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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第371号

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ISASメールマガジン   第371号       【 発行日− 11.11.01 】
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★こんにちは、山本です。

 相模原も朝晩はだいぶ涼しくなりました。それでも日中は半袖でも大丈夫です。

 昼間の暖かさに油断して薄着のままでいると、夜になって寒くなり風邪を引いてしまう人もいるようです。

 もう若くはないので 気をつけないと……

 今週は、大気球研究系の井筒直樹(いづつ・なおき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:行きはよいよい帰りは…
☆02:「あかつき」の現状と金星再会合に向けた軌道制御運用について
☆03:宇宙学校・とうきょう ー宇宙に夢中!ー(11月3日)
☆04:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:行きはよいよい帰りは…


 大気球を用いた観測・実験(ISASの大気球については何度か本メールマガジンに登場していますのでそちらをご覧下さい)が行われている北海道・大樹航空宇宙実験場内の大気球指令管制棟の4階に受信管制室があります。

その中には、テレメトリ受信とコマンド送信を受け持つ人たちのほかに、飛翔や回収の管制を行う人たちがいます。管制といっても、気球はいったん上空に放たれてしまえば、風に乗り風のなすがままに飛んで行くだけじゃないのと思うでしょう。でも少し違います。


 日本の夏(6〜8月)では、実験場から上昇を始めた気球はまもなく太平洋に出て、まずは最大時速200kmの偏西風に乗って東の沖合に進みます。その後、成層圏の高度25km位まで登ると進行方向が180度変わり、最終的に高度35km前後の高度で時速40km位のゆっくりとした東風に乗ります。

普通は、この最高高度で飛翔している帰り道に色々な観測が行われます。そして、十勝沿岸に近づいたところで、海上に降下させて船で回収するという段取りになります。


 私たちは、搭載観測器のユーザの要望する飛翔高度と飛翔時間にできるだけ応えるとともに、安全・確実・迅速にゴンドラや気球を回収することが求められています。そのためには、気球がどういう経路をとって飛ぶかをあらかじめ予測して飛翔計画を立て、万一実際の飛翔航跡が予定コースからはずれた場合には、何とかして進路を戻さないとなりません。そうしないと、船で着水点まで行くのに非常に時間がかかったり、あるいは回収できる範囲を越えたりする恐れもあります。


 そのために気球に備えられている手段は2つあります。一つはバラスト、もう一つは気球の中のヘリウムガスを排気するための弁です。

弁を開けることで気球の上昇速度を落とすことや0にすることも、逆にゆっくり降下させることもできます。上昇速度を0にしても、バラストを落とせば再び上昇させることができます。また、バラストはゆっくり降下中の気球の降下をストップするためにも使われます。


 このように水平方向のコントロールは全くできないけれど、上昇・下降速度の調整はできますので、高度によって異なる向き・速さの風が吹いている場合には、飛行進路の制御が可能になります。けれども、バラストは、基本的に、行きに気球の上昇を1回だけ止め、帰り道でゆるやかに降下中の気球を2回ほど止めるだけの量しか積めません。

熱気球のように上がったり下がったりして風をつかまえることは不可能で、登りも降りも1回限りで後戻りはできません。


 ガスを排気する弁の方はどうかというと、対流圏では素早く気球の上昇速度を制御できますが、成層圏の高度35kmともなると数十分かけてやっと毎秒1m程度の降下速度しか生み出せません。


科学観測用の気球は薄いポリエチレンの膜で作られ、国産の気球の容積は最大50万立方メートルほどです。ちょうど霞ヶ関ビル1杯分に相当します。

ちょっと古かったでしょうか、今ではどのビルのことかもわからない人が多いでしょう。東京ドームなら0.4杯ほどです。

つまり、たとえるなら、東京ドームのてっぺんに直径数十cmの小さな窓があって、この小穴からドーム全容積の5%ものガスを抜くと、やおら気球は降下を始めると想像してもらえればいいでしょうか。


 気球の進路予測には、気象庁のご協力により使わせていただいている全球モデルによる数値予報などのデータを用います。上昇中の対流圏では驚くほどよく合うので、行きは事前の予測経路通りに飛行し、全く安心していられます。

が、気球が沖合でぐるっと回って帰途につき、高度30kmを越えたあたりから、だんだん怪しくなってきます。しだいに予定進路からはずれていきます。しまいには、そのままの進路では回収に黄信号が点ります。


 ここで2つの方法の内のどちらかを選ばなければなりません。

第1は弁を開いて気球の高度を下げることです。これには先に説明したように結果がでるまで時間がかかります。また、今より下の高度に帰還するのに適当な風がないと予想される場合には使えません。

第2は予備のバラストを放出してさらに上の高度を目指す方法です。上の風が予測通りかどうかは実際に行ってみないとわかりません。いったん上がってしまうと、また同じ高度に戻ってくるのには相当時間がかかりますし、そのころには降下を止めるためのバラストも尽きています。


 成層圏の東風は、弱い場合には高度・場所によって風向・風速が変化しますし、バラストは反応が速いので結果もすぐに出ます。でもチャンスは1回限り、良い条件の高度を通り過ぎるわけにもいきません。

行きの上昇中に各高度の風の様子を見ながら、帰り道でとるべき手段を考えるのですが、毎度、いざとなると、登るべきか降るべきか迷います。その間に、どんどんコースをはずれていくと背筋が凍りつきます。


 気球は進路が変わるまでに時間がかかります。それは、気球の図体が巨大で慣性が大きいためです。良い風をつかまえられるはずとわかってはいても、目に見える変化がなかなか現れないので、ひたすら辛抱する時間帯です。

やっと向きが変わって再度帰還コースに乗った時には一瞬気が抜けます。でも油断は禁物、風は気まぐれ、何時豹変するとも限りません。洋上で待機している回収船に手が届く距離まで戻ってくると、ドキドキタイムは終了。

夜中から作業していますから、ここらで睡魔に襲われます。


 いずれこんな巨大な気球でもちゃんとした飛行制御ができる時代が来るでしょう。その時は昔の気球人はけっこう無茶をしていたと思われるだろうな。


(井筒直樹、いづつ・なおき)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※