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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第499号

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ISASメールマガジン   第499号       【 発行日− 14.04.15 】
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★こんにちは、山本です。

 サクラの季節が過ぎて、宇宙研の落葉樹が一斉に芽吹いてきました。それぞれの若葉の色が違うので、眺めているだけで癒されます。

今日は皆既月食ですが、日本では月の出前に皆既食が終わっているのでチョット残念
ハワイでは観測できるので、国立天文台ハワイ観測所の協力を得て中継されるようです。
時間がある方は、【ウェザーニューズ】で調べて、TVやPC、スマートフォンで観測してみてください。
肉眼で観測したい方は、10月8日(水)まで半年程お待ちください。

 今週は、ASTRO-Hプロジェクトチームの川原田 円(かわはらだ・まどか)さんです。

 トコロデ読者の皆さんはもうお気付きでしょうが、次号は500号です。
400号以来になりますが、的川先生に原稿をお願いしています。

乞うご期待!

── INDEX──────────────────────────────
★01:徒然なるままに銀河団
☆02:【宇宙科学講演と映画の会】で落し物
☆03:宇宙博2014―NASA・JAXAの挑戦【7月19日(土)〜9月23日(火・祝)】
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★01:徒然なるままに銀河団

 大昔にビッグバンという大爆発で宇宙が誕生し、とてつもなく大きくなりました。
宇宙には銀河があって、太陽系があって、地球があって、生命が誕生して、ぼくらがいる。それくらいのお話は、「あぁ知ってるよ」という人が多くて、現代日本人の科学リテラシーの一部をなしていると言ってもいいのではないでしょうか。


 「それくらい」って言いましたけど、あらためて考えてみるとすごく不思議です。
だって、ビルの爆破解体だって、爆発したら粉々になって、残るのは散乱しているゴミじゃないですか。それが、とんでもない大爆発の後にある秩序だった宇宙ができて、どこかに美しい水の惑星ができて、その上にはとんでもなく複雑な生き物がいるなんて!長年放置されたビルの解体跡から、突然R2-D2(言うまでもなく、あのロボットです。C-3PO派ですか?ぼくはR2-D2です)が出てきたなんて話は聞いたことがありません。「地球上の生き物」はそれより不思議だと思いませんか?


 あ、自己紹介が遅れました。こんなこと言っていますが、怪しいものではありません(そのつもりです)。宇宙科学研究所で働いている川原田といいます。宇宙のいろいろな天体から到来するX線を観測する、ASTRO-Hという衛星の開発をやっていまして、主に銀河団という天体の研究をしています。今回、銀河団というお題で執筆依頼をいただいたので、それについて思うまま書き連ねてみます。
ASTRO-Hについては、こちらをどうぞ。
新しいウィンドウが開きます http://astro-h.isas.jaxa.jp/


 「なになに、X線?銀河団?なにそれ?」少々お待ちを。もうすこし上の続きをさせてください。爆発すると、物が飛び散ります。でも、一様に散らばるわけじゃなくて、ムラがあります。物がたくさんあるところもあれば、そうじゃないところもできる(ビルの爆破だってそうですよね)。宇宙では重力があるので(地球上だってあるんですけどね、もちろん)、そのあと物がたくさんあるところに、さらにまわりから物があつまってくるんです。そう、「持てる者はさらに富んでゆく」という人間世界の法則に似ています。


 物がたくさんあつまると、やがて無数の星の集まりである銀河ができます。近くに銀河がいると、やっぱり重力であつまってきて、たくさん銀河がたむろしている場所ができたりします。そこは、銀河たちが重力で引きつけられていて、外に出て行かず、一つの天体と見なせるので、銀河団という名前で呼ばれています(ふー、やっと銀河団にたどりついた)。


 だけれどこの銀河団、実は銀河があつまってるだけじゃないんです。銀河たちがいる間の空間に、大量のガスもあつまっています。このガス、やっぱり主に重力の効果で、銀河団の中にいるとすごく熱くなります。温度で言うと、数千万度!ってよくわからないですよね。90度のお湯でも手が入れられないというのに。まぁとにかく熱い。これくらい熱いとですね、X線が出るんです。ガスから。


