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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第347号

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ISASメールマガジン   第347号       【 発行日− 11.05.17 】
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★こんにちは、山本です。

 先週は梅雨の走りのような天候でした。震災で地盤が弱くなったり、沈下している被災地は大丈夫だろうかと心配していました。

 これから梅雨や台風のシーズンです。安心して暮らせる住宅が、一刻でも早く出来るように願っています。
 今週は、固体惑星科学研究系の安部正真(あべ・まさなお)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:「はやぶさ」サンプルの現状
☆02:相模原キャンパス展示 臨時休館のお知らせ 5月23日(月)
☆03:ISASサイトの更新
☆04:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:「はやぶさ」サンプルの現状

 「はやぶさ」が地球に帰還してからまもなく1年がたちます。カプセルが無事回収され、カプセル内のサンプルキャッチャーの中から採取された微粒子は、イトカワ起源だと判断されました。

 その後「はやぶさ」のサンプルはどうなっているのか。今回は、イトカワ起源粒子同定の舞台裏と現在の状況についてお伝えしたいと思います。


 「はやぶさ」が持ち帰ったサンプルはとにかく小さいです。最大の物でも0.1mm程度です。サンプルキャッチャーの内部を、高純度窒素で満たされたクリーンチャンバーの窓越しに、初めて目視で確認した時は
「何もない!」
といった印象でした。

 小惑星表面に弾丸を撃ち込んで飛び散る破片を捕獲するという、計画された手順が実施されていなかったと予想はしていましたが、それでも小惑星表面に着地した際に舞い上がった砂がそれなりに入っているのではないかと期待していました。その期待が裏切られた瞬間ではありましたが、幾度も困難を乗り越えてきた「はやぶさ」です、簡単には諦めるわけにはいきません。


 我々は必死に粒子を探し続けました。0.01mm程度の大きさまで見ることのできる光学顕微鏡で観察しながら、キャッチャー内部に微粒子を見つけました。


 しかし、この程度のサイズの粒子となると、打ち上げ前に混入した地球物質かもしれませんし、サンプルキャッチャーの部品から発生したゴミかもしれません。あわてて発表して、後で間違いでしたということは許されません。ゴミなのかお宝なのかを判断するためには、まず微粒子の組成を調べなければなりません。そこで、我々は、ピックアップした粒子を電子顕微鏡で観察することにしました。


 電子顕微鏡は光学顕微鏡よりも更に細かい0.001mm以下のものも観察することができます。さらに観察したもののおおまかな元素組成を調べる機能を付けてあります。最初に確認した粒子の組成はアルミでした。これはキャッチャー内壁にコーティングしているものと同じ組成であることから、地球物質であると考えました。
「やはり粒子はないのか」
そういった気持も駆け巡る中、それでも、まだ諦めてはいけないという気持ちを持ち直し、粒子の探索を続けました。


 我々は、粒子の確認作業の効率をあげるために、テフロン製のヘラでキャッチャーの内部を掻き取って、ヘラ先についた粒子を一度に電子顕微鏡で観察する方法をとりました。この作業で約3000粒の粒子の付着を確認し、その半分程度が岩石質の組成を持つ物質であることが分かりました。最初に確認した岩石質の粒子はかんらん石でした。元素組成のグラフにマグネシウムやシリコンの元素があることが示された瞬間、
「地球外物質かも」
という期待が持てました。しかし、かんらん石は地球にも存在する鉱物です。打ち上げ前に紛れ込んだ地球物質かもしれません。即断はできません。さらに輝石や斜長石も見つかりました。輝石や斜長石も地球によく存在する鉱物です。ただし、カンラン石や輝石の中の鉄とマグネシウムの存在比は地球でよく見つかっているものよりも、隕石で見つかっている値に近いものでした。


 さらに、分析をすすめていくと、硫化鉄や鉄ニッケル合金も見つかりました。これらの鉱物や金属は地球には稀で、これらが見つかった時点でキャッチャーの中にある粒子には隕石物質と同じ物質があると確信しました。


 最終的には約1500粒の分析を行い、それらの鉱物種の存在割合や組成を総合的に検討して、ヘラ先についた岩石質の粒子のほとんどがイトカワ起源の粒子であると判断しました。単に地球外物質とせずにイトカワ起源と判断したのは、小惑星近傍滞在中に観測した近赤外線分光器や蛍光X線スペクトロメータといった、探査機搭載の観測機器が収集したデータから推定されていた表面物質に対応する隕石種と、ヘラ先の粒子を一つの岩石のかけらとして考えたときの組成が、どちらも普通コンドライト隕石であるという点で一致したからです。


