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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第468号

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ISASメールマガジン   第468号       【 発行日− 13.09.10 】
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★こんにちは、山本です。

 8月29日にNASAジェット推進研究所(JPL)元所長のブルース・マレー博士が亡くなられました。

20世紀を代表する惑星探査「ボイジャー」や火星探査機「バイキング」等NASAの惑星探査をJPLで牽引された方です。

マレー博士が1990年代にISASの客員教授だった時期に、『「かぐや」「はやぶさ」を始め日本の惑星探査計画にも熱心で有益な助言をしてくれました。』【的川名誉教授・朝日新聞(宇宙学校)より】

 日本が大好きで、来日の際には相模原キャンパスを必ず来訪されていました。

 まだ20世紀だった頃の特別公開(その頃は『一般公開』と言っていましたが)の時に、我が家にあった白いTシャツの背中にISASのロゴと 『宇宙科学研究所』とをアイロンプリントした物をプレゼントしたことを思い出しました。

 ご冥福をお祈りします。

 今週は、学際科学研究系の石川毅彦(いしかわ・たけひこ)さんです。


**イプシロンロケット試験機 打上げ日の再設定について**

 読者の皆さんが首を長くして待っている
【イプシロンロケット試験機によるSPRINT-A】の打上げ日ですが、9月14日(土)以降になりました。もう少しお待ちください。

── INDEX──────────────────────────────
★01:「きぼう」5周年
☆02:相模原キャンパス臨時休館のお知らせ
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★01:「きぼう」5周年

2008年8月に「きぼう」での実験が始まってから、5年が経ちました。

世間的には、「きぼう」の最初の要素が国際宇宙ステーション(ISS)に取り付けられた3月が起点らしく、この時にはちょっとしたセレモニーが行われて新聞の地元欄に取り上げられましたが、研究(実験)の節目に関しては何もなく、今日も地味に実験や観測が続けられています。次に大きくメディアに取り上げられるのは、若田さんのISS滞在でしょう。


 ISSにとって「ニュースになるようなことがない」くらい平穏に維持されていると言うのは、実は大切なことなのです。宇宙飛行士がポロシャツにGパンで優雅に浮遊している映像を見ると、ISSはとても快適な空間に見えます。

しかし、壁の向こうは空気のない真空の世界。また日向と日陰で百度以上の温度差がつく環境で、一つ間違えばとても人間は生きていけません。物資の補給は数ヶ月に1度で、遅れることもしばしば。南極越冬基地に匹敵、もしくはそれ以上に過酷な環境の中に宇宙ステーションは維持されているのです。

水・電気・ガスなど、日頃は供給されることが当然と思って使っているライフラインが突然途絶え、その有難味を痛感すると言う体験を私たちは2年前の震災で味わいました。そもそも人が住めない宇宙に人が暮らしているのは、それ自体すごいことです。

無論、住めないところにライフラインを引いて住めるようにするためには、多くエネルギーやコストがかかります。「きぼう」予算の多くがISSの維持、ライフラインの確保に費やされています。


 宇宙ステーションで若田さんら宇宙飛行士が活躍する姿を見ると、宇宙旅行が現実的に思えてきます。あとどれ位で、私たちは宇宙旅行ができるのでしょうか。

旅行にも、いろいろ種類があります。「ロケットや宇宙船に乗って宇宙を体験して帰ってくる」言わば宇宙ドライブであれば近い将来に可能だろう、可能になっていてほしいと思います。この分野には既に様々な民間のベンチャー企業が参入していて、日本の俳優さんも来年飛ぶ計画があるとか。これまで計画倒れもいろいろあるようですが、頑張ってほしいものです。


