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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第384号

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ISASメールマガジン   第384号       【 発行日− 12.01.31 】
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★こんにちは、山本です。

 先週は、雪が積もったり(モチロン、雪国と比べれば ほんの少しですが)、週末には富士五湖地方が震源の地震が何度もあったりして、慌ただしい1週間でした。

 富士五湖の地震は、まだ余震に対する注意が必要ですし、東北地方でも地震が起きています。

 TVで流されている地震速報を見ていると、日本中のアチコチで地震が起きています。

 日本列島がすっぽりと強い寒気団に覆われていて、日本海側と北海道は降雪に対する注意が発令されています。

 「もう 慣れた」と思わずに、雪や地震の対策をしなくては

 今週は、固体惑星科学研究系の岡田達明(おかだ・たつあき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙のかけらを拾う
☆02:ISASニュース1月号
☆03:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:宇宙のかけらを拾う

 2010年6月13日夜、オーストラリアの砂漠にそれは降り立った。

「はやぶさ」のカプセルは翌日回収され、現地でいくつかの措置が施された後に日本に運搬された。カプセルの中央にはそれが含まれる真空保持容器があり、相模原キャンパス内に設置された惑星試料を処理する設備(通称:キュレーション設備)の中で取り外された。

設備の最も重要な処理専用チェンバ内で開封され、容器内に含まれるそれの観察と採取が開始された。それとは、小惑星イトカワの試料だ。


 地球の大気には酸素や水蒸気、その他のガス成分が含まれる。地球の物質は大気との接触によって酸化され、水質変成され、また元素や同位体(同じ種類の元素で質量数の異なるもの)の混合・交換を受ける。

試料処理に使用する道具や冶具も、試料に触れただけで元素の交換が生じる。試料の汚染源だ。そのため、試料の取り扱いは作業の困難さだけでなく、雰囲気や道具・冶具にも細心の注意をはらう。


 もし試料が非常に大きければ、内部まで影響が及ぶまでには時間がかかる。しかし回収された試料は微細粒子のみであり、影響を受けやすい。雰囲気は高真空または高純度の窒素ガスに限定し、詳細な観察・分析にかけるために移送する場合も高純度窒素に充たされた容器に入れ、けっして大気中に曝露させない。

道具・冶具も素材を限定し、最小限の汚染にとどめ(容器の素材のアルミやステンレス、テフロン、化学反応性の低い金、石英など)、使用前には分析に影響が出ないように洗浄する。


 私個人は「はやぶさ」の開始当初からミッションに参加していたものの、主な役割はリモートセンシングによる小惑星イトカワの観測と、探査機の運用(スーパーバイザー)であり、キュレーション設備での試料採取には加わっていなかった。

カプセル回収隊には電波方向探知班で参加し、帰還の夜には現地で「はやぶさ」の最期の煌きをその目に焼き付けることができた。直後に電波方向探知を行い、カプセルからのビーコンを捉えた。ビーコン音は事前練習の時に比べてゆっくりで甘く優しい音色だったのをよく憶えている。

方向探知は大成功で、他の3地点もほぼ同時に受信し、カプセルはその数時間後にヘリコプター隊によって方向探知で決定した地点の近傍で発見された。(もし見つからない場合は回収隊が砂漠やブッシュの中を徒歩で捜索することになっていた。ヨカッタヨカッタ)


 その後、経緯があってキュレーション設備での試料採取、試料の簡易な分類と保管、初期分析、国際公募研究と続く業務に参画した。

当時は容器内に微小なかけらが含まれていることがやっと発見されたばかりで、元素分析は未実施であった。つまり人工物質が混入していたのか、イトカワなど地球外の物質が含まれているが「不明」の状態であった。

粒子が予定外に微小だと、扱うことが難しい。光学顕微鏡で観察してもよく見えない。当初は容器から直接採取していたためだ。微小試料採取用の道具(静電マニピュレータ)が開発されていたが、使いこなす技術(熟練度)や作業手順がまだ不十分だった。


