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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第404号

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ISASメールマガジン   第404号       【 発行日− 12.06.19 】
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★こんにちは、山本です。

 週末から急に蒸し暑くなりました。
身体が未だ暑さに対応できていない時期なので、熱中症に注意しましょう。

 また、台風4号が接近しています。今日あたり、西〜東日本に上陸する予報も出されています。台風情報に注意して、早めに行動したほうが……

 そうか!雨が強くなる前に帰宅しよう。(心の声)

 今週は、宇宙飛翔工学研究系の森田泰弘(もりた・やすひろ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:未来を拓くイプシロンロケットの挑戦(自律点検とモバイル管制)
☆02:「はやぶさ」サンプル国際研究公募選定結果について
☆03:相模原キャンパス特別公開(7月27日〜28日)
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★01:未来を拓くイプシロンロケットの挑戦(自律点検とモバイル管制)


 今 私たちは、来年夏期の打ち上げを目指してイプシロンロケットの開発を進めています。イプシロンの目的を要約すると、ロケットを打つ仕組みを簡単にして、みんなの宇宙への敷居を下げようということにあります。このため、イプシロンロケットの開発ではこれまでの慣性を超えて様々な新しい取り組みを進めていますが、その中でも重要なポイントは打ち上げシステムの改革です。

イプシロンでは、ロケットと地上装置の一部を知能化することにより面倒なロケットの点検作業を自律化して、ロケット管制(ロケットが正常か異常かを判断しながら順序立てて打ち上げの準備を進めること)の機能を

ロケットに搭載する点検装置
(ROSE:Responsive Operation Support Equipment)と

地上のモバイル管制装置(MLSC:Mobile Launch Control System)

に置き換えようとしています。これにより、これまで管制室を埋め尽くしてきた大量の地上装置(管制装置や点検装置)がモバイルできるくらいコンパクトになってしまうというわけです。


 それでは、こうした取り組みのメリットを具体的に考えてみましょう。

まず、これまではたくさんの地上装置を運用するために大勢の人数(M-Vロケットの場合100人近く)が必要だったのですが、これからは数人で済んでしまいます(省人化)。

そして、これからの地上装置はモバイル管制装置一つになってしまい、しかもこれは汎用のPC程度の規模なので、メンテナンスの負担が大幅に軽減されることになります(メインテナンスフリー化)。

これまでのロケットの打ち上げ設備はとても大掛かりで、その維持費用は毎年何億円もかかるほどでしたから、ずいぶん助かりますね。加えて、これからはロケットが自分で自分の点検をしてくれるので、点検のためのセットアップ作業(点検装置をロケットにつなげる人的作業)が不要になり、大幅な時間短縮につながります(運用性向上)。

例えば、ロケットの点火系(ロケットに火をつける仕組み)の点検は高度な安全性を求められるために、点検用のケーブルを一つ差すだけでも一日がかりの大仕事、しかも決死隊です。それがこれからは遠隔で、ですから安全に、しかも瞬時に終わってしまうというわけです。

結果として、イプシロンロケットの射場作業(打ち上げ準備作業)は、第1段ロケットを発射台に立ててから打つまで僅か一週間という素早さです(M-Vロケットの場合では休日を除き平均42日間)。


 ところで、ロケットの自律点検なんていうとずいぶん大げさに聞こえますが、わかり易い例を一つご紹介しましょう。

例えば、皆さんが年に一度通う人間ドックや健康診断で心電図を取ってもらったりしますが、その心電図の波形を一体誰が診ていると思いますか?今時は忙しいお医者さんなんかでなく、心電図を記録する機械が自分で、しかもその場で診断しているんですね。ときどき心電図を取り終えた後に、

「はい、大丈夫ですからね、次は超音波に行ってくださいね」

なんて言われたりしますが、実は機械の判定結果を見てそう言っているわけです。もちろん、不幸にして異常と診断された人は、幸運にもあらためてお医者さんがじっくり診断してくれるという仕組みです。

実はロケットの点検で一番判定に人手と時間を要するのは、エンジンや制御器のバルブの健全性の確認です。このために我々はシグトレといってバルブの応答の電流波形を見ているのですが、これなどはまさにロケットにとっては心電図と同じなんですね。こういうことをロケットの世界でもやってみようじゃないか、これからは高級エンジニアのかわりをロケットにやらせようというわけです。


 このような高度の技術判断の自律化のために、イプシロンでは、医療の分野でも応用が進められているマハラノビス・タグチ・メソッド(MT法)という手法を用いています。これは、

「正常なものはどれも同じように平凡である(均一である)が、
 異常なものはどれ一つとってもユニークである(不均一である)」

という事実に注目したもので、複数のパラメータ(測定量)の間の相関(結びつきの度合い)をもとに診断を行なうものです。つまり、正常ならばあるはずの相関が崩れていれば異常というわけで、パラメータそれぞれを別々に判定するよりも正確な診断が可能となります。

健康診断を例にとると、悪玉コレステロールは基準値より多いんだけれども直ちにそれで異常とみるのではなく、善玉コレステロールも多いので安心ですね、というような診断をお医者さんはするわけですが、それと似たような原理です。おかげさまで、既に可動ノズルの波形データを用いたプロトタイプモデル(試作試験)により、自律診断の有効性は確認済みです。


 さらに踏み込んで、私たちはもう少し面白いことをやろうとしていて、例えば、あらかじめ故障の解析を行って、どういう不具合が発生したら、どのセンサ、あるいはセンサの組み合わせに異常が現れるか、ということをあらかじめデータベース化しておくんですね。いわゆる、知識データベースです。

これによって、自律点検の結果異常と判定された場合、単にどこかに異常があるというだけでなく、不具合個所やその範囲の特定までできるというわけです。いうなれば、原因究明までやってくれる高級エンジニアの代わりであって、人工知能みたいなものですね。これなどは、どれだけ不具合モードを洗い出しておくかという熱意に応じて結果が出るということで、大変面白い研究テーマだと思っています。


 さて、今日ここでご紹介した取り組みは世界でも初めての挑戦です。イプシロンロケットで実現した暁には、我が国の基幹ロケットであるH-2Aロケットや世界各国のロケットにも次々と適用されていくことでしょう。さらに、こうした革新コンセプトは、将来の再使用ロケットにも欠くことのできないとても大切な技術でもあります。

イプシロンロケットでは、このように新しいことにどんどん挑戦して、宇宙開発の未来を切り開いていきたいと考えています。

(森田泰弘、もりた・やすひろ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※