 一方、
「宇宙○○牧場を訪れて宇宙カウボーイ体験」とか
「宇宙工場見学ツアー」等
“宇宙の拠点”を訪れる旅行となると、これはかなりハードルが高いと思います。

課題の第一は、上に述べたとおり、ライフラインを引いて拠点を維持するのに膨大なコストがかかることです。第2にこうした拠点は、現在のISSの規模より相当大きなものになるのですが、実際にスケールアップしようと思うと、現在とは異なる思想でいろいろなこと(ハードウェア設計や運用方法)を考えなくてはならないのですが、これが結構大変そうです。


 ISSの住人は現在6名ですが、これを100名程度にスケールアップすることを考えてみます。宇宙ステーションそのものは、100人住めるように大きくなり、トイレの数や飛行士の寝床・個室も人数に見合うだけ確保できたとします。

まず食料や空気・水などは、桁違いに多く消費されるので、頻繁に補給のロケットを打ち上げることになります。打ち上げ遅延は死活問題になるので、ロケットはより定期性を求められることになります。

もしくは、宇宙ステーション内に畑を作って食料を自給自足するとか、空気や水はそのほとんどを循環再生利用すると言ったシステムが必要になります。


 現在は、ISSの宇宙飛行士6名の活動を地上の運用官制システムがコントロールしています。各宇宙機関合わせて100名を超える地上要員が、宇宙飛行士のスケジュールを作り、また入念に作業手順書を作り、実際の作業を地上から支援しています。

これを100人の宇宙飛行士に適用しようとすると、地上要員の規模が膨大になり、現実的にはやっていけないでしょう。宇宙飛行士の自主性に任せて、(ある意味放任で)必要な作業をしてもらうことになるでしょう。


 現在の「地上の運用管制システムの手厚い支援の下、数名の宇宙飛行士が入念に計画(および訓練)された作業を行う。」という運用思想が根本から変わることになります。これは、装置の設計思想にもインパクトを与えます。

たとえば、地上からの監視が少なくなるとオペレーションミスは当然増えるので、装置は家電製品並みにオペミスを前提したものとなります。


 今の宇宙飛行士は、選抜の過程でメディカルチェックもしっかり受けていますし、その後の健康管理も行き届いているので、半年の滞在中元気に過ごしています。しかし、100人ともなると病気をする人やけがをする人が出てくるでしょう。無重力下での手術など、新たな医療技術も必要ですし、医者の常駐は必須でしょう。


 100名が生活する空間には、「社会」が形成されます。これに伴って様々な人文社会的な課題も予想されます。当事者同士の人間関係のあれこれは、とても400km離れた地上からコントロールできるはずもなく、宇宙ステーションで生活する人々で解決してもらうしかありません。(私の本職は微小重力を利用した材料研究ですが、「いつ頃、宇宙ステーションでアルコール飲料が解禁となるのか」という社会的(?)な課題に個人的な興味を持っています。)


 規模を100名程度まで大きくすると、宇宙ステーション自体にある程度自律性を持たせることが必要になりそうです。ただ、「現在の手厚い地上からの支援」からどう言う段階を経て「自律」へ思想を切り替えていくか、ここが難しそうです。

システムを変える時、一般的に一旦形が崩れます。ゴルファーがスイング改造をすると、どうしても一時的にスコアが落ちてしまいます。 宇宙ステーションの場合、宇宙飛行士の命がかかっているので、スコアが落ちることがなかなか許されないのです。


 「きぼう」は5年間、細かな機器の不具合等を解決しながら、大過なく維持できました。今後は、寿命や老朽化と言う問題とも戦わなくてはなりません。

そもそも、これほど長期間運用する有人システムを日本は作ったことがありません。寿命の設定もある基準に基づいて行われましたが、その基準自体が正しいのか、「きぼう」の運用を通じて今、検証がなされている訳です。

ここで得られたデータは、将来月面基地等の拠点を作る際の設計やメンテナンスの計画に重要なものとなるでしょう。「きぼう」の運用自体、将来の宇宙拠点に向けた大研究です。

(石川毅彦、いしかわ・たけひこ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※