宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASメールマガジン > 2013年 > 第450号

ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第450号

★★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ISASメールマガジン   第450号       【 発行日− 13.05.07 】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★こんにちは、山本です。

 GW後半はいかがでした?
北海道は雪が降ったりして、例年ならお花見の季節が、春はまだ遠いようでした。
相模原は天候にも恵まれ、相模原キャンパスの見学者も大勢と思っていたのですが守衛さんに話を聞いたところ、昨年よりはちょっと減ってしまったそうです。

 休日は ちょっと残念なのがISASグッズを買えないことです。
休暇に余裕のある方は、平日の生協の売店が開いている時間においで下さい。

 今週は、宇宙機応用工学研究系の坂井真一郎(さかい・しんいちろう)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:コーヒーブレイク
☆02:2013年度第一次気球実験
───────────────────────────────────

★01:コーヒーブレイク

朝、目を覚ます。

寝るのはたいてい深夜だし、そもそも夜型なので、朝は頭が働かない。
ぎしっ、ぎしっと、回り悪い歯車がたてる音が頭の中に響く。
そんな頭をひきずって台所にたどり着き、冷蔵庫を開けて浄水ポットを取り出す。
汲んで置いた水を電気ケトルに注ぎ、スイッチを入れる。
青いランプが灯り、少しだけ頭の中も明るくなる。


悪魔のように黒いコーヒー、とは、誰の言葉だったろうか。
魂と引き替えでもなんでも、とにかくコーヒーを飲まないことには始まらない。一日も、仕事も、何も始まらない。

そんな風になったのは、恐らく大学院で研究室生活が始まった頃である。
気づけばいつのまにか、自宅から持ち込んだハンドミルを回しては、研究室の隅でがりがりと音をたてるのが習慣になっていた。

といっても、奇をてらったことをしているつもりはなく、まだ子供の頃、日曜日に家族でコーヒーを(子供たちはミルクコーヒーを)飲む習慣があり、でも当時のコーヒーメーカーにはミル機能なんてなかったから、豆を挽く役目をいつも仰せつかっていて、その使い慣れたミルを持ち込んだだけのことである。


気づけばそのハンドミルには、ずいぶんあちこちに付き合ってもらった。
「れいめい(INDEX)」衛星の射場作業で行ったバイコヌール、フライトオペレーションで行った内之浦、大気球実験のために行った三陸や大樹町。
宿の部屋で、
実験場の片隅で、
がりがり豆を挽いてはコーヒーを淹れ、
その悪魔の力を借りて、衛星や実験機の相手をしてきた。
とにかく、これを飲まないと何も始まらない。


...まだぼぉっと霧の立ちこめる頭で、ぼんやりとそんなことを考えながら、
ぽこぽことお湯を沸かすケトルの横に計量皿を広げ、
缶から取り出したコーヒー豆をそこに載せていく。
計量皿の表示がきっちり28gになると、それをざぁっとミルにいれ、
いつものようにまた、がりがりと音を立て始める。

沸き上がったケトルのお湯は、まずカップやコーヒーサーバに入れて、次にドリップ用のコーヒーポットに移す。
温度計をポットに指すと、この時点でだいたい90℃くらいになっているのを、火に掛けたり水を入れたりして、少し調整する。

狙った温度になったら、ドリッパ上のコーヒー粉に注ぎ始める。
お湯を吸った粉が膨らみ、ふっくらと盛り上がるのをみると、なぜだか少しほっとする。


コーヒーの香りが、あの小悪魔の魅惑的な香りが辺りに漂い始め、それでまた、少しだけ目が覚める。


こんな決まった手順でコーヒーを淹れるようになったのは、ここ数年のことである。
近所にお気に入りの焙煎コーヒー豆のお店を見つけて定期的に通うようになり、毎朝その豆でコーヒーを淹れるのが習慣になってみて初めて、
「前日のコーヒーの味を再現できない」ということに気づいてしまったのである。

コーヒーは焙煎してからの鮮度が命、ということは理解しているので、買ってきた豆は、たいてい1週間で飲み切ってしまう。保管も、ゴムのパッキングがついた容器に入れている。それでも、今朝のコーヒーの味は、前日のそれとはたいてい違うのである。
豆を量り、お湯の温度も淹れる量も揃え、手順もルーチンワーク化してみたのだが、未だにダメである。

次は何を試してみるか。またコーヒーの淹れ方教室にでも参加してみるか、喫茶店に、プロの手さばきを眺めに行ってみるか。
どうやったら、毎日同じ味のコーヒーを淹れることができるのだろう。
どうやったら、コーヒーの味の再現性を高めることが、できるのだろうか。


この“再現性”、実は衛星や宇宙機を作る上でも重要なキーワードの一つである。

同じ性能、同じ品質のモノを、次に製造する時にも手に入れることができるのか。
同じ手順で操作すれば、衛星は同じ挙動をし、同じ結果を得ることができるのか。

この再現性というキーワードが、いつもつきまとってくる。
衛星の地上試験中に異常を見つけた時も、まず、その再現性を考える。
見つけた異常を再現させる手順が分かれば一歩前進。

再現させられない時は、それは異常に関わる条件がまだ隠れているということであり、問題はたいてい、より深刻である。
再現性を失うことは、たいてい、勝ち負けで言うところの負けである。
少なくとも、宇宙の現場では。


でも妻は、そんな僕の再現性のないコーヒーを飲んで、
毎日少しずつ違うからこそ面白いのよ、
同じだったらつまらないじゃない、と言って、からからと笑う。

僕も、まあそんなもんかと言って、一緒に笑う。
この余裕が、たぶん本業と趣味の違いである。


おまけ
ゲイシャ、という、日本人には覚えやすい名前で売られている豆があります。
なかなか手に入りませんし、そもそもちょっと高いので僕も滅多に飲みませんが、淹れると、コーヒーと言うよりもまるでレモンティーのような、それはそれは良い香りのする、ちょっと不思議なコーヒーに出会えます。
機会とご興味があったら、ぜひ。

(坂井真一郎、さかい・しんいちろう)

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※