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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第437号

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ISASメールマガジン   第437号       【 発行日− 13.02.05 】
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★こんにちは、山本です。

 昨日は立春、本当に「春」が来たような暖かい1日でした。
「成人の日」以来の残っていた雪も、すっかり融けたかと思っていましたが、雪かきでまとめられて凍り付いた雪の一部が、シブトク残っていました。

 今週もまた「積雪」の予報が出されています。
先週からの週間予報では、「雪」になったり「雨」になったりしています。
雪国の方には笑われてしまいそうな積雪でも、慣れていないからモウ大変なんです。
「ドウカ 雨になりますように」と願っています。

 今週は、宇宙飛翔工学研究系の丸 祐介(まる・ゆうすけ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:みんなが宇宙に行くための輸送系〜「宇宙学校・東京」の自己補足
☆02:食堂の休業について(3月1日(金)〜3月31日(日))
☆03:JAXAタウンミーティング in 名古屋市科学館(2月16日)
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★01:みんなが宇宙に行くための輸送系〜「宇宙学校・東京」の自己補足


2012年の11月3日に開催された「宇宙学校・東京」にて講師を務めさせて頂きました。宇宙輸送系の研究者として、「みんなが宇宙に行くための輸送系」のタイトルで20分程度で私の考えを“講義”させて頂いたのですが、正直なところ、来てくださった皆さんに明確なメッセージを伝えられたかどうか、大変不安に思っています。

私以外の3名の講師の巧みな講義を見聞きしてしまうと、その思いを強くせざるを得ません。(特に、理学の2先生のお話は、普段はなかなか接する機会の少ないテーマに興味をそそられ、かつ説明もわかりやすくて、皆さんと一緒になって聞き入ってしまいました)

そのような思いを抱いていましたので、今回のメールマガジンの機会は、先日の宇宙学校で私がお伝えしたかったことを文章にして著し、話の補足とさせて頂きたいと思います。
(しかし、小学生でもわかる文章を書くのは講義よりもさらに難しいと、書き始めてからわかりました。願わくば、親御様にこの文章を読んで頂き、お子様にわかりやすく伝えて頂きたい、と先手を打っておきます)


話の冒頭、「宇宙に行きたいですか?」の問いかけに対し、数多くの方が「行きた〜い」の声をあげてくださいました。しかし現在は、私のような普通の人が、宇宙に気軽に行けるようになっていません。そこで、私も含めて、行きたい人誰もが宇宙へ行けるようになるためには、どのような「輸送系」が必要か考えてみたい、というのが話の主旨でした。


そもそも、「輸送」って何でしょうか?
国語辞典を引くと、「車・船・航空機などで人や物資を運ぶこと」とあります。

輸送というのは、運ぶこと、であって、車や船、航空機といった乗り物を直接的に指すものではありません。車や船、航空機といった乗り物は、輸送という活動、言い換えれば輸送サービスを行うための手段になります。

宇宙へ行くための乗り物はロケットです。日本では、H-IIAロケットやM-Vロケット、新しく開発されているイプシロンロケットが活躍していますし、日本人宇宙飛行士が数多く搭乗した米国のスペースシャトルも宇宙へ行くための乗り物です。宇宙へ行ける乗り物はあります。でも、宇宙飛行士のような選ばれた人ではない普通の人は、宇宙に行けるようにはなっていません。


ところで、皆さんが乗りたい乗り物とは、どのような乗り物でしょうか?
地上の乗り物で考えてみましょう。バスとか飛行機とか列車で想像してみてください。例えば、私は、速くて安全で乗り心地がよくて、それでいて運賃が安い乗り物に乗りたいです。皆さんはいかがでしょうか?

翻って、今のロケットは、皆さんが乗りたい乗り物の特徴を備えているでしょうか?
私が先に挙げた特徴のうち、「速い」については確かに速そうです(ただし、地上の地点間の輸送と宇宙への輸送における「速い」の意味は違います)が、

乗り心地は良さそうでしょうか?
安全でしょうか?
そして、安いでしょうか?

輸送という活動は、本来的にサービスですので、お客さんである皆さんが挙げた乗りたい乗り物の特性は、程度の差こそあれ全てが尊重されるべきです(お客様は神様です、の精神)が、ここでは。私たちが利用するにあたって現実的に問題となるであろう「運賃」について考えてみたいと思います。


今のロケットの運賃は、1kgのものを地球周回低軌道(高度400km程度、国際宇宙ステーションの軌道)に運ぶのに、100万円かかります。また、数年前にロシアのロケットで国際宇宙ステーションへ旅行にいった民間人がいましたが、そのチケットはおよそ20億円だったと推定されています。値段の価値というのは、人によって変わるものですが、私の常識では、このような運賃はとてもとても高く、気軽に行ける運賃ではないと思います。


それでは、宇宙へもっと安く行くためにどうしたら良いかを考えてみたいと思います。宇宙への運賃は何故高いのでしょうか?


