高度10 kmから80 km程度をカバーする中層大気は、対流圏起源大気微量成分を部分的に分解・除去するだけでなく、 10年規模全球気候変動の駆動源の一つとして知られている。例えば、成層圏水蒸気の過去30年間にわたる20%ほどの 増加は全球平均地表温度に0.1C程度の温暖化をもたらしたとされる。この値は1996年から2005年までの二酸化炭素 増加による温暖化に相当する。 一方、成層圏水蒸気は熱帯対流圏界層における脱水過程に支配され、下層大気中の力学過程の変動に敏感に応答する。 しかし、気候モデルを用いたその再現は極めて困難で、前述の増加をもたらしたメカニズムは未だに解明されていない。 また、対流圏起源大気波動の砕波で駆動される中層大気大循環(Brewer-Dobson循環)は温暖化の進行に伴って加速する ことが予想されるが、循環速度の指標となる成層圏大気の「年齢」に気候モデルで予測されるような変調は観測されて いない。中層大気が全球規模気候変動をどのように駆動し、また、それに応答するのかという問題は、現代中層大気 科学の主要課題の一つと言ってよい。 この問題に対する観測的取組みとして、クライオサンプリング実験グループが成層圏大気の直接採取を、SOWERグループが 熱帯域でのオゾン・水蒸気ゾンデ観測を継続し、様々な大気成分の分析を通して、成層圏力学・化学過程の長期変動の 解明に貢献してきた。 この課題の重要性に鑑み、両グループは、対流圏大気が成層圏へ流入する熱帯に位置し、脱水進行現場であるインド ネシア域における初めての成層圏大気サンプリングを核とする共同観測を計画した。観測は2015年2月に実現し、 大気試料サンプラー2台搭載の大気球4機とオゾン・水蒸気・エアロゾル観測用ゾンデ数機等が飛揚された。 この観測は、中高緯度とは明瞭に異なるクロックトレーサーの高度分布を見出すなど、多くの新しい知見をもたらした。 本講演では、この観測プロジェクトによる最新の成果を紹介する。