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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第436号

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ISASメールマガジン   第436号       【 発行日− 13.01.29 】
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★こんにちは、山本です。

 昨日の雪は、昼過ぎにはすっかり融けてしまい、正に「春の淡雪」でした。

 相模原キャンパスでも インフルエンザが拡大しているようです。
感染者の居室が だんだん私の居室に近づいてきています。

 「マスク・うがい・手洗い」に励むことにします。

 今週は、宇宙飛翔工学研究系の森 治(もり・おさむ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:「Bon Voyage !」
☆02:食堂の休業について(3月1日(金)〜3月31日(日))
☆03:JAXAタウンミーティング in 名古屋市科学館(2月16日)
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★01:「Bon Voyage !」

 2012年の暮れにうれしい知らせが入りました。IKAROS関連で以下のように2件、ギネス世界記録™(注)に認定されたのです。

1.最初の惑星間ソーラーセイル宇宙機「IKAROS」
2.最小の惑星間子衛星「DCAM1とDCAM2」
新しいウィンドウが開きます http://www.jspec.jaxa.jp/hottopics/20121130.html


 100年来の夢の宇宙帆船をIKAROSで実現できたことは本当に光栄なことだと思います。しかも、IKAROSは単に世界初だけを狙ったわけではなく、あくまで実用を目指し、大型ソーラーセイルを見据えた仕掛け(スピン展開や液晶デバイスなど)を多く取り入れ、深宇宙で正確にソーラーセイルの性能を評価しました。

(詳しくは、
ISASメールマガジン305号「イカロス君の大冒険」(2010年7月)
http://www.isas.jaxa.jp/j/mailmaga/backnumber/2010/back305.shtml

ISASメールマガジン331号「君も太陽系をヨットに乗って旅しよう!」(2011年1月)
http://www.isas.jaxa.jp/j/mailmaga/backnumber/2011/back331.shtml
を参考にしてください)


 2010年5月21日に打ち上げられたイカロス君は予定通り12月までに当初の使命を果たしたのですが、まだまだ元気です。そこで、2011年1月以降もIKAROSの運用を延長し、新しいミッションを始めることにしました。

テーマは「宇宙ヨットを乗りこなそう!」です。

いきなりヨットをうまく操縦できる人はいません(多分・・)。新しい宇宙船であるソーラーセイルの運転技術をIKAROSの運用を通して鍛え上げようというのです。


 最初に実施したのは低スピンミッションです。

IKAROSは全体がスピンすることでセイルをピンと張っています。この回転速度を遅くすると遠心力が弱くなり、太陽光に押されてたわみやすくなります。

これまでIKAROSは1分間に1回転以上の速度を維持してきましたが、これを思い切って徐々に遅くしていきました。(もちろんこれはリスクを伴います。本来の任務を成し遂げた後だからこそ 実施できるミッションと言えます)驚くべきことに回転速度が落ちてもセイルは変化しませんでした。

2011年7月には20分間に1回転程度の速度に達しました。遠心力はなんと400分の1です。それでもなおセイルは大きくたわむことはありませんでした。この運用結果を踏まえてセイルのシミュレーションモデルを見直しました。これを用いると逆スピンに移行することさえも可能であるという見通しが立ちました。


 そして、2011年10月18日に逆スピンミッションに挑戦しました。ガスジェットを噴射してスピンの方向を逆にしたのです。途中回転速度がゼロという非常に危険な状態となりますが、やはりセイルの形状はほとんど変わりませんでした。

なぜこのような結果となるのか現在詳しく解析しているところですが、宇宙で構造物の剛性を確保するために張力(今回の場合は遠心力)を与えるとい う従来の考え方では説明できないということは確かです。

IKAROSの事象解明だけでなく、薄い膜板に固有の力学をきちんと理解できれば、アンテナや太陽電池などさまざまな柔軟構造物をもっとうまく取り扱うことができるようになるでしょう。


 ソーラーセイルは太陽光を受けることで加速するだけでなく姿勢も変化します。さらにソーラーセイルにしわなどがあり完全にフラットでないと「風車」のように回転速度が変わります。

