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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第502号

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ISASメールマガジン   第502号       【 発行日− 14.05.06 】
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★こんにちは、山本です。

 関東地方は祝日の早朝から地震で揺れました。
皆さんがお住まいの所は大丈夫でしたか?

 ところで、GWはいかがお過ごしですか?
私は8連休中ですが、何処へも行かずに 暮れにサボった大掃除に励みました。
おかげで アチコチ筋肉痛で 湿布薬のお世話になっています。

 今週は、宇宙機応用工学研究系研究主幹の橋本樹明(はしもと・たつあき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:評価、審査、戦略
☆02:「だいち2号」(H-IIA-24号機)
    打上げパブリックビューイング【JAXA相模原キャンパス】
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★01:評価、審査、戦略

 このコーナーでは、毎回、最前線の現場で活躍する研究者が、ワクワクするような話をお届けしていると思いますが、今回はちょっと夢のない現実的な話をします。

宇宙研に着任当時「橋本君って20代なの?若いね〜。」と言われた私も、気がつけば50代になっていました。研究者もそれなりの歳をとると、管理的な仕事が多くなり、なかなか自身で研究をする時間がとれなくなります。もちろん、そのような中でも大きな成果を挙げているシニアの先生方も多くおられますが、私のような凡人は、なかなかそうもいかず、「これで良いのか」と考えている日々です。


 管理的な仕事って、どんなことをやっているのでしょうか。

予算の決裁とか、納品の検収、人事関連の手続きなどの仕事も多いのですが、今回は、(元?)研究者でなければできない管理的な業務について紹介しましょう。


 研究を進めるには資金が必要です。しかし予算には限りがあります。そのため、どの研究にどれだけ配分するかを決める必要があります。

個人の好みで決めて良いものではありませんので、研究者から研究計画を提出してもらい、その研究の意義はどの程度高いか、提案する計画は実現可能か、他のところで同様な研究をしていないか、などを「審査」する必要があります。

また、前年度からの継続研究であれば、これまでの実績を「評価」して、このまま続けて良いのか、見直すべきなのか、判断する必要があります。

そしてこれらの研究を並べて、どの研究にいくら配分すべきか決めるのです。

この判断をできるだけ公平に、正確に行うため、各研究者には、専門分野外の評価委員にも分かりやすい資料を用意してもらう必要があります。このための作業は、本来の研究を進めるのとは別の能力、労力を必要とするので、研究者側には負担となっています。

しかし、専門分野外の人にも分かってもらうと言うことは、自身の研究の本質を理解することにつながります。また、自身の研究をアピールするために、他の研究者のやり方や他分野の研究との比較を行うことは、研究の進むべき方向性を見直す機会でもあるので、研究者側にとってはメリットもあるでしょう。


 一方で、評価する側にとってはどうでしょうか。比較検討がしやすいように、資料にはこういう項目を書くようにと形式は決めているのですが、なかなかその通りに書いてくれない人もいるので、読むのが大変です。

専門外の場合、その分野で何が問題になっているかぐらいは自分でも勉強する必要があり、また、研究自体は素晴らしいのにアピールが下手な研究者なのか、あるいは一見すごい研究のように見えて実体があまり無い研究なのか、それを見抜くのも評価委員の仕事です。

提案者側は自分の研究について資料を書くだけですが、評価側は専門外の研究の資料を10件以上も読むので、かなりの時間を要します。特に、このような評価は2月、3月に集中するので、この時期はほとんど他のことができなくなります。

もちろん、評価者側にもメリットはあります。他の分野、他の研究者の研究を知ることで、自分の研究の参考になることもあります。しかし、評価、審査の時間でいっぱいになって研究をする時間がなくなってしまっては、せっかく良いアイデアが浮かんでも、実行に移すことはかなわなくなります。


 研究管理的な立場になると、これだけでは終わりません。

なぜ、A研究にこれだけ予算を配分して、B研究にはこれだけ配分したのか、外部に対して説明責任があります。また、全体として使用した予算に見合った成果がある(あった)ということを、今度は自身が説明者側になって資料をまとめて報告する必要があります。

