宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASメールマガジン > 2010年 > 第323号

ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第323号

★★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ISASメールマガジン   第323号       【 発行日− 10.11.30 】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★こんにちは、山本です。

 2010年新語・流行語大賞の候補語60語に 「はやぶさ」がノミネートされています。大賞発表は、明日12月1日です。どんな結果になるのか楽しみです。

 今週は、赤外・サブミリ波天文学研究系の村上 浩(むらかみ・ひろし)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙の極低温冷却のはなし
☆02:あかつきくん・きんせいちゃんを作って軌道投入を応援しよう!!
☆03:内之浦宇宙空間観測所特別公開
☆04:第4回宇宙旅行シンポジウムのご案内
☆05:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
───────────────────────────────────

★01:宇宙の極低温冷却のはなし

 現在運用中の赤外線天文衛星(天体が出す赤外線を観測する衛星)「あかり」は、口径約70cmの天体望遠鏡を搭載しています。普通の望遠鏡と違うのは、望遠鏡全体が−267℃という低い温度に冷やされていることです。私たちの体も含めて身の回りのものは、みな強い赤外線を出しています。遠い天体からやってくるかすかな赤外線を観測しようとするときに、望遠鏡自身が赤外線を出していては観測できません。これを防ぐには望遠鏡をずっと低い温度に冷やしてやる必要があります。それに加えて赤外線の検出器は、極低温に冷やすとはじめて高い感度で働くようになります。それで望遠鏡に取り付けられた観測装置(その中に赤外線検出器が入っている)も一緒に冷やします。

 「あかり」衛星の場合には、−271℃という極低温の液体、超流動液体ヘリウムを満たすタンクを備えており、これで望遠鏡と観測装置を冷やしています。液体ヘリウムタンクと望遠鏡や観測装置は、中を真空にした容器に納められます。これは魔法瓶と同じで、打上げ前の地上にあるときに、空気を伝わって周りの暖かいところから熱が入ってきてしまうのを防ぎます。ここで問題は、どうやって冷たい部分を支えるか、です。暖かい外側の容器から頑丈な金属の柱で支えると、それを伝わって熱が入ってきます。液体ヘリウムは激しく沸騰して、すぐに蒸発してなくなってしまうことになります。熱を伝えにくい材料を使って、細い、あるいは薄い柱で支えれば良いのですが、それではロケット打上げのときの振動や衝撃に耐えられません。私も小さな観測ロケットに極低温に冷却した装置を積むために大変苦労した経験があります。
この難しい問題にすばらしい答えを出したのは、アメリカのNASAが中心となって打上げた、世界で初めての赤外線天文衛星IRASでした。IRAS衛星では、極低温に冷やされた部分は、繊維強化プラスティックのベルトで、暖かい容器の外壁から吊られていました。繊維強化プラスティックは熱伝導が少ない上に引っぱり力には大変強く、薄いベルトでも容器の壁から強く引っ張って中身をしっかり支えることができます。「あかり」でもこの方法が使われました。

 「あかり」の冷却容器は、このようにIRAS衛星の遺産を受け継いだのですが、さらに一歩進んだものになっています。IRAS衛星の工夫のおかげで冷却された部分に侵入してくる熱は大きく減らせたとはいえ、少しは入ってきて液体ヘリウムを蒸発させます。少しでも侵入してくる熱を減らして、少ない量の液体ヘリウムで長く冷却を続けられるようにすれば、それだけ人工衛星の重量は減らせますし、液体ヘリウムタンクが小さくなれば、その分だけ大きな望遠鏡を積むことができます。「あかり」では様々な工夫がなされましたが、重要なものの一つが冷凍機を使うことでした。「あかり」ではスターリングサイクル冷凍機と呼ばれるものが使われ、侵入してくる熱が液体ヘリウムに入る前に外へ汲み出して捨て、液体ヘリウムを守ります。これらの工夫により「あかり」では、例えば前にあげたIRAS衛星と比べると、3分の1以下の液体ヘリウム(量としては約170リットルです)で2倍くらい長く(約1年半)観測を続けることができました。
冷凍機を使うと、もう一つ良いことのおまけがついてきます。液外ヘリウムが全部蒸発してなくなってしまってからも、冷凍機だけで望遠鏡や赤外線検出器を冷やすことができることです。「あかり」の場合には、液体ヘリウムの−271℃には及ばないものの、−230℃くらいまで冷凍機だけで冷やすことができ、一部の赤外線検出器は観測を続けることができます。実は現在の「あかり」はこの状態にあります。(「あかり」の冷凍機は目標の寿命を大きく越えて働き続け、最近はちょっとへばってきたため心配していますが、この話はまた別の機会に。)

 宇宙で使う冷凍機は、世界に先駆けてJAXAで様々な開発が進み(ちょっと自慢です)、地球観測や惑星探査のための赤外線検出器の冷却に使われ始め、またX線天文衛星でも一部のX線検出器の冷却に使われるようになりました。私が関わる赤外線天文衛星でも、「あかり」の次の計画(SPICA計画)では液体ヘリウムはいっさい使わず、冷凍機だけで液体ヘリウムと同様の温度まで望遠鏡や赤外線検出器を冷やすことになっています。これについてもいろいろな話があるのですが、ちょっと長くなりすぎるので残念ながらこの辺で。

(村上 浩、むらかみ・ひろし)

あかりプロジェクトサイト
新しいウィンドウが開きます http://www.ir.isas.jaxa.jp/ASTRO-F/Outreach/

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※