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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第382号

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ISASメールマガジン   第382号       【 発行日− 12.01.17 】
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★こんにちは、山本です。
 小正月も過ぎて あう人ごとに新年の挨拶をすることも なくなりました。

 内之浦宇宙空間観測所での観測ロケット実験が終了し、実験班も相模原に帰ってきて、いつもの日常が戻りました。

 今週は、宇宙構造・材料工学研究系の後藤 健(ごとう・けん)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:カーボンナノチューブで衛星、ロケットの形が変わる?
☆02:観測ロケットS-520-26号機 打上げ終了
☆03:IKAROSの逆スピン運用実施結果と冬眠モード移行について
☆04:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:カーボンナノチューブで衛星、ロケットの形が変わる?


 カーボンナノチューブという軽くて強い、夢の高強度素材の話をご存知の方もおられるでしょう。

カーボンナノチューブとは直径が数ナノメートル(1ミリの100万分の1程度)の小さな炭素(カーボン)からなる繊維形状の材料です。日本で発見されたこの物質は、理論上は現在各種軽量複合材(通称カーボン、またはCFRP)に使用されている炭素繊維の数十倍の強度を持ち、密度は変わらないという夢の素材です。私たちはこのカーボンナノチューブを使った軽くて強い複合材の開発に取り組んでいます。


 炭素繊維とプラスチックスを混ぜた複合材(通称カーボンまたはCFRP)は金属材料に比較して軽い材料です。単位体積あたりの重さ(密度)を比較すると鉄鋼材料に比べてアルミ合金は半分から3分の1ですが、なんとCFRPは4分の1以下です。

ロケットや衛星などの飛翔体に使う材料を比較するさいに、この密度で強度や弾性率を割った比強度、比剛性という値を使います。CFRPの比強度、比剛性は鉄鋼材料、アルミ合金、チタン合金に比較すると桁違いに大きな値となります。このことからCFRPはロケットの上段構造や人工衛星にたくさん使われているのです。


 さて、CFRPの強さの理由は炭素繊維にあります。炭素繊維は繊維の形をしているので、黒鉛結晶(炭素の構造の1つ)の結合力の強い方向を繊維の軸方向にそろえることができます。

さらに、炭素は原子番号が小さいので軽量であるという特徴を持っています。この2つの理由から炭素繊維は現在CFRPとして多くの構造物に利用されています。

ここで、炭素繊維の引っ張り強さはそろそろ限界に近づいて来ています。これは炭素繊維の作り方に起因する不純物や黒鉛結晶のみだれなどの欠陥が引っ張り強さを決めてしまっているために黒鉛結晶の強い方向の原始の結合力から推定できる理論値には全く及ばないのです。

 ではカーボンナノチューブは炭素繊維に比べてどうなのでしょう?

カーボンナノチューブは炭素繊維に比較すると直径が遥かに小さく炭素繊維で問題となる欠陥がより入りにくくなります。さらに、炭素の結合構造は黒鉛結晶の強い方向と同一であるため、理論強度がより出やすいのが特徴です。

では、なぜこれまでカーボンナノチューブはなぜ構造用のCFRPになることができなかったのでしょう。

カーボンナノチューブは凝集力が強く、製造した後に回収するといろんな方向にナノチューブが向いた固まりになってしまい、これをほぐすのは大変難しいのです。この欠点によってカーボンナノチューブはプラスチックスの中にたくさん均等に入れることができませんでした。また、同じ方向にチューブの向きをそろえることもできなかったのです。

炭素繊維を用いたCFRPでは体積の割合で約半分が炭素繊維ですが、カーボンナノチューブはそのまま粉状で混ぜると1割いれるのも困難なのです。また、炭素繊維もナノチューブも繊維方向に強いのでその方向が制御できなければ折角の強さが生きてこないのです。


 ところが、最近このカーボンナノチューブの欠点を補う手法がでてきました。欠点である凝集力を生かして一方向にカーボンナノチューブが並んだシートを作ることができるようになったのです。

技術の根幹はガラス基板上に長さ数ミリのカーボンナノチューブがまっすぐ等間隔に並んだナノチューブの林というより森を作ることです。ここからナノチューブ同士の凝集力を利用してガラス基板から、いってみれば蚕の繭から絹糸を作るように、カーボンナノチューブをシート状に巻き取ることができます。

この一方向シートを利用するとこれまで困難であった、均等に、たくさん、しかも同じ方向にカーボンナノチューブを並べたCFRPができるようになったのです。ただ、まだまだ大きな量産物を作れるようになるには多くの問題がありますが、この技術はナノチューブ利用の大きな障害を打破したといってよいでしょう。

将来は衛星やロケット上段構造の重量が半分以下になって、より大きなものを宇宙に運べるようになるばかりではなく、形も大きく変わってくるかも知れません。楽しみな新素材だと大きな夢を持って開発に取り組んでいます。


(後藤 健、ごとう・けん)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※