 先ず、X線元素分析が可能な電子顕微鏡に取り込み、成分を知ることが必要だ。専用テフロン製ヘラを製作し、容器の内壁を掻き取り、電子顕微鏡に挿入した。数ミクロン大の粒が多数付着しているのが見えた。

測定してみると、、、、ステンレス、アルミ、、、と人工物質が続く。やがて、カンラン石、輝石、斜長石、硫化鉄などいわゆる石質のものが見つかり、それらが微小粒子の半分弱(大きいものは人工物)を占めることが分かってきた。

統計的結果として、それは鉱物組成から地球外物質であることは確実であり、リモートセンシング(地上望遠鏡および小惑星近傍からの分光観測)との一致からイトカワ試料であると特定された(これは報道された通り)。


 ヘラ粒子は小さすぎて初期分析用に研究者に配布しても扱いようがないため、今度は石英平板をフタにして容器に振動を与えたとき、石英平板に付着した粒子を採取することにした。平板のため、光学顕微鏡での焦点合わせが容易になり、静電マニピュレータでの取り扱い性が格段に向上した。

本格的な試料採取の開始だ。とは言っても試料採取は苦労・苦悩の連続だ。約50粒子を初期分析用用に国内各大学・研究機関に配布した。

試料の特徴付けとカタログ化が初期分析の目的だが、同時に研究成果も出る。その結果はサイエンス誌に6編掲載され、2011年の10大成果の一つに挙げられたほど素晴らしいものになった。


 評価された最大の理由は小惑星と隕石を関係づけたこと。人類はこれまで隕石から太陽系初期の頃の情報を解読してきた。隕石の多くは45.6億年前にできた太陽系初期の化石物質だが、太陽系のどこから来たのか分からない。

一方で小惑星は歪な形状の小天体が多く、過去に物質が熱変成を受けずに昔のままの状態を保持している可能性を示唆する。

物質に関する情報はスペクトルの型(太陽光の反射特性の波長依存性による分類)のみ。最もよく見つかる種類の隕石(普通コンドライト)と、地球近傍領域で最もみつかる種類の小惑星(S型)は類似性もあるが、小惑星の方が吸収帯などの変化に乏しく全体に赤みがかっていて一致しないことが、まさに30年来のパラドックスであった。


 パラドックスの解決には、サンプルリターンによってS型小惑星から試料を持ち帰り、直接調べることが必要だった。そして、物質的に普通コンドライトとS型の一致(正確にはLL5型普通コンドライト隕石とS(IV)型小惑星のよい一致)が確認された。みかけの違いは小惑星上で生じる宇宙風化と呼ばれる表面を変質される現象によるという証拠が見つかった。

少なくとも隕石で研究される詳細・精緻な研究結果を初期太陽系がどのような環境にあり、その中で物質がどのような進化をたどったについて適用してもよいことが確認された。他の種類の隕石、他の型の小惑星については依然として不確定のままだが、それは次期の探査によって解決されるべきだ。

ちなみに「はやぶさ2」は水や有機物を多く含む炭素質コンドライト隕石と最も存在度の高いC型小惑星との関係を調べる計画である。


 キュレーション設備での作業はまだまだ続く。「はやぶさ」運用のためのアンテナ支援など強い協力関係にあったNASAに対して、12月に15粒子を配布した。これも凄まじい作業により何とかぎりぎりで間に合わせた。

次は国際公募研究のための採取が予定されている。現在、3月締切で公募が出され、審査を通った相手先に来年度配布する予定である。なお、現在の方法で採取し易いものから始めたため、この方法のみでは採取が段々難しくなってきている。

より大きな試料を確実に、また微小粒子まで扱えるように、採取技術の開発を進める必要がある。また試料の一部を配布、一部を保管して将来の向上した技術で分析できる体制を整えることが急務だ。

アポロでは月の石や砂を400kg近く持ち帰り、42年以上経た今もなお半分以上が保管されていて、進歩した技術で分析が盛んに行われている。それは「はやぶさ」試料に対しても適用されるべきだ。

宇宙のかけらから太陽系の、そしてわれわれ地球の生い立ちを知る日まで、キュレーション設備での作業と開発は続くだろう。

(岡田達明、おかだ・たつあき)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※