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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第443号

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ISASメールマガジン   第443号       【 発行日− 13.03.19 】
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★こんにちは、山本です。

 ついこの間まで裸木だった落葉樹が、日に日に芽吹いて緑を増し、サクラは蕾がふくらんでピンクに霞んでいたのは、先週末のことでした。

 16日に東京でサクラの開花が発表され、相模原キャンパスのサクラもチラホラ咲き出しました。

 イヨイヨ春本番です。

*注意*
 3月19日(火)・20日(水)は、キャンパス内での作業に伴い通行制限が行われるため、ロケット付近の見学ができません。
 見学予定のある方は、ご注意ください。

 今週は、惑星分光観測衛星プロジェクトチームの吉岡和夫(よしおか・かずお)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:世界初の惑星観測専用の宇宙望遠鏡が内之浦から打ち上げられます
☆02:A棟展示室から
☆03:宇宙空間に漂うサッカーボール
☆04:記念誌「内之浦宇宙空間観測所の50年」
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★01:世界初の惑星観測専用の宇宙望遠鏡が内之浦から打ち上げられます

 世界で初めての惑星観測専用の宇宙望遠鏡を搭載した惑星分光観測衛星(コード名:SPRINT-A)が、鹿児島県の内之浦から今年打ち上げられます。この衛星はJAXAが新たに開発した固体燃料ロケット“イプシロン”によって、地球の上空約1000kmの軌道に投入され、大気層(高度約100km)のはるか上空から、宇宙空間からでしか見えない特殊な光(極端紫外光)を使って金星・火星・木星などを観測します。


 極端紫外光は私たちの目には見えませんが、実は多くの天体から発せられています。この波長で金星や火星を観測すれば、これらの惑星から逃げ出している大気の様子が解ります。

地球と同じように固い岩石の地表をもつこれらの惑星ですが、実は大気の様子はそれぞれに大きく異なります。また、地球の生命の源となった海も、今の火星や金星にはありません。なぜこのような違いが生み出されたのでしょうか。その謎を解く鍵が、現在の大気流出率を知ることにあるのです。

つまり、今現在惑星から逃げ出している大気の量を知り、過去数10億年分さかのぼって積算すれば、太陽系が形成されて間もない時代の金星や火星の姿を想像できるのです。惑星分光観測衛星は地球周回軌道から金星や火星を観測し、日々変動する太陽活動と照らし合わせながら大気流出率を測定します。


 極端紫外光は他にも興味深い科学的知見をもたらします。ターゲットは木星です。

実は木星はドーナッツ状のリング(トーラス構造)で囲まれています。このリングの源はイオとよばれる木星の衛星です。イオには活火山がたくさんあり、地球と同様に大量の硫黄酸化物を噴出しています。その勢いは凄まじく、イオの重力圏を振り切って宇宙空間にまで達します。

さらにこれらの物質は様々な反応を経てイオンとよばれる状態になり、強い磁場を持つ木星の周りを回り続けます。こうしてできた木星周辺の酸素 イオンや硫黄イオンのリングは、イオプラズマトーラスと呼ばれています。


 イオプラズマトーラスはいろいろな波長の光を発しています。もちろん我々の目でも見られる波長域(可視光)でも光っています。実際1970年代から多くの科学者が地上の大型望遠鏡を使ってイオプラズマトーラスを観察してきました。しかし実は、イオプラズマトーラスが発している光の8割以上は極端紫外光なのです。惑星分光観測衛星はこの極端紫外光を専門とする衛星なので、イオプラズマトーラスを観測するには最適です。


 極端紫外光は地球大気に吸収されるので地上からは観測できず、またそもそも極端紫外光を効率よく観測するための装置が世の中に存在しないため、これまでイオプラズマトーラスの極端紫外光観測は非常に困難でした。

そこで開発チームは観測器に使う鏡の最適化を図り、様々な表面処理を試しました。その結果、炭化ケイ素という物質を特殊な手法で鏡の表面に蒸着し、さらに表面の凸凹を1ミリの1000万分の5以内に抑えることで、従来の数倍の反射率をもつ鏡の開発に成功しました。

また、打ち上げまでの間、検出器を真空状態で保管し、感度を高く保ったままで宇宙空間まで運ぶことにしました。そのため、衛星組立後に行う様々な環境試験や輸送中に、万が一にも空気が漏れてしまわないように、開発チームは気の抜けない日々を送っています。


 このような地道な努力の結果、惑星分光観測衛星に搭載される観測器は、世界でも類を見ない高性能なものになりました。

従来よりも格段に高い感度と分解能をもつこの装置でイオプラズマトーラスを観測すれば、これまでは何年間もかけて木星まで行き、その場で観測しなければ解らなかったイオプラズマトーラスの温度や組成を、地球からの遠隔観測だけで導けます。

さらにこれらの情報から、磁場の強さや太陽との距離など、地球とは大きく異なる環境にある木星近傍でのプラズマの振る舞いが解ります。これは、大きな視点で考えると、太陽系惑星がそれぞれどのような条件のもとで物理的に支配されているのかを紐解く研究といえます。


 ところで、地球から惑星を観測する際には、それぞれの惑星の公転運動を考慮する必要があります。なぜなら、せっかく打ち上げても、惑星が太陽の裏側にいる時期では効率のよい観測ができないからです。また、科学的に興味深い観測を実現するためには、11年の周期で変動している太陽の活動度が活発な時期に打ち上げる必要があります。

開発メンバーはこれらの条件を考慮し検討を重ね、2013年の夏に打ち上げれば最も効率よく多くの惑星を観測できると結論しました。


 このスケジュールを実現するために、時には休日返上で開発に取り組み、ついに2013年春現在衛星のフライトモデルの完成が見えてきました。開発メンバーを始め関係の業者さん達は、素晴らしい性能の望遠鏡を最高の状態で最高の時期に打ち上げられるように、残る開発作業に全力で取り組んでいます。

世界でまだ誰も見たことのない惑星の姿をみなさんにお届けする日が近づいています。

(吉岡和夫、よしおか・かずお)

SPRINT-Aについて 詳しくは
http://www.isas.jaxa.jp/j/enterp/missions/sprint-a/index.shtml
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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※