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特集

X線天文衛星「すざく」

山崎典子 JAXA宇宙科学研究本部 高エネルギー天文学研究系

図1 衛星運用風景

 2005年7月10日に打ち上げられたX線天文衛星「すざく」は、9ヶ月のサイエンスワーキンググループ観測を経て、2006年4月からは世界中の研究者からの観測提案による公募観測を進めています。この項では、観測公募から実際の観測、データ処理を経て科学データが提案者に届き、公開されるまでの、JAXA宇宙科学研究本部での運用の道筋をご紹介します。
「すざく」は地上約600km、軌道傾斜角31度で、1日に地球を15周しています。望遠鏡をある天体に向けたとしても、地球に遮られてしまうこともあり、実際の観測時間は1日平均10時間強程度です。いくら大気の外に出たといっても天体からのX線は非常に微弱なため、「すざく」は一つの天体を、典型的には1日程度、長ければ1週間近く見続けます。1年間でだいたい300天体を観測するペースです。  観測提案の公募は1年ごとに行われ、日本が50%、「すざく」の開発から協力してきた米国が37.5%、そして共同観測に12.5%が割り当てられます。日本の観測枠ではヨーロッパ宇宙機関(ESA)から8%の観測を受け入れるほか、米国とESA加盟国以外のすべての国からの観測提案を受け付けています。これまでに行われた3回の公募では、9ヶ国からの提案がありました。観測提案は日本語でも英語でもよく、研究者だけでなく大学院生からの提案もOKです。ただし、観測して本当に成果が期待できるかという点は複数の審査員によって審査・採点されており、厳しい勝負の世界です。
 こうして決まった観測提案について、目的の天体を「すざく」で観測できる季節(太陽や月との位置関係)、観測条件に基づいてスケジュールを立てていきます。NASAから派遣されてきているクリス・バルータさんによる最適化のおかげで、2006年度の観測は予定より3%多く行うことができました。たかが3%、されど衛星を打ち上げるまでの努力と費用を考えると、予想外のボーナスです。  観測計画が決まると、次はコマンドづくりです。JAXA相模原キャンパスにある宇宙科学研究本部の研究センター棟2階に「すざく」運用室(図1)があり、毎日2人の当番がコマンドをつくっています。実際に衛星にコマンドを送ったり、データの受信をしたりという運用をするのは、鹿児島県肝付町にある内之浦宇宙空間観測所です。赤外線天文衛星「あかり」、太陽観測衛星「ひので」とアンテナを分け合って(取り合って?)、1日約5回、1回約12分の運用を行います。そこにも2人の当番がいて、毎日衛星の健康診断をしています。このような運用当番は、「すざく」を打上げ前から支えてきた大学のスタッフ、学生を含めた「すざく」チームが務めています。当番担当者140人、1年当たり延べ1600人が働き続けているのです。

図2 内之浦宇宙空間観測所の34mアンテナ

 運用は淡々と事件なく過ぎていくのが一番いいのですが、たまに「この天体が今、明るくなった! 急いで見なくては!」という緊急観測が入ります。例えば、ほかの衛星が検知したガンマ線バースト情報がネット経由で回覧され、「すざく」チームに届きます。その天体の観測をプロジェクトマネージャーが決断すると、当番がコマンドをつくり、確認を二重に行い、内之浦34mアンテナ(図2)からコマンドを送信し、「すざく」が向きを変えます。ガンマ線バーストの検知から「すざく」の観測開始までの最短記録は3時間25分です。シンポジウムや学会期間中に突発現象が起きるという因果律があり、光速を超える何らかの力が働いているような気もしていますが……(1000年くらい運用していたら証明できるかな?)。
 内之浦で受信するデータは、1日当たり1GByte程度です。「すざく」はX線の光子を1個1個数えて、いつ、どの検出器のどの場所に、どれだけのエネルギーの光子が来たかを記録しているため、明るい天体を見るほどデータが増えていきます。観測データは、まず衛星の姿勢や場所を決め、打上げ以前や軌道上での検出器の特性試験に基づいて補正をかけるなどの基本的なデータ処理を行ってから、宇宙科学研究本部の宇宙科学情報解析センター(Plainセンター)経由で提案者に届けられます。米国の観測提案については、NASAでも処理をします。処理用のソフトウェアは共通で、どれも検出器をよく知る「すざく」チームによってつくられたものです。このような処理によって「すざく」のデータは天文分野で標準的なファイル形式になり、もともとの光子に対しての物理量を表すものとなるのです。日々のデータ処理だけでなく、較正情報やソフトウェアを更新する作業も、ずっと続けられています。  さて、こうして研究者の手元に届けられた科学データからどんなに素晴らしい成果が出たかについては、この後の記事でお楽しみください。また、サイエンスワーキンググループ観測のデータや、公募提案者に届いてから1年を過ぎたデータは、全世界の研究者に向けて公開されています。日本の前のX線天文衛星「あすか」をはじめ、世界のほとんどのX線天文衛星のデータはこのように公開され、提案者が予期しなかったデータの使い方・解釈、複数の天体をまとめての考察など、天文学の進歩の中で何度となく利用され、新たな成果が生まれていくのです。「すざく」の観測データも今後10年、20年と使われていくことを望みつつ、「すざく」チームは今日も運用をしています。

(やまさき・のりこ)