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特集

「ひので」構造開発物語

峯杉賢治 JAXA宇宙科学研究本部 宇宙構造・材料工学研究系 准教授

 「太陽観測衛星SOLAR-Bというプロジェクトが走り始めたけど、熱と構造の話を聞いてくれという依頼が来てるよ。ちょっと行ってきて」という一言が、その後に続く、長くて険しい道のりの始まりでした。
 「ひので」には3本の望遠鏡が搭載されています。それらが太陽の同じ場所を同時に観測するために、大変高い精度で望遠鏡の向きを合わせ、ロケットで運ばれるときの大きな加速度や宇宙空間での温度変化にさらされても、その向きがほとんど変わらないことが要求されました。特に厳しい条件として、「ひので」が地球のまわりを1周している間の望遠鏡同士の向きのずれを2秒角(1秒角は1度の1/3600)以内 に抑える必要がありました。これは、3つの望遠鏡の視野中央の相対的なずれが、例えば、100km先の物を見ている場合で1m以内でしかないことに相当します。
 この厳しい要求を実現するためには、熱変形を抑えることが鍵でした。「ひので」は太陽を観測するために、常に望遠鏡が向いている方向から太陽光を浴びています。また、地球から放射される熱も受けています。さらに、搭載機器による発熱もあります。そこで、自らの発熱が小さい望遠鏡と発熱の大きな機器を分けて、図33のように別々の構体に搭載しました。機器を搭載するバス構体部は、機器から発生した熱を宇宙空間に逃がすために、熱が伝わりやすい材料でつくらなければなりません。しかし、そのような材料は熱膨張が大きいため、熱変形が大きくなります。そこで、バス構体部の熱変形が望遠鏡に伝わらないように、望遠鏡を搭載する光学架台とバス構体部との間に支持トラスを設けました。

図33 「ひので」の構造


 一方、望遠鏡本体と光学架台は熱変形を極限まで抑える必要がありました。そのため、炭素繊維に特殊な樹脂を組み合わせることで、熱膨張がアルミニウムの1/200という、ほとんどゼロに近い素材を実現しました。さらに、炭素繊維の中でも強度の高いものと熱を伝えやすいものを上手に組み合わせて部材を設計した結果、望遠鏡の向きに影響を与える熱変形は非常に小さく、大きな加速度にも耐えられる構造を実現しました。
 それから、望遠鏡の取り付け方も大きな問題でした。普通は、多くのねじを使って互いをがっちりと固定するのですが、それでは望遠鏡の向きを調整することが大変難しくなります。そこで、光学架台から取り付け足を伸ばして望遠鏡を3ヶ所で支える方式にしました。さらに、部材が図面通りの寸法には完璧にできないことで組み立て時に生じる変形を抑えるために、足の両端を削って板ばねのように柔軟な構造にすることで、その寸法の誤差を吸収できるようにしました。この板ばね部ですが、海外において過大な振動試験で折られてしまったり、やわであるが故に望遠鏡を取り外す際に曲げてしまったり、いろいろと悩まされました(図34、衛星レベルの振動試験の様子)。

図34 衛星耐環境試験の様子
望遠鏡をコンタミネーション(汚染物質の混入)から守るため、カバーをかけて実施された。


 最後に、設計の通りに熱変形が小さく抑えられていることを確認するために、熱変形試験を実施しました。計測値を見ると、試験終了後に元に戻らず、変形が残っているのです。これはいったい?
と悩みましたが、よく調べてみると、衛星表面に貼った試験用断熱材が自分の重さではがれていることが分かりました。わずかなことでしたが、熱変形自体が非常に小さいために、その影響が現れたのです。最終的には、熱変形に対する要求を満たしていることを確認しました。  そして、今も鮮明に記憶に残るM-V最後の打上げ……。「頑張れ!」
 現在のところ、「ひので」の軌道上での観測データから、望遠鏡同士の向きのずれは、要求の2秒角に対してその半分以下であることが判明しています。構造屋としては、ほっと胸をなで下ろしているところです。

(みねすぎ・けんじ)