実はIKAROSはこれらも利用して姿勢や回転速度の制御を行っていました。(はやぶさでも姿勢制御装置が故障した後は太陽光圧を利用した姿勢制御を実現しました)ただし、太陽光の入射角が大きくなるとこの運動が非常に複雑になるため、IKAROSでは太陽角を30度以下に限定してきましたが、運用延長後はあえて危険な領域に踏み込んだミッションも行い、太陽光圧のソーラーセイルの運動に対する影響について詳しく調べました。


 2011年12月にガスジェットの燃料がほぼ枯渇しました。(当初想定していたIKAROSのミッション期間は半年であるため、十分な推薬を搭載していませんでした)
そこで、これ以降は姿勢を積極的に変化させることはせず、フリーでどのような運動をするかモニターすることにしました。IKAROSの太陽角は徐々に大きくなり発電量が減った結果、ついに、2012年1月には搭載機器がシャットダウンし冬眠状態となりました。


 冬眠時にはイカロス君とお話しすることはできません。IKAROSの運用もここまでかと思った方も少なくはないでしょう。しかし、私たちには、1年半宇宙ヨットを乗りこなした実績があります。これまでの運用データをもとにIKAROSの姿勢や回転速度が今後どのように変化するか計算し、2012年6月以降にIKAROSが再び太陽の方を向いて冬眠から明けると予測しました。こうしてIKAROSの探索運用に踏み切ったのです。


 実はかつて姿勢が乱れて行方不明になったはやぶさを1.5カ月後に見つけたことがあります。しかし、IKAROSの探索運用はこれに比べても格段に厳しいです。それはIKAROSがソーラーセイルであるからにほかなりません。ソーラーセイルは姿勢に応じて軌道が変化します。そこでIKAROSの姿勢予測を踏まえて、軌道を計算し、地上アンテナの向きを調整する必要があります。もしこの予測が外れていたら、IKAROSが冬眠明けとなっても通信が成立しません。

地上アンテナで探せる範囲は非常に狭いため、アンテナを予測値周辺でふって幅広く探したいところですが、これをやると運用日数(運用費)が増えま す。IKAROSの予算は非常に少なく、いろいろとやりくりして2週間に1回程度の運用がやっとです。あたかも水に浮かべたヨットが半年後にどこにいるかぴったり当てるようなものです。


 「..ふにゃ?」
2012年9月6日についに冬眠明けのイカロス君らしき声を捕まえました。9月8日にはIKAROSからの電波であることを確認し、続いてビーコン運用にてIKAROSの姿勢・回転速度のデータを取得しました。イカロス君はまだまだ元気であることも分かりました。その後しばらく運用を行い、予想通り2012年11月に再び冬眠状態となりました。


 そんな折、冒頭に述べた世界記録認定の知らせが届いたのです。しかし、私たちはIKAROSの運用を延長して挑戦的なミッションを行った結果、すでに世界初の宇宙ヨットの実証というステップを超えて、宇宙ヨットを乗りこなすレベルに到達したのかもしれません。


 予算等の都合もあり、現時点ではIKAROSの運用を実施できるかどうか確定していませんが、次の冬眠明けは2013年初夏だと予想しています。

一度見つけたことで技術的には次回も探索できる可能性が大きくなりました。今後、IKAROSは地球に近づいてくるため、これまでためておいたカメラ画像等のデータを落とせるかもしれません。長く運用するほど、セイルの劣化状況等を正確に評価でき、ソーラーセイルの航行記録も伸びていくのです。


 しかし、IKAROSはあくまで実験機です。現在、IKAROSを踏まえてソーラー電力セイル探査機による外惑星領域探査ミッションを検討しています(これについては、また別の機会にお話ししたいと思います)。

ソーラー電力セイルで深宇宙探査を先導することこそがIKAROSの真のゴールなのです。
見果てぬ夢を追い求めるイカロス君の旅が幸多きことを願って・・

「Bon Voyage !」


注:ギネス世界記録™はギネスワールドレコーズリミテッドの登録商標です。


(森 治、もり・おさむ)



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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※