宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > 特集 > はやぶさ特集:小惑星探査機「はやぶさ」の研究計画について

特集

はやぶさ特集:小惑星探査機「はやぶさ」の研究計画について
│3│

次の例は光学航法です。文字通り,探査機上のカメラで目標の小惑星を撮影して,その方向の情報から探査機と小惑星の相対的な位置・速度を推定する方法です。考えてみれば,我々は普段から人混みをさける行動のなかで常にこれを行っているので一見当たり前のように思えるかもしれません。ある平原の線路を走る列車から,遠方の灯台を見たとします。たとえば線路から灯台方向のなす角度を計測するわけです。2点で観測すると三角測量で灯台までの距離が推算できるように思えるかもしれませんが,実はこれは正しくありません。列車の速度がわかっていればその通りなのですが,これが未知だと灯台までの距離を知ることができないのです。しかし列車の速度を既知の決まった量だけ変更できれば,最初の列車の速度は不明でも,灯台までの距離は推定できるようになります。野球の外野手がフライを捕球する際にも,これと同じ動作を行っています。真正面にとんできたボールを捕球するためには,外野手は左右に動いてボールの落下点を見定めていますが,これも同種の方法です。光学的な情報は,2次元の角度の情報ですから情報量が不完全で,観測性が整っていないため,意図的に運動を入力することで,観測性を確保しているということになります。「はやぶさ」では,イオンエンジンで加速しながら観測を行うことで,光学的に小惑星に接近しランデブーを行えるわけです。「はやぶさ」が小惑星に到着するときに地球からの距離は約3億kmにもなり,電波による探査機の位置推定では,300kmもの誤差を生じてしまい,大きさが500mほどの天体にランデブーさせることは困難です。「はやぶさ」は,このように画像情報に基づいて小惑星を観測することにより,小惑星に到着するわけです。

「はやぶさ」は工学実験探査機ですが,サンプルリターンという新たな理学観測目的をかなえることと,新しい工学技術の開発とをうまくブレンドできた例といえます。理工が共同で戦略的に深宇宙探査を推進していくことが相補的に作用しています。「はやぶさ」で再認識されたことは,宇宙科学研究本部のおかれたうまくバランスのとれた環境が背景にあったということです。宇宙開発の目的については相当の議論があるところですが,「はやぶさ」の打上げを通じて,社会文化的な観点から期待されていることが何であるか一端を感じることができました。まことに光栄なことにジャズの組曲まで作っていただくなど,理工学が多方面に接点をもつ文化活動の1つであることを再認識できたことも収穫です。「はやぶさ」での研究テーマとしては,我々の活動を,このように自然科学のみならず人文社会科学という大きな文化活動の中で位置づけることも挙げることができるのではないでしょうか。



(図4)ion engine 駆動によるdoppler O-C 変化図
幸い5月28日には,前日に引き続き,最初のイオンエンジンに高圧電源を投入しての加速試験を行いました。1基だけ,それも80%レベルの出力でしたが,想定された加速量が,ドプラー計測で直読でき,大きな1歩を踏み出しました。(図4)小惑星到着,着陸はまだまだ遠路はるばるで,帰還までには20億kmもの飛行をしなくてはなりません。どうぞ今後もご支援をお願いします。

│3│