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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第479号

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ISASメールマガジン   第479号       【 発行日− 13.11.26 】
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★こんにちは、山本です。

 今年は 夏の暑さが長く続いたせいで、秋が短くあっという間に冬がやって来た感じがします。

 そう言えば、【スーパークールビズ】が終わったら もう【ウォームビズ】が始まりました。

 それよりも、相模原キャンパスのアチコチで風邪を引いた人を見かけます。加湿器をフル稼働して風邪を引かないようにしないと……

 今週は、宇宙飛翔工学研究系の小川博之(おがわ・ひろゆき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:熱真空試験の現場から
☆02:“近所”で爆発した宇宙のモンスター
    ー観測史上最大級のガンマ線バーストを日本のグループが宇宙と地上から観測ー
☆03:宇宙講演会 〜子どもから大人まで宇宙に夢中!〜
    【お茶の水女子大学】12月1日(日)
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★01:熱真空試験の現場から

 今、宇宙の温度環境・真空環境を模擬する試験装置「スペースチャンバー」で太陽電池パネルの熱真空試験をしているところです。試験装置の制御室と呼ばれるところでこの原稿を書いています。

スペースチャンバーは内部に設けられたシュラウドと呼ばれる内壁を液体窒素(絶対温度77度)で冷却し、各種真空ポンプを動作させることにより、宇宙空間の温度環境(絶対温度3度)、真空環境を模擬しています。(一般的な衛星の熱試験を行うには十分な環境です)

真空引きや液体窒素による冷却、試験後の大気圧戻しや常温戻しには何日もかかりますので、真空ポンプと液体窒素を巡回させるポンプは24時間運転して何日間もかけて試験します。


 太陽電池が宇宙空間で遭遇する温度環境を模擬するため、今回の試験では、太陽光による加熱を赤外線ランプによる加熱で模擬しています。

赤外線ランプは電気ストーブやオーブントースターに見られるような加熱装置です。実際には、宇宙空間では太陽電池パネルは太陽光で加熱され、また地球の影(惑星探査機の場合は惑星の影)に入ると加熱がなくなり絶対温度3度の宇宙空間への放射で冷却されます。


 この加熱と冷却による高温と低温の繰り返し(温度サイクル)に耐えられることを今回の試験では確認します。赤外線ランプを点灯したり消灯することで、太陽電池パネルが宇宙空間で遭遇する高温と低温を真空中で模擬して、温度を測ったり窓から観察しながら、太陽電池パネルが耐えることを確認しています。


 実はこういった種類の太陽電池パネルの試験は、これまでは衛星メーカで行っていたのですが、今回はいろんな事情で宇宙科学研究所の設備で行っています。私にとっても当然初めての経験です。


 今回苦労したもののひとつは、太陽電池パネルの冷却です。

今回試験している太陽電池パネルを搭載する探査機は、日陰(惑星の影に入っている状態)時間が長く、太陽電池パネルの温度が実際の軌道上でー150度に達すると予測されており、このためー165度以下まで太陽電池を冷却する必要があります。

冷却はー196度のシュラウドへの放射によるしかありませんが、放射は絶対温度の4乗に比例するために低温になればなるほど放射が急激に小さくなることとー165度との温度差が小さいため、冷却は大変難しく、試験を始めた時は思ったように冷えてくれませんでした。最初は60時間かけてもー165度に到達しませんでした。


 スペースチャンバーの中で太陽電池パネルを支えている「治具」を冷えるように工夫したり、あるいは治具からの放射を小さくするように工夫したり、スペースチャンバーの外から中を確認する「のぞき窓」から太陽電池パネルへの加熱を小さくしたりと、ありとあらゆることを試行錯誤しました。結果として、最終的には25〜15時間程度でー165度まで冷却することができるようになりました。


 一番驚いたのは、「のぞき窓」からの太陽電池パネルへの熱入力がかなり効いていたということです。

まず太陽電池パネルを確認するための照明(LEDライト)による加熱が結構ありました。カメラによる撮影のため強力なLEDライトを使っていたのですが、LEDライトが熱線を発せず加熱は小さいとはいえ、ー165度の世界ではかなり大きい加熱となっていました。このため、急遽カメラの撮影タイミングでLEDライトを短時間ONする装置を拵えて対処しました。

(LEDライトはバッテリ駆動だったのですが、20分しかバッテリが持たないというものだったので、これも急遽100Vコンセントから点灯できるように改造したという小さな苦労もありました)


 もう一つはガラス窓自体で、ガラス窓は大気に接しているため常温で、これが結構な加熱源になっていました。このため「のぞき窓」を冷却することにしました。

液体窒素やドライアイスで冷却を試行しました。ガラスを冷却すると大気中の水分が結露し、窓が曇ってしまうので、窒素ガスを吹き付けて曇り止めしつつ冷却をしました。液体窒素は流量コントロールが非常に難しく、冷やしすぎや冷却不足が頻発しました。超高級なカメラを霜らせたこともあります。

ドライアイスはよかったのですが、12時間ごとに淵野辺駅近くの氷屋さんまで買いに行かなければいけませんでした。結局、別の熱制御の研究に使っている低温水槽を用いて窓を冷やすようにしました(ー30℃くらいになった)。


 常温の環境ではちょっとしたことが、ー165度といった低温の世界ではかなり影響があるのだということを新鮮な驚きとともに体感しました。

また試行錯誤に当たっては、みんなで知恵を絞って考えられる限りのことを尽くしたのですが、柔軟な発想が重要だということも改めて認識しました。
(特に専門外のかたの奇抜な(専門の立場からみるとです)ご意見が貴重でした)


 上記の他にもいろいろあったのですが、生じた問題に対して、適切な現場対処を迅速にできたのは、
太陽電池パネルのメーカー(探査機メーカー)の人たち、
チャンバーを運転する人たち、
チャンバーの日頃面倒を見ている人(私)、
宇宙研の探査機開発チーム(私はその一員)
がよい関係で協力し合えたことと、日頃からこういった対処ができるだけの技術を持っていたということによります。感謝に堪えないところです。


今回の試験は10月10日から行っていますが、年内続けられる見込みです。まだまだ眠れない日々が続きます。

(小川博之、おがわ・ひろゆき)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※