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特集

天の川の中心に広がるプラズマ

兵藤義明 京都大学大学院 理学研究科

 我々の太陽系が属する天の川銀河。その中心約500光年にわたる広い領域から大量の鉄イオンを発見したのは、「すざく」の2代前の先輩、「ぎんが」でした。この鉄イオンは、中性の鉄原子より電子が24個も少なく(Fe24+)、超高温のプラズマ状態にあることが推察されます。しかし、本当にそんな高温のプラズマが存在するとしたら、その熱エネルギーは超新星爆発約1000発分と膨大なものになります。しかも、このプラズマは温度が高過ぎて銀河中心の重力でとどめておくことができないため、10万年ほどで拡散してしまいます。つまり、最近10万年の間に、超新星爆発約1000発分のエネルギーが、この領域で解放されたことになるのです。
 このエネルギーはあまりに大きいので、1.プラズマではなく電荷交換(全天を覆うX線の起源を探る 参照)でも同じようなスペクトルになるのではないか? 2.星がたくさん集まっているのが(まるで点描画のように)広がって見えているのではないか? などと反論する天文学者が現れました。

図16 銀河系中心領域のX線スペクトル

 これまでの衛星では感度が足りず、それらの反論に答えることができませんでした。しかし、鉄の特性X線を含むエネルギー帯域での感度が高く、エネルギー分解能も優れた「すざく」ならばと思い、打上げ直後から多くの時間を天の川中心の観測に割いてきました。その結果得られた画像を表紙に、中心領域のX線スペクトルを図16に示します。表紙画像の上は中性(電離していない)鉄原子の特性X線の強度分布、下は鉄イオン(Fe24+)の特性X線の強度分布を表します。
 中性鉄はぼこぼことした分布をしているのに対し、鉄イオンはおおよそスムーズに分布しています。この二つの特性X線のエネルギー差は5%以下なのに、まったく異なった画像になるのは、X線CCDカメラ(XIS)の優れたエネルギー分解能のたまものです。
 図16にあるFe24+の特性X線は、実際には4本の微細構造輝線からなります。CCDの分解能では分解できず1本に見えますが、その起源が高温プラズマであるか、電荷交換であるかによって4本の強度比は異なります。高温プラズマでは6700電子ボルトの共鳴線が卓越し、電荷交換では6636電子ボルトの禁制線が卓越します。その結果、Fe24+の特性X線の中心値は、高温プラズマでは6680〜6685電子ボルト程度、電荷交換では6666電子ボルトになります。徹底的にエネルギースケールの較正を行った結果、数電子ボルトの精度でこの輝線の中心値は6680電子ボルトと求められました。やはり、電荷交換ではなく、高温プラズマだったのです。
 第二の反論を検定するためにFe24+の特性X線の空間分布を調べました。表紙の下の画像からも分かりますが、左側は右側よりも強度が大きいことを定量的に示すことができました。これは左右対称な星の分布とは異なります。つまり、高温プラズマの大部分は星の集まりではなく、まさに“もやっと”広がっているのです。
 さて、この膨大な量のプラズマは、どうやってできたのでしょうか? 今度は表紙の上の画像をご覧ください。これは電離していない、つまり冷たい鉄原子の分布を表します。冷たい原子は自分でX線を放射することはできません。外部から照射されたX線を吸収し、再放射された二次的なものであると考えられます。このうちいくつかの天体が数年ほどのスケールで時間変動していることを最近、「すざく」は突き止めました。このことから、「300年前、銀河中心ブラックホールは非常に明るく、また暗くなりつつあった。現在は当時の100万分の1の明るさになってしまったが、冷たい原子が300年遅れて(光路差に相当する)今、ちょうどこだまのように輝いている」という描像が成り立ちます。つまり、ごく最近まで銀河中心ブラックホールは活動的だったのです。このブラックホールの爆発的なエネルギーが、高温プラズマをつくり出す原因の一つだったとも考えられます。

(ひょうどう・よしあき)