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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第369号

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ISASメールマガジン   第369号       【 発行日− 11.10.18 】
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★こんにちは、山本です。

 例年なら キンモクセイが香りだす頃なのですが、相模原キャンパスのキンモクセイは、先週に花が咲ききって 足下の地面をオレンジに染めていました。

 16日の関東地方は、真夏日になった所もあり、毎日季節が入れ替わっているようです。

 連休終わりまで静かだった相模原キャンパスも急に人間が増えたようです。
IAC(International Astronautical Congress:国際宇宙会議)で 南アフリカのケープタウンに出張していた大勢が帰ってきたからです。

 どうりで、電話しても捕まらない人が沢山いた訳だ

 今週は、宇宙農業サロンの山下雅道(やました・まさみち)さんです。
日曜日に放映された番組をご覧になった方も多いのでは?

── INDEX──────────────────────────────
★01:堅くて難しい科学と福島のはなし
☆02:星空の砂金採り 〜「あかり」による世界最大の小惑星カタログ
☆03:はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:堅くて難しい科学と福島のはなし

 原発事故により汚染された福島で、宇宙農業研究の成果を活用して なんとか豊かな大地を取り戻せないかと活動してきた。
(⇒ ISASメールマガジン第342号:原発事故の荒野をヒマワリで埋めよう

 そのひとつとして、ヒマワリによる放射能除染を提案し 小規模な実験をおこなったのだが、試した4品種についてはさほどの能力をしめさず、かえって雑草やキノコのいくつかに高いセシウム取り込み能力がみられた。引き続き、ヒマワリの他の品種や他の植物種、さらに取り込みを促進する条件について調べたり、放射性廃棄物となる植物やその残体の安全な処理について実証試験をして、えられた技術情報を関係機関に提供しようとしている。

詳しくは宇宙農業のウェブページをごらんいただきたい。
新しいウィンドウが開きます 宇宙農業サロン


 放射能汚染に苦しむ福島の方々の期待をふくらませたのに それにまだこたえられないでいることを おわびする。


 今回のメールマガジンは、すこし堅くて難しいはなしにおつきあいいただきたい。重すぎて、話のオチもないことを はじめにお断りしておく。


 宇宙の膨張のぐあいが速まっているという発見が2011年のノーベル物理学賞にかがやいた。生命は地球のうえでおそらく38億年前にははじまり、進化してきた その速度はますます加速している。

 地球上の生物にはさまざまな苦難がふりかかり 幸運にもそれをことごとく乗り越え生命は持続し、苦難を逆に奇貨として進化もしてきた。


 ヒトはチンパンジーなど類人猿との共通祖先からおよそ800万年前にわかれた。カタカナ書きのヒトから人間らしい風貌となったのはおよそ1万年前、温暖な気候が続き いろいろな試行錯誤をへて農業を発明し、一人が一人以上の食料を安定して生産できるようになったことによる。

 その結果、ひときわ好奇心の強いことを種としての特徴とするヒト・人間は 余分なことができる資源をえた。


 その余録のひとつは学者という職業がうまれたことであり、宇宙をみる天文学は一番古い学問となった。天文学は暦をつくり農業と人類の文明の発展をたすけた。

 200−300年前におこった産業革命は近代科学を基盤にして進んだ。近代科学は、宗教との対立のなかで西洋の近代的自我の確立とともにその基礎が固められた。宗教と科学の対立は、米国の生物学の教育での進化論と(神による)創造説のせめぎあいでもわかるように いまでも続いている。


 ところで、日本には近代科学が「産業興国のための科学」として西欧から移入された。「お金になる科学」として受容され、高度経済成長のはてに公害などの負の側面があらわれると、科学・技術への不信がまきおこった。とどめは福島原発事故かもしれない。

 科学とはそもそもなにか、人間の選択する価値の体系と科学はどのように関連し、あるいは別物なのかを反芻するよりも、これでは科学の終焉のほうが先にきてしまいそうだ。 


 福島に突然ふりかかった災難に、科学の言葉をまとって 善意から発するのかもしれないが 疑似科学のさまざまな働きかけがされている。ワラにもすがる被災者にさしのべられる疑似科学には、少しの科学的知識と冷静な判断があれば その猥雑さをみやぶることのできるものが多い。

 たとえば

バクテリアが放射性核種セシウムを吸収して別の核種たとえばバリウムに変換するとか、

光合成細菌がガンマ線を利用して増殖するとか、

コメの研ぎ汁の乳酸菌発酵液を飲用したり吸入すると体内の放射性核種が排出されるとか、

ホットスポットの地面にほどこすと放射能が消えるとか

疑似科学の例はあげるときりがない。

そして、科学にもとづくことなく低線量・体内被曝への過度な恐れが喧伝されたりもしている。

 放射能対策としていわれるなかには、あきらかに人の健康への害の懸念されるものもある。


 科学とは作業仮説をたてその正否を検証する手続きとみることもできる。反証可能性や再現性を科学の条件とすることもできよう。反証を拒絶する主張や あるいは一回きりしか生起しない現象の記述は科学とはいえない。

「学説や科学法則から演繹されるところと合致しないから疑似科学である」

ということではない。疑似科学ときめつけられる現象のなかには科学から説明できる現象も一部にあるだろう。

 たとえばバクテリアの産生する有機酸が粘土鉱物からセシウムイオンを遊離させ、水の浸透により土壌表面からセシウムイオンが深く移動・拡散し、そこでの空間線量率を減少させる効果があるかもしれない。


 そのような作業仮説をどんな方法で確かめるのかを同僚科学者と合意したうえで実験して確かめればよい。検証できた作業仮説がいくつも積み重なれば、科学の系譜のなかに組み込まれる。


 科学者の言説が結果として原発を擁護する気味をおびれば「御用学者」とか「エア御用」のラベルが貼られる。

 科学者の処世として、この混乱する状況に沈黙をまもるのがよいのだろうか。

 産業興国のための科学のうらがえしとして放射能の恐怖をいたずらにあおればよいのだろうか。

 科学者の責任は、科学と疑似科学を峻別し、かつて科学が宗教と対峙しながら確立した過程を 疑似科学への対峙におきかえてたどることだろう。この試練を経ることによって 本来の科学をはじめて日本にしっかり根付かせることができる。

「福島で放射能に克ち、科学をとりもどし、福島からみどりの世直しを」

という合い言葉のもとに、宇宙農業や宇宙科学がそれにいくばくかの寄与ができればと 老骨にむち打つ日々をすごしている。


(山下雅道、やました・まさみち)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※