 さて、ヘラ先の粒子がイトカワ起源粒子だと判断はできたのですが、この粒子のほとんどは0.01mm以下のサイズで、電子顕微鏡から取出してしまうと、一粒一粒を個別に認識して、ピックアップすることができません。このままではその後の初期分析や詳細分析に回せないのです。何とかしなければなりません。


 一方、キャッチャーはA室とB室という二つの部屋に分かれていて、次のB室を観察するためにはキャッチャーを一度上下反転させる必要がありました。上下反転させる作業において、これまで観察していたA室内の粒子が移動してA室の蓋に付着する可能性があったため、一度蓋をして反転した後、再び元の状態に戻して、蓋に何か付着していないかを確認しました。

 また反転している状態ではキャッチャーの容器を外部から軽くたたくという動作も行い、キャッチャー内面に弱い力で付着している粒子を積極的に蓋に落とすということも考えました。


 果たしてこの作戦がうまくいき、蓋には0.01mm以上の粒子が1000個程ついていることが分かりました。この蓋に付着した粒子を一度に直接電子顕微鏡で観察することはできないのですが、光学顕微鏡でも見える大きさである為、一粒一粒ピックアップを行いつつ、専用のホルダーに入れて、電子顕微鏡を用いた組成分析を行っています。現在この分析を行った粒子の中から初期分析に回す粒子を選んでいます。


 これまでに、キャッチャーの中から直接回収したり、ヘラを用いて回収したものも含めて、150粒程のピックアップが終わり、そのうち50粒程度を初期分析に提供しています。

 初期分析は事前に選抜された国内の大学等研究機関の分析チームを中心に行われています。1月下旬から始まり、4月までに一通りの分析チームに提供を行うことができました。まだ論文として公表できるだけの成果にはなっていませんが、JAXA内では実施できない、様々な分析装置や分析技術を用いて、いろいろな観点で考察が行われ、「はやぶさ」が持ち帰ったサンプルが地球外物質であり、地球に落ちてくる隕石としては普通コンドライトと同じものであるという確証がさらに高まっています。


 現在までに得られた結果はこれまで多くの研究者が予想してきたことが確かめられたという結果がほとんどです。しかし、これまで多くの科学者がどうやっても確かめることができなかったことを、「はやぶさ」が地球に持ち帰った貴重なサンプルを分析することで初めて確かめることができました。研究者としては非常に喜ぶべきことなのです。

 さらに、持ち帰ったサンプルは、隕石とは異なり、地球大気の汚染をほとんど受けていない物質です。隕石では、大気突入の際やその後の地球物質と触れることにより消失してしまっている情報も、「はやぶさ」の持ち帰ったサンプルから抽出できることが期待されています。


 持ち帰ったサンプルの分析から、イトカワの表面における年代やイトカワが形成される前の状況なども見えてくると期待しています。隕石の分析から読み解く情報と違い、イトカワという太陽系の中の特定できる場所(天体)から得られる情報であることから、様々な情報を組み合わせて、分析の結果を解釈することができます。

 得られた情報を通して、小惑星の形成過程やその後の太陽系での出来事が紐解かれ、太陽系の形成シナリオに新たな情報が加わることになります。今までのシナリオを支持するデータが得られるのか、矛盾するデータが得られて、その矛盾を説明する新たなシナリオの作成をする必要が出てくるのか、研究者はワクワクドキドキしているところです。


 現在進められている初期分析は、まだ「はやぶさ」サンプルの全体的な特徴を記載する目的で行われています。本当の詳細な分析は今後公募分析で行われます。

 現在公募分析に供するための粒子のピックアップも並行して行っています。公募にかける前には初期分析と同じように電子顕微鏡での観察も行い、おおよその素性は調べておく予定です。

 これまで初期分析に分配した粒子も含めて150粒程度の粒子をピックアップしました。がんばってあと100粒くらいはピックアップして、その一部を公募分析などに提供したいと考えています。

 貴重な「はやぶさ」のサンプルを、汚さないように無くさないようにと、毎日緊張の連続ですが、ドキドキワクワクしながら作業を続けています。

(安部正真、あべ・まさなお)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※