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特集

「すざく」のX線CCDカメラ 残らず集めて漏れなく運ぶ:電子のバケツリレー

森 英之 京都大学大学院 理学研究科
堂谷忠靖 JAXA宇宙科学研究本部 高エネルギー天文学研究系

 最先端の成果は、最先端の観測装置から生まれます。「すざく」搭載X線CCDカメラ(X-ray Imaging Spectrometer:XIS)も例外ではありません。X線CCDカメラ自体は実用化されてからすでに十数年たちますが、XISはさまざまな工夫により世界最高の性能を発揮しています。XISの特徴について紹介しましょう。
 X線CCDカメラといっても、その原理は市販のデジタルカメラと基本的に同じです。入射した光が空乏層で光電吸収され、その際に生成された電子正孔対のうち、電子を読み出すことにより光を検出します。CCDの表面には、電子を移動させるための電極が実装されており、周期的に変化する電圧を印加することで生成された電子を読み出し口まで転送し、電気信号に変換して出力します。ただ、可視光用のCCDとX線CCDでは、その動作に大きな違いがあります。可視光では、光の粒子(光子)が1個入射すると、電子正孔対が1対だけ生成されます。通常、1画素に多数の光子が入射するので、画素中の電子の数を数えることは、入射光の強度を測定することに対応します。一方、X線光子ははるかに大きなエネルギーを持つので、空乏層で光電吸収されると、そのエネルギーに比例して何千という電子正孔対をつくります。したがって、電子の個数を数えることにより、入射X線のエネルギーを測定することができるわけです(これを天文用語で「分光」という)。そのためには、1画素に入射するX線光子は1個でないといけません。幸か不幸か、天体からやって来るX線は大変弱く、通常はいくら望遠鏡で集めても1画素に複数のX線光子が入ることはありません。つまり、X線CCDカメラは撮像と同時に分光ができるわけです。
 このようなX線CCDカメラは、1993年に打ち上げられた「あすか」で初めて用いられました。その結果、従来使われていたガス検出器と比べて、1桁近くエネルギー分解能を改善できました。その特長を活かして、「あすか」は数々の素晴らしい成果を挙げました。X線CCDカメラは、今や撮像分光観測に必須の機器となっており、「すざく」のほか、欧米のチャンドラ衛星やXMMニュートン衛星にも搭載されています。図32が、「すざく」に使われているCCDの写真です。「すざく」には、このようなCCDを用いたX線カメラが4台搭載されています。
 さて、本題であるXISの特徴について、以下に紹介しましょう。

図32 「すざく」搭載X線CCDカメラ(XIS)のCCDチップ

背面照射型CCD

 X線というと透過力が強いというイメージがあるかもしれませんが、実は軟X線は大変吸収されやすく、その精度よい検出には工夫が必要です。CCDの表面にある電荷転送用の電極、これは厚さが1μm足らずのものですが、このわずかな層が軟X線の検出には邪魔になります。そこで、CCDの反対側の面、つまり電極のない面(これを背面と呼ぶ)から光を入射させるよう工夫したのが「背面照射型CCD」です。背面には複雑な電極構造がなく、空乏層がむき出しに近い形になっているので、軟X線も効率よく検出することができます。ただし、背面照射型CCDは製作が難しく、また、光電吸収により生成された電荷の収集が不完全になりがちで、表面照射型CCDと同じエネルギー分解能を達成するのが困難でした。
 電荷の収集が不完全になる理由の一つとして、背面付近では電場が弱いことが挙げられます。表面にある電極に徐々に電圧をかけていくと、空乏層が表面から成長し、やがて背面にまで到達してCCD全体が完全空乏化します。ただし、背面付近は電極から最も遠いため、必然的に電場も弱くなります。したがって、軟X線の光電吸収により生成された電子が背面付近でもたもたしているうちに、その一部が再結合などで失われて、電荷収集が不完全になってしまいます(図33)。これを防ぐには、背面付近の電場を強くすればよいわけです。XISでは背面の化学処理により、酸素の陰イオンを含む数ナノメートルの層をつくり付け、これにより電子の収集効率を改善しました。その結果、背面照射型CCDとしては世界最高のエネルギー分解能を達成しています。XIS全4台のうち1台で背面照射型CCDが用いられています。

図33 表面/背面照射型CCDにおけるX線の光電吸収の様子
グレーおよび抹茶色の層が電極構造を示す。赤色が軟X線、青色が硬X線。

電荷注入機能


 宇宙空間は、電子機器にとって大変過酷な環境ですが、特にCCDにとって問題になるのは宇宙線です。これは、宇宙空間を飛び交う高エネルギーの荷電粒子(主に陽子)で、CCD素子に入射すると、半導体結晶中に格子欠陥をつくってしまいます。この格子欠陥は、転送中の電荷の一部をとらえてしまうことから、「電荷トラップ」とも呼ばれます。衛星が地球を周回し続ける限り、電荷トラップは時間とともに増加していき、転送中の電荷損失も徐々に大きくなっていきます。電荷が転送中に失われてしまうと、入射X線のエネルギーが正確に測定できなくなるので大問題です。
 XISは、電荷転送効率を回復する目的で、衛星搭載用CCDとしては世界初となる電荷注入機能を実装しています。これは、あらかじめ制御された量の人工電荷を撮像領域に注入する、というものです。撮像開始前に、この機能を用いて人工電荷を54行ごとに撮像領域に配置しておきます。撮像終了後、人工電荷はX線がつくる電荷とともに転送されますが、このとき自らの電荷を犠牲にして電荷トラップを埋める働きをします(図34)。人工電荷によってならされた後の道を通るので、X線がつくる電荷は損失なく読み出し口まで到達できるようになります。

図34 電荷注入の仕組み
四角がCCDのピクセルを表す。

 私たちは2006年8月に機上での動作試験を行い、電荷注入によって電荷転送効率が打上げ直後の水準にまで回復することを実証しました。この成功を受けて、現在では定常的に電荷注入を実施しており、常に最高の性能で観測ができるようになっています。

(もり・ひでゆき、どうたに・ただやす)