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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第476号

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ISASメールマガジン   第476号       【 発行日− 13.11.05 】
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★こんにちは、山本です。

 11月3日に、北大西洋と赤道アフリカ地域の狭い範囲で「ハイブリッド金環皆既日食」と呼ばれる日食、一部地域では金環日食が、別の地域では皆既日食が観測されました。

 今回の日食は 日本と離れた場所で起きたので事前の報道はあまり無かったのですが、ネットで検索すれば 日食の映像を見ることができます。

 11月から12月にかけて アイソン彗星を観測できます。
詳しくは
新しいウィンドウが開きます http://ison.astro-campaign.jp/index.html

 今週の金曜日【11月8日】に ISAS見学を計画している方12時以降は、臨時休館となります。ご注意ください。

 今週は、宇宙機応用工学研究系の豊田裕之(とよた・ひろゆき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:火星の太陽は何色か?
☆02:鉄はどこから来たのか?
   ーX線天文衛星「すざく」が初めて明らかにした鉄大拡散時代ー
☆03:内之浦宇宙空間観測所 施設特別公開(11月10日)
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★01:火星の太陽は何色か?

 今日は、太陽電池に関するちょっとマニアックなお話をさせていただきます。


 人工衛星や探査機は(推進機構を除けば)電気で動きます。昔の人工衛星は電池を積んでいて、それを使い切ったら天寿を全うすることになっていました。しかし、苦労して打ち上げたのに数週間で死んでしまってはもったいないので、そのうち太陽電池を積むようになりました。宇宙空間には太陽光が(事実上)無限に降り注いでいますから、これで太陽電池が壊れない限りは動き続けられるようになったのです。


 さて、光は波であり、波の長さ=波長によって色が違います。虹でいうと、紫は波長が短く、赤は波長の長い光です。紫や赤の外側にも、人間の目ではとらえられない波長の光があります。

太陽からやって来る光は波長ごとに強さが異なっていて、波長でいうと450nm(ナノメートル=10億分の1メートル【100万分の1ミリ】)くらい、色でいうと青色の光が一番強くなっています。

「ある光が波長ごとにどのような強さの分布を持つのか」を、スペクトルと呼びます。(注:スペクトルという言葉自体は、光以外に対しても使われます。)太陽光のスペクトル、蛍光灯のスペクトル、LEDのスペクトル、みんな違う形をしています。

また、光には「粒子」の性質もあり、波長は粒子のエネルギーと関係しています。具体的には、波長が短いほどエネルギーが大きくなります。


 太陽電池は光を吸収して電気エネルギーに変換するわけですが、全ての波長の光を吸収できるわけではありません。それは、太陽電池の材料である半導体の性質です。半導体には「バンドギャップエネルギー」という、材料ごとに決まったエネルギーがあり、バンドギャップより大きなエネルギーを持つ光だけを吸収するのです。


 バンドギャップの小さな材料を選べば、幅広い波長の光を吸収できますから、太陽電池から出てくる電流は多くなります。しかし、電圧は逆に下がってしまいます。電力は電流×電圧の掛け算なので、電力を最大にするには、両者のバランスを取ることが重要です。


 ちょっと専門的になりましたが、ここまでの話から、次のことが言えます。太陽電池の変換効率を向上させるためには、太陽光のスペクトルを考慮して、できるだけ多くの電力を得られるようにバンドギャップを選ぶ必要があります。また、上には述べませんでしたが、太陽電池の厚みを変えることでも、電流の大きさを調節しています。


 さて、ここからが本題です。

昼間の太陽と、朝夕の太陽は、色が違って見えますね。それは、太陽光スペクトルが異なるためです。

太陽光は地球の大気を通過する間に、大気に吸収されます。その際、大気の吸収もスペクトルを持っている、つまり波長ごとに吸収される割合が異なるので、このようなことが起こるのです。


 宇宙空間で活動する衛星や探査機に届く太陽光は大気を通過していませんから、地上の太陽光とは異なるスペクトルを持っています。

上に書いたとおり、変換効率の高い太陽電池を作るために、太陽光スペクトルにあわせてバンドギャップや厚みを選びます。したがって、宇宙用の太陽電池は、地上用の太陽電池とは異なる設計になっています。


 余談になりますが、そういう意味では昼間の光用や夕日用の太陽電池というのがあってもいいはずですが、太陽光スペクトルは天気によっても変わりますし、きりがないので、そういったことはしません。地上の標準的な条件として、ある太陽光スペクトルを決めて、みんなでそれにあわせて設計しています。


 さて本題に戻って、地球には大気があるために太陽光スペクトルが変化する、それにあわせて、宇宙用と地上用の太陽電池は異なる設計になっている、というところまでお話ししました。


 それでは、NASAが次々とローバーを送り込み、ヨーロッパや日本もそれに続こうとしている火星はどうでしょうか?

火星は大気を持っています。その成分は地球とは異なっていて、しかも大量のダストが大気中を舞っているそうです。ですから、火星の大気を通り抜けて表面に届く太陽光のスペクトルは、宇宙空間とも地球上とも異なるものになるはずです。

そして実際に、NASAの Mars Exploration Rover によって、そのことが確かめられています。


 もうおわかりですね。火星用の太陽電池には、宇宙用途も地上用とも違う、新しい設計が必要になるのです。人類がローバーを持って行けるかどうかは別にして、太陽系に大気を持つ惑星は他にもあります。ですから、それぞれに適した太陽電池をつくる楽しみがあるわけです。


 地球で暮らしていると、ただなんとなく「太陽電池の高効率化を目指す!」という言葉で表されてしまいますが、惑星ごとに違った太陽電池があり得ると思うと、こんなところからも宇宙の多様性を感じませんか?

そして、日々の生活においても、視野が広がるといいなと思います。

(豊田裕之、とよた・ひろゆき)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※