 サーモグラフィー画像ってありますよね。血流がよくなって肩のあたりがじんわり暖かくなる商品なんかで、テレビでよく見るやつです。あれは、体温くらいで体表から発せられる赤外線を見ています。「いやいや、赤外線なんか出してないよ」という方も、己の意識とは無関係に、自然と(専門用語で言うと物理的に)出ちゃってます。同じように、銀河団のガスくらいとっても高い温度になると、自然とX線が出るというわけです。


 銀河団のX線画像をとると、熱いガスからのX線で、銀河団全体が丸く広がって光ってみえます。端から端まで光の速さで300万年くらいかかるような、途方もなく広大な空間に、数千万度の熱いガスが充満していて、X線でギラギラ光っているのです。近くにある銀河団は、見た目の大きさが太陽とか月と同じくらいなので、X線がよく見えてしまう人がいたら、空に丸く輝く銀河団を見つけることでしょう(でも実は、X線は大気で吸収されてしまうので、地上からはX線で天体観測はできないのですけどね)。


 「でも、それって何がおもしろいの?」うぅ、厳しいつっこみです。わかりました、さらに説明を試みましょう。人間のサーモグラフィーと同じで、ガスからのX線でいろんなことがわかります。どこにどのくらいガスがあって、どのくらい熱いかとか、ガスに含まれる鉄とかシリコンなどが、どれくらい含まれているかなどです。銀河団のガスは、実は宇宙にある普通の物質のうちの大きな割合を占めているので、私たちの生活に身近な物質が、宇宙の中でどこにどのくらいあるのかを知るのに役立ちます。


 少し違う視点で、最近わかった面白いことの一つは、銀河団の中にある銀河たちとガスの関わりです。銀河たちは、銀河団の空間内を動き回っていますが、平均した銀河の数(密度)は中心のほうが多くて、外に行くほど少なくなります。ガスについても、中心のほうが多量にあって(密度が高くて)、外に行くほど少なく(密度が低く)なります。これは、すでに知られていたことで、「まぁそんなもんだろう」と思う方も多いでしょう。


 でも、色々な年齢の銀河団の銀河とガスの空間的な広がりをよく調べてみると、銀河団が年齢を重ねて成長するにつれて、銀河が中心のほうに、より集まってくることがわかったのです。私たち研究グループは、これは、銀河がガスの中を進むときに、ガス中の磁場(磁石から出ていると学校で習うアレです)の影響で抵抗をうけて、中心の方に落ちてくるせいだと考えています。


 普段、空気の存在を意識することはあまりないですが、高速道路で車の窓から手を出すと、強い風圧を感じますよね(子どものころよくやって怒られました)。銀河がガスの中を進むときは、この種の圧力はさほどでもないと思われていたけれど、そうじゃないらしい、ということです。
より正確で詳細な説明は、下のプレスリリースをご覧ください。
新しいウィンドウが開きます http://www-utheal.phys.s.u-tokyo.ac.jp/wordpress/pr2014/


 こういう研究は、衛星を使ったX線観測のほかに、皆さんによりなじみ深い可視光の観測が必要なので、同僚の研究者にハワイ島に連れていってもらって、マウナケア山頂の、ハワイ大学の望遠鏡(すばる望遠鏡のご近所です)で観測をしました。強風のために、途中で望遠鏡が入っているドームを閉めなくてはいけなくなったりしましたが、天気は良くて、楽しく徹夜してデータをとることができました。


 また脱線してきたので、そろそろ結論に入りましょう。何が言いたかったかというと、銀河団の例のように、宇宙では重力によってさまざまなスケールで天体ができて、重力以外の力もあいまって、さまざまな姿へと成長していきます。大爆発後に、どうやって秩序だった、でも多様な世界ができてきて、ここにこうして私たちがいるのか。そういう素朴で、まだわからないことだらけの疑問の端っこを、子どものように追いかけているのが、宇宙科学を研究している人なのかもしれません(生命科学とか、社会科学の研究もそうかもしれないですね)。


 そう言うと、雲をつかむような仕事をしているみたいですが、宇宙科学研究所で衛星を作るお仕事はけっこうハードです。現実の人間世界にどっぷり浸ってがんばらないと成り立ちません。それでも、部品の納期はさておき(あの部品、間に合うかなぁ...)、こと宇宙の謎に関しては、答えを急ぐのはやめたいと思います。だって、わからないことだらけのほうが、ワクワクが多いのですから。

(川原田 円、かわはらだ・まどか)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※