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特集

「暗黒加速器」の謎を追え

馬場 彩 JAXA宇宙科学研究本部 高エネルギー天文学研究系
松本浩典 京都大学大学院 理学研究科

 「21世紀になってもまだ、宇宙には人類の知らない天体が存在する」。そんなエキサイティングな結果が発表されたのは、わずか3年前のことでした。ガンマ線望遠鏡H.E.S.S.がテラ電子ボルト(TeV、テラは1012)で天の川の探査を行い、それまで知られていなかった天体を大量に発見したのです。TeVガンマ線は非常にエネルギーの高い光子(可視光の1012倍)で、ほとんど光速で走っている素粒子(電子や陽子など)によって生み出されます。つまり、超高エネルギー現象がこれらの天体で起こっているのです。しかし、TeVガンマ線の情報しかないので、正体はまったく分かりません。これら「TeV未同定天体」は「暗黒加速器」などというSFまがいの名前まで付けられ、世界中の研究者がその正体を探ろうと大騒ぎになりました。
 天の川、すなわち我々の銀河面は、多くのガスを含んでいます。そのため可視光などはガスに吸収散乱されてしまい、遠くまで見通すことができません。一方、レントゲン撮影からも分かるようにX線は透過力が高いため、天の川を隅々まで調べることができます。また、今まで見つかっていなかったことから、暗黒加速器はほかの波長では比較的暗い天体であると想像がつき、低ノイズで感度のよい観測が必要です。我々の「すざく」は、暗黒加速器の正体探しに最適です。
 くしくも暗黒加速器が発見された2005年、我々は「すざく」を打ち上げました。打上げからわずか2ヶ月後に「すざく」は暗黒加速器候補HESS J1616-508を観測し、X線で「本当に暗い」ことを発見しました(図15左)。X線帯での放射エネルギー(上)は、TeVガンマ線帯のそれ(下)の2%以下しかありません。一方、既知のTeVガンマ線天体はすべてTeVガンマ線帯の方がX線帯より暗いものばかりでした。我々は、「X線で見えない」ことを利用して、この暗黒加速器が本当に新しい種族の天体であることを示したのです。

図15 「すざく」(上)とH.E.S.S.望遠鏡(下)で見た暗黒加速器候補
図中の緑四角は「すざく」の視野を表す。

 しかし、どんでん返しが待っていました。次に「すざく」が観測した暗黒加速器候補HESS J1804-216には、TeVガンマ線放射の真ん中に二つのX線天体が存在していました(図15中央)。しかも、どちらもHESS J1616-508領域のX線放射ほど暗くはありません。また、X線放射はほとんど広がっておらず、大きく広がったTeVガンマ線放射とは形状が異なります。もう一つの暗黒加速器候補HESS J1614-518の場合は、TeVガンマ線の位置に完全に一致する暗いX線天体が存在していました(図15右)。HESS J1616-508とは様相がずいぶん違うのです。
 その後、「すざく」は十数個ある暗黒加速器候補を次々と観測しました。ほかのX線天文衛星も我々の成果に驚いてか、一歩遅れて追観測を始めています。すると、TeVガンマ線では同じように見えていた暗黒加速器候補が、X線ではさまざまな顔を持っていることが分かってきました。TeVガンマ線と同じような形状をしたもの、それよりコンパクトなもの、明るい位置がずれているもの……。「すざく」がパンドラの箱を開けてしまったのでしょう。状況はますます混とんとしてきました。
 暗黒加速器の正体は何なのか。これを予測する理論もまた混とんとしています。年老いた超新星の残骸、ガンマ線バーストの残骸、未知のパルサー星雲、果てはダークマター対消滅現場。百家争鳴状態です。
 暗黒加速器候補発見から3年。パンドラの箱から最後に出てくる「希望」をつかむのは誰か、すでに競争は始まっています。我々は、最初に暗黒加速器候補を発見したH.E.S.S.チームと協力し、「暗黒加速器の正体」という希望をつかむことを目標に、さらなる探査を効率的・系統的に進めています。

(ばんば・あや、まつもと・ひろのり)