機体が高いのでしょうか?
ロケットは、機種にも当然よりますが、例えばアメリカのベンチャー企業が開発するFalcon 9というロケットでは、およそ50億円と言われています。確かに高いです。でも、みんなが比較的気軽に乗ることのできる飛行機は、これも機種によりますが、150億円ぐらいだそうです。

あれ、飛行機の方が高いですね?
この裏には、「繰り返し使う回数」という観点があります。今のロケットはほとんどが使い捨て、つまり1回使用したら、捨ててしまいます。一方、飛行機は、納入から退役するまで10,000回はフライトするそうです。つまり、飛行機は、1機の値段は高いけれども、これを大事に整備しながら繰り返し繰り返し使うので、1回あたりの費用、すなわち運賃が安くなっていると解釈できます。

乗り物を繰り返し使うというのは、私たちに馴染みの深い乗り物、自転車とか車とかでは当然のことなのですが、宇宙の乗り物では当然のことになっていません。使い捨てないで繰り返し使うことをわざわざ「再使用」と言ったりもします。


再使用できる宇宙への乗り物はすでにありました。アメリカのスペースシャトルです。これは、燃料タンク以外のものを再使用できるシステムでした。でも、私たちはスペースシャトルで宇宙に行けるようにはならず、逆にスペースシャトル自体が退役になってしまいました。

では、何故スペースシャトルでみんなは宇宙に行けなかったのでしょうか?


1回あたりの運行費を、まず飛行機の例で見てみます。飛行機の運賃は、単に機体の値段を使用回数で割った値段だけではありません。飛行機を飛ばすためには、チケットを売ったりする人が必要です。飛行機を操縦するパイロットも必要です。機体を繰り返し使っていると故障などもするでしょうから、これを修理したり、故障に至らないよう整備する人たちも必要です。飛行機の運賃には、これらの人たちのお給料や修理に使った部品代など、飛行機を運航するために必要な費用が含まれているのです。飛行機の例では、運賃のうち、機体自体の購入のための費用は、高々10%ぐらいであり、運用とか整備に多くの費用が割り当てられているようです。

同じような視点で使い捨てロケットを見てみると、使い捨てロケットの場合は、費用のほとんどが機体代で、これに打ち上げ作業代がかかります。使い捨てなので、整備費はゼロです。

一方、スペースシャトルでは、機体代と運用費の他に、次のフライトに備えるための整備費が発生します。結果的に、スペースシャトルでは、機体を再使用することで運賃における機材費は抑えることができたのですが、整備や運用に非常に多くの費用がかさんでしまいました。使い捨てロケットでは、機材費と運用費で1回のフライトあたり例えば80億円ぐらいだったものが、スペースシャトルでは、なんと400億円にもなってしまいました。この背景には、スペースシャトルの飛行回数が135回にしかならなかった(5機合わせて)こともあります。いずれにしても、再使用して安くしようとしたのに、結果はその逆になってしまったのです。ちなみに、飛行機の1回あたりの運航費用は、およそ2000万円だそうです(もちろん路線や機材によって高い安いはあります)。


スペースシャトルは、その計画段階では、ターンアラウンドタイム(フライトとフライトの間隔)は約1週間、年間50回ぐらいのフライト回数を目指していたようですが、整備や運用に要する時間とお金が計画よりもかなり多くなってしまい、このような頻度での宇宙輸送は成立せず、みんなが安く宇宙に行くことも叶わなくなってしまいました。


退役したスペースシャトルから学ぶことは数多くありますが、宇宙へ安く行くための乗り物という観点では、不合格でした。その主要な要因は、整備費・運用費を抑えることができなかったことでした。宇宙へ安く行けるようになるためには、乗り物を再使用にするだけでは不十分で、「何回も繰り返し、しかも高頻度に」再使用できる仕組みが整っている必要があるのです。このように再使用できる仕組みが整っている宇宙への乗り物は、現在のロケットのような打ち上げ作業ではなく、これまで例として盛んに挙げてきたように、航空機のように運用されるものでしょう。飛行機の仕組みや仕掛けは、我々宇宙輸送の研究者にとっては、非常に貴重なお手本です。


ここからは、高頻度に何回も繰り返し使える宇宙輸送機が完成した未来はどうなっているか、想像してみたいと思います。


日本ロケット協会という学会が、一般大衆の宇宙旅行事業の検討を行いました。

一般の方に、「チケットがいくらだったら宇宙旅行に行ってみたいですか?」というアンケートの結果をもとに、航空会社の事業計画作成方法などを参考にしながら、宇宙旅行事業が成り立つための要件を洗い出したものです。その結果として出てきた未来の姿は、「50人乗りの有人宇宙輸送機を60機作り、これらを毎日運航する」というものでした。

皆さんはこのような未来の世界を想像できますか?

