itokawa (小惑星イトカワにおける土砂の流動と分級)" という題名で、米国科学誌「サイエンス」(米国科学振興協会発行)から4月19日にオンライン速報版で出版されました。本誌には 5月頃に出版される予定です。

謝辞

本研究で解析した近接画像は、イトカワ表面の試料採取のための降下・上昇運用のリハーサルおよび本番において、はやぶさ 運用チーム、特に航法・誘導担当の方々の、献身的なご協力なくして取得することはできませんでした。ここに著者一同、深く感 謝申し上げます。

[原著論文]

Regolith Migration and Sorting on Asteroid Itokawa
Hideaki Miyamoto, Hajime Yano, Daniel J. Scheeres, Shinsuke Abe, Olivier Barnouin-Jha, Andrew F. Cheng, Hirohide Demura, Robert W. Gaskell, Naru Hirata, Masateru Ishiguro, Tatsuhiro Michikami, Akiko M. Nakamura, Ryosuke Nakamura, Jun Saito, and Sho Sasaki
Science, published online April 19, 2007, doi:10.1126/science.1134390, 2007.

全著者と現在の所属は下記の通りです。
・宮本 英昭 東京大学総合研究博物館・准教授
     (同大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻
      同大学大学院工学系研究科地球システム工学専攻)
      米国惑星科学研究所(Planetary Science Institute)連携研究員
・矢野 創 宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部(ISAS)・助手
     (同機構月惑星探査推進グループ(JSPEC)企画推進室、研究開発室併任)
      総合研究大学院大学宇宙科学専攻・助手
・Daniel J. Scheeres 米国ミシガン大学航空宇宙工学科・准教授
・阿部 新助 神戸大学大学院地球惑星科学専攻・助教
・Olivier Barnouin-Jha 米国ジョンズホプキンス大学応用物理研究所・上級研究員
・Andrew F. Cheng 米国ジョンズホプキンス大学応用物理研究所・主任研究員
・出村 裕英 会津大学コンピュータ理工学部・准教授
・Robert W. Gaskell 米国惑星科学研究所・研究員
・平田 成 会津大学コンピュータ理工学部・准教授
・石黒 正晃 韓国ソウル大学・客員研究員
・道上 達広 福島高等専門学校・講師
・中村 昭子 神戸大学大学院地球惑星科学専攻・准教授
・中村 良介 産業技術総合研究所・研究員
・齋藤 潤 東海大学・研究員
・佐々木 晶 国立天文台RISE推進室・教授

[図の出典]

図1:小惑星イトカワ表面の二分性と重力方向を示した三次元モデル
   (参考論文:Miyamoto et al., Science (2007);図版提供:東京大学総合研究博物館、JAXA、会津大学、神戸大学、米国惑星科学研究所、米国ミシガン大学)
図2:イトカワ表面のラフ地域における大小様々な岩石の配置
   (参考論文:Miyamoto et al., Science (2007);図版提供:東京大学総合研究博物館、JAXA)
図3:イトカワ表面のラフ地域にできた衝突クレーターの形状
   (参考論文:Miyamoto et al., Science (2007);図版提供:東京大学総合研究博物館、JAXA)
図4:イトカワ表面のラフ地域とスムース地域の境界線に見られる土砂崩れ様の地形
   (参考論文:Miyamoto et al., Science (2007);図版提供:東京大学総合研究博物館、JAXA)
図5:イトカワ表面のスムース地域「ミューゼスの海」に見られる小石層に乗った岩の集積と地滑りの方向、および岩の外周に流れに沿って並んだ小石群
   (参考論文:Yano, et al., Science, (2006), Miyamoto et al., Science (2007);図版提供:東京大学総合研究博物館、JAXA)
図6:イトカワ表面のラフ地域およびスムース地域の地滑りの流動方向と重力方向の一致
   (参考論文:Miyamoto et al., Science (2007);図版提供:東京大学総合研究博物館、JAXA、会津大学、神戸大学、米国惑星科学研究所、米国ミシガン大学)
図7:小惑星のサイズと粉体流動、粉体対流のしやすさの比較
   (参考論文:Miyamoto et al., Science (2007);図版提供:東京大学総合研究博物館、JAXA)

[備考] 東京大学総合研究博物館・「惑星探査の最新成果(仮称)」展について

今回の研究成果に関連して、東京大学総合研究博物館では、今秋10〜12月頃に一般公開展示を予定しています。 詳しくはこちら>>

2007年4月23日

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