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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第376号

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ISASメールマガジン   第376号       【 発行日− 11.12.06 】
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★こんにちは、山本です。

 先日、研究センター棟の廊下を歩いていると、エレベータホールの隅にロケットの模型があるのに気づきました。

 空調設備の工事のために狭くなった展示室から少しの間追いやられたのでしょう。もうすぐキレイになった展示室に戻れますヨ

 今週は、熱・流体グループの岩田直子(いわた・なおこ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:BepiColomboの熱平衡試験に参加して・その2
☆02:相模原キャンパス見学臨時休館のお知らせ
☆03:はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:BepiColomboの熱平衡試験に参加して・その2


 先週のメルマガの著者、小川博之さんと私は同じ熱・流体グループにいます。実は私も小川さんと一緒にBepiColomboの熱平衡試験に参加しました。(実態は、グループ長である小川さんに私が連れて行ってもらったのですが)

先週に引き続き同じ主題で読者の皆様には申し訳ないのですが、私にもBepiColombo熱平衡試験のお話をさせて下さい。


 皆さんご存知かもしれませんが、最初にBepiColombo計画についてお話します。BepiColombo計画はESA/JAXA共同の水星探 査ミッションで、JAXA担当のMMO(Mercury Magnetospheric Orbiter)、ESA担当のMPO、MTM(Mercury Transfer Module)、MOSIF(MMO Sunshade and Interface Structure)からなります。

MMOとMPOが水星周回軌道に入る探査機で、MMOは水星磁場の解明、MPOは水星表面地形や組成、内部構造の解明を主目的としています。

探査機たちを水星まで運ぶのが電気推進モジュールのMTMで、MOSIFは水星に到達するまでの間冬眠しているMMOを太陽光から守るサンシェードです。

2014年に仏領ギアナからAriane5ロケットにより打ち上げられ、6年間のクルーズを経て2020年に水星に到達する予定です。ちなみに、BepiColombo計画という名前は、初めて水星に到達したNASAのマリナー10号の軌道を提案したイタリアの天文学者Guiseppe(Bepi) Colombo氏にちなんで名づけられました。


 水星周りの熱環境は、とても苛酷です。太陽に近いため、MPOは地球の約10倍の太陽光エネルギーを受けます。さらに、水星自体も約200℃と温度が高いため水星から強い赤外線のエネルギーを受けることになります。

このような厳しい環境で生き抜くために、MPOの熱設計には色々な工夫がされています。

まず、ラジエーター面(排熱面)以外は殆ど全て特殊な断熱材で覆われています。ラジエーターにはたくさんのフィンがついていて、水星からの赤外線のエネルギーがラジエーターに入るのを防ぎつつMPOの排熱がきちんと行えるようになっています。

MPOの内部には他の衛星と同じように電子機器が搭載されているのですが、この電子機器が発生する熱は100本弱(多い!)のヒートパイプによりラジエーターに運ばれます。ヒートパイプというのは、もともと宇宙用に開発され現在ではパソコンにも使われている、とても効率的に熱を運ぶ(熱伝達率が非常に大きい)パイプ状のデバイスです。

(ここで宣伝:ISAS一般公開の「先進型熱制御デバイス」ブースで、ヒートパイプがどんなに凄いのか体験できます!来年はぜひ私たちのブースにお越し下さい)


 ESAやヨーロッパのメーカーのエンジニアたちは頭を悩ませながら工夫をこらして熱設計を完成させたのですが、本物のMPOを作る前に、まずは本当に設計がうまくいっているのかどうかを、模型を作って水星の熱環境上で確かめなくてはなりません。

とはいえ実際に水星に行くわけにもいかないので、地球上の設備を使って水星の環境を作り出して、そこに模型を入れて、模型の各部分の温度を測定する試験を行います。これを熱試験と呼びます。(地球周回衛星でも同じようにして熱試験を行います)

熱試験は熱設計エンジニアにとって非常に大切な試験です。熱試験を行うまでは数値シミュレーションを使いながら設計を進めるのですが、このシミュレーションが正しいかどうかも確かめる必要があります。設計やシミュレーションが正しいかどうか、きちんと判断できるような内容の試験にしなければならないのです。


 MPOの熱試験は、オランダにあるESAの施設ESTEC内のLSS(Large Space Simulator)で行われました。

熱試験を行う上で重要なのは、宇宙の熱環境 ー 真空で、太陽がある以外はとても冷たい ー の中で試験を行うことです。LSSはこの環境が作り出せるようになっていたのですが、さらに、水星の環境、つまり地球の10倍の太陽光エネルギーを作り出すために大幅な改修を行いました。

太陽光エネルギーを模擬するために波長のよく似たキセノンランプを使うのですが、このランプを19個並べてその光を集光させたのです。おかげで3m立方近い大きさのMPOに、水星周回軌道にいる時と同じ強度の太陽光を当てることが出来ました。


 今回の熱試験では、太陽光(ランプ光)に対して色々とMPOの姿勢を変えて試験を行いました。これは、水星に到達するまでの間の熱環境での試験や、水星軌道上で通常は安定しているMPOの姿勢が失われるという異常事態を想定した試験なども行ったためです。試験ケースを合計すると何と9ケース、延べ2週間近く試験をしていました。

熱試験は温度を測定する試験と述べましたが、温度が変化しなくなるまで待ってから測定を行います。そうすると大体1ケースにつき1〜2日はかかってしまうのです。


 試験は決して順調ではありませんでした。ヒートパイプが機能しなくなってしまったり、試験の途中で

「このままランプを使い続けるとランプが壊れてしまう」

ということが判って大騒ぎになったり…。

しかしどの問題もエンジニアたちが知恵を出し合って解決していき、最後は試験を成功裏に終えることができました。(ヒートパイプはMPOの姿勢を変えることで機能が復活し、ランプは出力を落として使うことになりました。)

私は試験の途中で日本に帰らなくてはならなかったのですが、帰るのが惜しくなるくらい interesting で exciting な試験でした。


 来年の夏には、私が開発に携わっているX線天文衛星ASTRO-Hの熱試験が行われます。今はまだ試験の準備をしているところですが、試験をするのが今からとても楽しみです。


(岩田直子、いわた・なおこ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※