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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第480号

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ISASメールマガジン   第480号       【 発行日− 13.12.03 】
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★こんにちは、山本です。

 楽しみにしていたアイソン彗星を肉眼で観察するのは難しそうですが、ISS滞在中の若田さんが高解像度4Kカメラでとらえた彗星を、宇宙から生中継する予定だったTV番組も大幅に内容変更になったようです。(詳しくは、NHKのウェブページで確認を)

 来週末の14日(土)には、鹿児島県伊佐市大口で「宇宙学校」が開催されます。伊佐市は、鹿児島といっても県北端の内陸部に位置していて、熊本県と宮崎県に接しています。市街地は大口盆地で標高180m。内陸のため冬は最低気温が氷点下になることもあって、「鹿児島県の北海道」と言われているそうです。

 お近くの方、来週末に九州旅行に行かれる方がいらっしゃいましたら、まだ余裕があるようなので、「宇宙学校ーいさー」にお出かけください。
(⇒ http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/event/2013/1214_isa.shtml

 今週は、宇宙物理学研究系の猿楽祐樹(さるがく・ゆうき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:アイソン彗星がやってきた!
☆02:惑星分光観測衛星「ひさき」(SPRINT-A)の初観測データの取得及び定常観測運用開始について
☆03:宇宙学校・いさ【大口ふれあいセンター】12月14日(土)
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★01:アイソン彗星がやってきた!

 今年の天体ショーのひとつとしてアイソン彗星が注目されていますが、皆さんご覧になりましたでしょうか?

見える時間帯が明け方なので、眼視で観測するのはちょっと大変ですが、様々なメディアを通してご覧になっている方も多いかと思います。

さて、彗星はほうき星とも呼ばれるように尾を引いている姿が一番の特徴です。英語ではcometと表記し、ギリシャ語で長い髪を意味する言葉が語源となっています。

その姿形が不気味だったり、出現や動きの予測がつかなかったことから、古くから不吉なイメージが多く、日本書紀にも「彗星が出ると飢饉になる」という記載があります。一方で、稲穂にも似ていることから、穂垂星として良いイメージがあったりもします(扶桑略記二十五)。


 そんな彗星ですが、よく観察してみると尾が2種類あることに気がつきます。ひとつはイオンの尾と呼ばれるガスを成分とするもので、青く見えます。もうひとつはダスト(塵)の尾で、主に数ミクロンから数十ミクロンの大きさの塵で形作られており、黄色っぽく見えます。「彗」の字もふたつの尾がもとになっているようです(馬王堆漢墓)。

なぜ彗星はこのような姿をしているのか?
彗星とはどのような天体なのか?

現在の彗星の描像の基礎となるモデルを提唱したのはホイップル博士で1950年頃のことでした。

彗星の本体(核)は、「汚れた雪玉」のようなもので、太陽に近づくと氷が融けてガスを放出し、ガスの流れに押されて塵も放出され、尾ができるというのが答えです。尾の長さは時に数億kmにもなることがありますが、彗星核は数百mから数十kmほどしかありません。


 その後の研究で、彗星はもっと塵を多く含んでいることが示唆され、彗星は「汚れた雪玉」よりも「凍った泥玉」に近いと考えられるようになります。

突然話が変わりますが、私は鹿児島県出身です。雪が降ることはめったになく、降ってもそんなには積もりません(むしろ火山灰で白銀の世界ということも)。南国の子供にとって積雪は一大イベントです。わずかな雪をかき集めて雪だるまを作りますが、出来上がる頃には正に彗星核!そんな子供時代の雪への思いをひきずってか、いま彗星の研究等をしています。


 彗星は、我々の住む太陽系の成り立ち、水や生命の起源を知る上で重要な天体です。

星や惑星もガスや塵から生まれます。宇宙にただようガスや塵が徐々に集まって大きくなり、微惑星と呼ばれる惑星の種になります。微惑星がさらに合体を重ねて惑星へと成長していきます。この過程で惑星に取り込まれなかった微惑星の残りが彗星や小惑星となります。

天体が大きくなればなるほど熱による変性のため種だった頃の情報が失われていきますが、彗星や小惑星のような小天体にはそれが保持されていると考えられます。そこに「はやぶさ」や「はやぶさ2」が小惑星の探査やサンプルリターンをする大きな目的があります。


 彗星は氷を含むことからも分かるように、熱による影響をほとんど受けずに太陽系形成初期の情報をそのまま冷凍保存していると考えられています。

現在、立案・検討されているミッションのサンプルリターンは岩石質な物質の採取が主ですが、将来的には彗星から氷を持ち帰るというのが非常にチャレンジングで重要な課題になります。

彗星の塵については、すでにスターダスト計画(NASA)によってヴィルド第2彗星から放出された塵がサンプルリターンされており、生命体の構成に必要なアミノ酸の一種(グリシン)を検出したと2009年に発表されています。


 彗星の研究は、探査だけでなく、望遠鏡による観測も大きな成果を上げています。特にアイソン彗星のように非常に明るい彗星が現れた時は世界中で精力的に観測が行われます。

近年の大きな話題として、2011年のハーシェル宇宙望遠鏡(ESA)によるハートレー彗星の観測があります。

地球の豊かな水がどのようにもたらされたかには諸説あり、未解決の問題です。その起源として彗星も候補に考えられているのですが、これまで観測された彗星と地球の水とでは成分(重水素比)が異なるという問題がありました。そこに初めて地球の水に近い成分を持つ彗星が確認されたのです。


 水や有機物など彗星の成分(分子)の観測は、彗星研究の重要なテーマです。私はいま次世代赤外線天文衛星SPICAへの搭載が検討されている中間赤外線高分散分光装置の開発に携わっています。

この装置は彗星分子の観測に力を発揮します。中間赤外線は光の一種で、分子の観測に適しているのですが、地上からでは大気の影響で観測が難しいため、宇宙に望遠鏡を打ち上げる必要があります。

また、分光とはその字のごとく光を色んな成分(波長)に分ける手法なのですが、一般に高分散にする(光をより細かく分ける)ためには装置が大型となり、衛星への搭載が難しくなります。それを新しい技術(イマージョングレーティング)を用いて、これまでにない小型・軽量な装置を実現しようとしています。

SPICAでは、彗星の観測から我々の太陽系を調べるだけでなく、太陽系の外で星や惑星が生まれ始める現場(原始惑星系円盤)の観測や、生命 の起源につながる分子(バイオマーカー)の発見も目指しています。


 最後にアイソン彗星の話に戻りますが、アイソン彗星は11月29日に太陽に最接近し(太陽表面から約120万km)、また極寒の太陽系の果て(彗星にとっては心地よい場所かもしれませんが)へと帰っていく予定でした。

しかし、太陽観測衛星SOHO(NASA)の画像から、太陽最接近直前に崩壊したという見方が強くなっています。

本稿では、今週末に彗星観測にトライしてみてはいかがでしょうか?
と締めくくる予定でしたが、残念ながら肉眼での観測は難しそうです。

天体ショーを楽しみにされていた方々には申し訳ないですが、研究者としては、こういう現象が新しい発見につながることもあるので、内心わくわくしています。詳細な状態の解明には、新しい観測が待たれるところで、今後の展開に期待しましょう。

さてさて私も観測の計画を練り直さなくては♪

(猿楽祐樹、さるがく・ゆうき)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※