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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第426号

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ISASメールマガジン   第426号       【 発行日− 12.11.20 】
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★こんにちは、山本です。

 週末に木枯らし1号が吹いて、急に寒くなりました。

 相模原キャンパスの集中暖房の運転は12月からです。電子機器に囲まれていると、だんだん暖かくはなるのですが、足下はなかなか暖まりません。明日からは、レッグウォーマーを履くことにしましょう。

 今週は、学際科学研究系の田村隆幸(たむら・たかゆき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:ダーク君と私
☆02:「放射性物質見える化カメラ」開発
☆03:宇宙学校・ののいち(12月15日(土))
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★01:ダーク君と私

 皆さん、こんにちは。宇宙研の学際科学研究系の助教の田村隆幸です。
私は、宇宙研に来てもうすぐ10年になります。その前も宇宙研に来てからもずっと、X線を用いて宇宙の大規模構造を観測してきました。その研究の目的を一言でいうと、ダークマター(Dark Matter あるいは暗黒物質)の正体を探るためです。
特に意識してきたわけではありませんが、私の研究人生には、いつもこのダークマターが関連しています。そこで、ここではダークマターと私の研究生活について紹介します。
より詳しく、知りたい人は、
宇宙科学最前線:「すざく」で探る銀河団プラズマの運動(ISASニュース2012年2月号)
新しいウィンドウが開きます http://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2012/tamura/index.shtml

JAXA相模原チャンネル 宇宙研速報(2011.11.24)銀河団の衝突
新しいウィンドウが開きます http://www.ustream.tv/recorded/18715078

をご覧ください。
以下では、親しみを込めて、ダークマターのことを「ダーク君」と呼びます。


 さて、私がこの研究の世界に足を踏み入れたのは、1993年4月に大学院生として東京大学の牧島研究室に入学した時です。東大の大学院を選んだ理由の一つは、東大の須藤先生の研究に憧れていたことがあります。須藤先生が書かれた「宇宙の大構造ーその起源と進化」という本を読み、その当時に発見された「宇宙の大規模構造」あるいは「グレートウォール」というスケールの大きな話に感動し、自分でも研究したいと思いました。

私の宇宙研の本棚に同じく須藤先生の「ダークマターと銀河宇宙」という本があります。この本もそのころに読んだと記憶しています。 ちょうど、私が大学院に入った20年くらい前に、このような「観測的宇宙論」と呼ばれる分野が活発になり始めたようです。その時には、まだ、国立天文台「すばる」、宇宙研「すざく」、NASA「WMAP」も計画中で、ダークマターの話も、空想上の話がほとんどで夢物語に聞こえました。


 というわけで、私は運良く、本郷で研究する機会を得ました。牧島研は、ちょうどそのころ、X線天文衛星「あすか」衛星が打ち上がった直後で、新しいデータがどんどん地上に降りてきました。というのも、「あすか」衛星の検出器の一つ(GIS)を中心となって作ったのが、牧島研だったからです。

たしか、私が、ドクターコースの1年目くらいの時に、牧島先生からある銀河団のデータを見せられ、これを解析して見ろと言われました。そのデータは、「ろ座」(Fornax)銀河団のデータでした。私の解析では、それほど新しい発見はありませんでした。しかし、このデータを牧島先生が「ざっと」解析したところ、とても面白いことが見つかりました。

さらに、研究室の先輩であった池辺さんが詳しく解析し、なんとNatureの論文(Ikebe et al. 1996)として発表されました。そのタイトルを日本語に訳すと、「ろ座銀河団におけるダークマターの階層構造の発見」となります。これは、世界で初めて、ダークマターも星と同じように銀河と銀河団の階層構造を持って分布していることを観測的に発見した重要な結果です。私も一緒に解析を行ったということで、共著者に入れてもらいました。(私の自慢の一つです)これが、私とダーク君の最初の大きな出会いかもしれません。


 ところで、ここまで、ダーク君が何なのか説明していませんでした。というのも、私も(おそらく上の二人の先生も)ダーク君が何なのか知らないからです。

ダーク君は、その名のとおり、目(すなわち電磁波)では見えません。また、普通の物質にぶつかっても、そのまま通り過ぎていきます。言い換えると、他の物質と相互作用しません。ただし、重力だけ持っています。

