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特集

極端紫外線スペクトル診断で分かる静穏領域のコロナ構造

松崎恵一 JAXA宇宙科学研究本部 宇宙科学情報解析センター 准教授

 我々の星である太陽のコロナの研究では、「ループ」という言葉をよく耳にします。このループは磁場に高温のプラズマの粒子が絡み付いたもので、観測されるのはプラズマからの極端紫外線や軟X線輻射です。理科の実験などで、棒磁石のまわりに砂鉄をまき、磁力線がループを描いている様子を観察したことがあるでしょうか? 太陽コロナのループも、それと同じ磁力線がしんをなしています。
 これまで太陽からの極端紫外線や軟X線輻射の観測では、1〜数秒角(太陽表面上で700〜数千km)の分解能で撮像が可能な装置が活躍してきました。撮像可能な温度は装置ごとに決まっており、およそ100万度、150万度、200万度のプラズマをそれぞれ撮像するものと、それらより高い温度のループをまとめて観測するものがありました。太陽のプラズマは時々刻々変わるため、いろいろな温度のループの様子を同時に知りたい。しかし、従来の装置では、ある温度の撮像をした後に別の温度を撮像するため、観測された構造の違いが時間変化によるのか温度の違いによるのか、推測するほかありませんでした。
「ひので」の極端紫外線撮像分光装置(EIS)は、100万度から数百万度において放射される輝線を、複数同時かつ1秒角の分解能で撮像可能な初めての装置です。同時に複数の輝線を観測できるため、撮像ごとに温度方向にほとんど取りこぼしなく観測できます。図19に、2006年12月23日に観測された静穏領域の画像を示します。それぞれ、40万度、117万度、158万度、209万度、263万度のプラズマに対応します。これらは、電離度の異なる7つの鉄イオン(7、9〜14階電離)が放射する輝線強度を加工して得られたものです。コロナの観測結果で普通、目にするのは、輝線の強度そのものです。その場合、いろいろな温度のプラズマからの輻射の重ね合わせなので、単純には輻射源の様子が分かりません。図19は、観測結果を輻射しているプラズマの量に戻した(密度の2乗と体積の積にデコンボリューションした)ものであり、この場合はパネルごとに完全に独立な成分を見ています。

図19 静穏領域の温度構造
極端紫外線撮像分光装置(EIS)の観測から得られた各温度のプラズマ分布。(Matsuzaki et al. 2007より)

図20 静穏領域のループの模式図
(Matsuzaki et al. 2007より)

図21 活動領域のループの模式図
(Matsuzaki et al. 2007より)

 40万度の画像は、10秒角程度のまだら模様が主な構造です。それより高温の画像では繊細なループが主な構造ですが、温度が高くなるにつれて構造が30〜100秒角以上と次第に大きくなっていきます。263万度の画像では、活動領域のループのコアの部分だけが見て取れます。117万度のプラズマも209万度のプラズマも、どちらもありふれていますが、繊細なループの向きは異なっています。
 図20は、図19の視野の全般に広がる静穏領域のループを模式化したもの、図21は視野の中央より少し上にある活動領域のループを模式化したものです。いずれも、水色、緑、だいだい、赤、紫の順に温度が高くなります。静穏領域ではループの長さが温度を決めるのに支配的なのに対し、活動領域では同じような長さでも温度が異なることが見て取れます。40万度のループとそれ以上の温度のループで見え方が著しく異なっているのは、前者のループが太陽の表面近くにある対流構造のセルの大きさ以下なのに対し、後者がそれを超えるものであり、起源が大きく異なるためです。
 このように、「ひので」のEISを用いることで、視線方向に幾重にも重なって見えるプラズマを余すところなく見て取ることができました。

(まつざき・けいいち)