現在のような、1機のロケットを打ち上げるのに3ヶ月ぐらい前から現地で準備を始め、何百人もの人が作業に関わって、また数ヶ月後に次の打ち上げを・・・ようなやり方とは全く違うものです。現実のものと考えることがなかなかできないのが正直なところです。しかし、みんなが宇宙に行くためにはこのような未来でなければならないのです。この未来では、これまでお話ししたように、宇宙への乗り物を繰り返し繰り返し高頻度に運用できることが必須ですが、もう1つ必須になることがあります。

宇宙旅行に行きたい人がたくさんいること、です。


たとえ、高頻度に何回も繰り返し使える宇宙輸送機が完成したとしても、宇宙に行きたい人、つまりお客さんが事業成立の想定よりも少なかったら、事業者の収入は少なくなってしまうので、運賃を高くせざるを得ません。そうすると、またお客さんが減って・・・となり、悪循環に陥ります。最終的には事業として成り立たなくなってしまうでしょう。これはどんな事業でも同じことだと思います。宇宙に普通の人が気軽に行くためには、安く宇宙に行ける必要があるし、逆に、安く宇宙に行くためには、宇宙に行きたい人がたくさんいる必要がある、というように、いわゆる鶏と卵の関係が存在します。

これは、社会の勉強で出てくる市場の原理「価格は、需要と供給の関係で決まる」そのものです。現在の宇宙輸送サービスにおいては、高価なロケットで高価な衛星を打ち上げ、打ち上げた衛星で例えば放送事業を行って、たくさんの人から受信料を回収して事業として成立している面もあります。この側面では、需要と供給の関係で価格が成立している、と考えることもできます。

輸送サービスとしては、普通の人からは高いと思う価格で需給が一致しているのです。みんなが宇宙に行くためには、この高い価格で成立している輸送サービスの需給関係を安い価格の点に移動させなければなりません。そのためには、乗り物をもっと良いものにしなければならないことはもちろんですが、宇宙に行きたい人自体を増やす必要もあるのです。


何をしに宇宙へ行くか?
高頻度の輸送サービスを必要とする宇宙の利用として、宇宙旅行や太陽光発電衛星のような大規模な構造物の建設が挙げられています。これらが事業と成立するためには、宇宙輸送の運賃を現在の百分の一にしなければならない、という検討結果もあります。

でも、こう思う人もいるでしょう−
宇宙旅行は1回行けば飽きてしまってお客さんがいなくなってしまうのでは?
太陽光発電衛星ができてしまったらそのあとは何を作るのか?


もう一度、航空機の例を挙げます。飛行機に乗るお客さんで一番多いのはビジネスマン・ビジネスウーマンだそうです。最近は、インターネット会議が普通になってきましたが、それでも人が移動して人に直に会って、というのは無くならないようです。結局、経済活動としての輸送というものは、人の行き来を支えて、その結果新しい経済活動を促すことができてこそ意義を持つのではないかと思います。宇宙における輸送もきっと同じだと、私は思っています。人が宇宙に行き来する未来になってこそ、これまでお話ししてきた宇宙輸送というものが成立するのだろうと思います。


このお話のタイトルは、
「みんなが宇宙に行くための“輸送系”」でした。
「輸送」とは、人や物資を運ぶことでした。
では、「系」とはなんでしょう?

これも国語辞典で引いてみると、「ある関係をもって、一つのつながりやまとまりをなすもの」とあります。「みんなが宇宙に行くための“輸送系”」とは、短い間隔で、繰り返し運用できる乗り物も含み、また、何度も繰り返し宇宙に行く意味、人が宇宙へ行き来する意味、平たく言えば「宇宙へ行く用事」のことも含むのだろうと思います。

宇宙輸送機を開発することは今すぐにはできませんが、宇宙に行く用事は誰もが考えることができると思います。気軽に宇宙に行きたい人は、「人が宇宙に行き来する未来」を想像して、宇宙へ行く用事を考えましょう。そして何らかの形で発信してください。宇宙へ行く用事を考えることは難しいですが、宇宙輸送系にとって極めて重要なことだと私は思っています。


以上、ものすごーく長くなってしまいました。ここまで読んでくださった方、大変ありがとうございます。みんなが宇宙に行ける未来のためには、乗り物(宇宙輸送機)の開発など色々な課題がありますが、そもそも輸送はサービスです。

そのサービスを使って何をするか?
何をしに行くか?
が重要で、根本的な課題です。世代を問わず、いろんなバックグラウンドを持つ人が、宇宙の利用について考え、さらにはその利用のために必要な輸送系は何かに気にかけてくだされば、日本だけでなく世界的にも曲がり角にある宇宙輸送系の研究活動を進める力になるのではないかと思います。
よろしくお願いいたします。

(丸 祐介、まる・ゆうすけ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※