銀河団の重力を推定すると、目で見えている星やX線を放射するプラズマの質量を足したものの10倍以上も重力が必要になります。また、重力レンズの観測でも、大きな重力が示されます。さらに、宇宙の構造を作るのにも、普通の物質だけでは不十分で、ダーク君を考えないと、説明できません。

重要なことは、このようないろいろな観測が全て、「宇宙には普通の物質の数倍のダーク君」で説明できることです。ちなみに、上記の1993年の須藤先生の本では、「宇宙の質量は、宇宙を閉じるのに必要な臨界質量の10-100%、そのうち“大部分”をダーク君が占めるだろう」と書かれています。

これが、最近の教科書(現代の天文学 3p.40-)では、「宇宙の質量(普通の物質とダーク君)は臨界質量の23.7%、普通の物質は臨界質量の4.16%、残りは、ダークエネルギー。これらを全部合わせるとちょうど(ほぼ)臨界質量になる。」とされています。

つまり、この20年ほどで、宇宙論は大きく進歩したように見えます。しかし、相変わらず、ダーク君の正体は不明です。さらに、「宇宙で最大の謎」の地位は、「ダークエネルギー」に奪われてしまったようです。

ダーク君の正体としては、小柴先生が見つけた「ニュートリノ」がその正体ではないかと言われました。たしかに、「ニュートリノ」も、他の物質とほとんど交わらず、電磁波も出しません。ただし、「ニュートリノ」の一つ一つの質量が小さすぎて、宇宙の構造を作るには、活発に動き回りすぎるようです。

現在では、もっと「冷たい」粒子がダーク君の正体だと予想されています。ただし、「素粒子の標準モデル」と呼ばれる最も正しいと考えられている物理の理論でも、ダーク君は説明できません。


 というわけで、話は私の研究人生に戻ります。
私は、1998年に博士論文を取りました。そのタイトルは、「あすか衛星による銀河団の中心部での重力質量の測定」でした。その目的は、ダーク君が銀河団の中のどこにどれだけあるのか、できるだけ正確に測定して、その正体に迫ることでした。

ここで分かったことは、ダーク君は、星(銀河)に比べると広がっている、ただし、X線を出すプラズマに比べると中心に集まっているというものでした。これによって、世界で最速の計算機で予測したダーク君の分布モデルが、実際の観測とも矛盾ないということを明らかにしました。

これで、無事に(いろいろと有事もありましたが...)、博士になることができました。しかし、ダーク君の正体はまだ分かりません。したがって、私は、現在も、宇宙研で「すざく」衛星を用いてダーク君の行動を調べています。

11月の初めには韓国に行き、宇宙論の会議で、「すざく」衛星の成果を発表しました。私も憧れの須藤先生と知り合いになれ、一緒に韓国料理を食べることができました。

ダーク君の重力によって、銀河やプラズマが動かされます。その動きを調べるため、「すざく」衛星で、新しい観測をしてくださいという提案を書きました。研究者の皆さん(観測計画の審査員)を説得するため、約1週間かけて、この提案文書を書きました。運良く、この提案が採択されると、来年の夏に観測されます。そこで何かを発見する計画です。

今週は、ASTRO-Hで、ダーク君からの信号を直接検出できないかを検討します。


 さて、私の研究室から見える宇宙研の実験棟では、ASTRO-H衛星の地上試験が行われています。ASTRO-H衛星は、「すざく」に続く、X線天文衛星で、2014年度に打ち上げが予定されています。この衛星には、「すざく」のX線検出器に比べても20倍も高いエネルギー分解能を持つ新しいタイプのX線検出器(X線カロリメータ)が搭載されます。

この最先端技術を用いた新しい装置で、銀河団、超新星爆発、あるいはブラックホールの周りで、これまでは見えなかったプラズマの運動の様子を詳しく観測します。それによって、宇宙の大規模構造の成長の様子をとらえ、それを支配しているダーク君の謎に挑みます。

ASTRO-Hや「すばる」などの天文観測、CERNなどの地上実験、さらには、ダークマターを直接検出する実験などで、10年後には、ダーク君の正体が解明されているような予感がします。その時には、ダーク君とお別れです。

出会いがあれば、別れがあるということで、みなさん、さようなら。

P.S.
 もっと、ダーク君の話を聞きたい場合は、相模原に来て下さい。

(田村隆幸、たむら・たかゆき)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※