そのためには、個々の研究に点数付けするだけではなく、全体としてどのような方向に向かっていくのか、「戦略」が必要になります。特定の分野に重点化するのか、幅広く抜けが無いように研究して行くのか、どこを重点化してどこを諦めるのか、ということです。

貴重な予算をどのように配分すべきか、戦略を考えることは大変重要です。しかし、通常、資金の総額が決まって、その中で自由に配分を考えられることは少ないです。

この研究ならこの予算も使えるが、この研究はこちらの予算で実施しなければならない、というような制約条件があります。また、国の予算は単年度会計が基本なので、長期間を要する研究の場合、今年度スタートさせてしまうと来年度どんなに予算が削減されても優先的に割り当てなければならない、というリスクがあります。

このような、制約条件付き多次元最適化問題は、システム工学の研究テーマになるぐらい難しい問題です。


 このように、研究管理の業務は重要な仕事ではあるのですが、相当な労力がかかります。下手をすると、研究提案の評価、審査を行い、研究戦略を考えているだけで1年が終わってしまい、肝心の研究をする時間がなくなってしまうのです。

どこかで最適性、完全性は犠牲にして、手を抜く必要があります。

私は15年前、NASAのジェット推進研究所に8ヶ月ほど滞在する機会がありました。帰国するときに、それまで貯めていた小銭を全部預金していこうと銀行に持ち込んで、カウンターで袋をどんと出したのですが、そこでカルチャショックを受けました。

銀行員はコインを一枚ずつ数えず、私に「全部で何ドルあるのか」と聞くのです。「数えていないからわからない」と言うと、「だいたいで良い」とのこと。こちらの申告通りに預金金額になるようです。(本当かどうかは知りませんが)

日本の銀行では、1円あわなければ、何時間でも残業して数え直すと聞いていたので驚きでした。しかしよく考えてみれば、これは合理的な判断です。だいたいの目分量でも、誤差はせいぜい数ドル(数百円)です。それを数える人の時間給を計算すれば、大量のコインを数えるのに長時間を要してしまっては、無駄になるのです。


 さて、最後にこの問題を、システム工学的に見てみましょう。

評価、審査、戦略などの検討に必要な作業をXとします。この作業は単一ではなく、いろいろな種類の作業があるので、Xは一般に多次元量(ベクトル量)となります。そして、その作業のおかげで研究成果がより高まるとか研究経費を削減できるとか、プラスの効果をf(X)とします。

f( )はXの関数という意味で、Xが大きいほどf(X)も大きくなるのですが、単純に2倍作業をしたら2倍成果があるわけではないので、非線形関数になります。また前述のように、Xは一つの数字ではなく多次元量なので、f( )は多次元関数です。

ただし成果は、ある一つの数字で表現出来るとします。
例えば、下世話な話ですが、研究成果を全てお金に換算するなどです。

一方で、Xが大きいほど労力がかかるので、時間や人件費を浪費することになります。この効果をg(X)とします。そうすると、結局、H=f(X)−g(X)が最大になるように、適切なXを設定すれば良いのです。

非線形最適化の方法はいろいろありますが、基本的にはHをXで偏微分して、Xが一番高い方向へ動かしていくと解が求められます。

しかし問題は、f( )やg( )をどういう式で表現出来るか、です。どの作業をどれだけしたら、研究成果がどのくらい上がるのか。また、どの作業はどれくらい労力がかかるのか、人にも依存するので、この値を知ることが困難です。

過去の研究における例を調べたり、研究者、評価者にアンケートをとるなどの方法が考えられますが、では、この最適化計算をするために必要な労力はどこにカウントすべきか。だんだんわからなくなってきます。


 私の日々の悩みを少しでも分かっていただけたら幸いです。

個人的には、このように理詰めで考えていくのではなく、自分のひらめきを信じて突き進む、というのが研究者(特に大学の研究者)のあるべき姿のような気もするのですが。

(橋本樹明、はしもと・たつあき)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※