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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第321号

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ISASメールマガジン   第321号       【 発行日− 10.11.16 】
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★こんにちは、山本です。

 今週は、配信時間を遅らせてビッグニュースをお届けします。ご期待どおり、「はやぶさ」カプセルの新情報です。

 また、お知らせにもありますが、21日(日)は、キャンパス電気設備点検のため、7時〜20時の時間帯でウェブサイトを停止します。

 今週は、宇宙探査工学研究系の坂東信尚(ばんどう・のぶたか)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙機制御へのいざない
☆02:「はやぶさ」カプセル内の微粒子、イトカワ由来と判明!
☆03:お知らせ:11月21日(日)相模原キャンパス見学 臨時休館
☆04:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:宇宙機制御へのいざない

 宇宙研に来て6年目になりました。6年目というと、そろそろ(というよりとっくの昔に)新人とは言えない歳ではありますが、このぐらいの世代からみた宇宙機(人工衛星や探査機)の姿勢制御が何をしているかを今日は書きたいと思います(もっと詳しい話や実は私が見えていない話は実は多々あるかもしれませんが、それは追々先輩方に書いてもらうことにして、私からはざっくばらんに書いてみたいと思います)。因みに宇宙機の「姿勢」というのは宇宙機の「向いている方向」と同じ意味です。

 一言で制御と言いますが、実はこの言葉は分野や業界によって大分意味の幅が変わってきます。また、皆さんの身の回りにある大概の物は制御技術が使われていると言っても過言ではありません。身近に動くものでいえば、車、列車、エレベータ、自動ドア、ロボットなどは容易に制御技術が使われている例として挙げられますし、実際に動かないものでもお風呂のお湯の温度、一見制御技術が使われていないと思われる分野でも、携帯電話などプラスチックを形作る射出成形機、集積回路を作る半導体露光装置なども実は制御技術が相当使われています。

 このような制御という分野を高校や大学の学科から見てみると、同じ制御でも扱う対象が違うことで、機械、電気・電子、航空宇宙などの学科で習うことになります。

 ただ、学問としての制御というのは基本的には同じ出発点から勉強を始めて、勉強を進めるにつれて、その分野に特化した、もしくは得意な制御手法を学ぶことになりますので、学科が違っても習うことはそうは違いません。制御というのは、ある操作したい量を目標の量に近づけるための技術だと思えばわかりやすいと思いますが、エレベータであれば目標の階の入り口にぴったりとエレベータの箱を止めるため、ロボットであれば関節の角度を30度なら30度にぴったりと曲げるための技術になります。そういった意味では、車や列車というのは操縦者がいるので完全に自動制御ではありませんが、アクセルの踏み(回し)具合といった操縦者の指令に加速や減速で近づけるという意味ではもちろん同じように制御技術が使われているのが理解できると思います。

 こういった制御というのは先ほど書きましたように、どの分野・対象だからと言ったものではなく、お風呂の温度から宇宙機の姿勢まで全て同じ技術(狭い意味での制御設計)になります。ただし、広い意味で制御設計という場合には、お風呂のお湯の温度をあげる、もしくは宇宙機の姿勢を30度回転させるための技術だけというわけではなく、
どのような機器によって、どのくらい細かく正確にその制御を実現させるか?
その方法は本当に安全か?
故障した時に安全な状態で止まっているか?
といったことも考えなくてはいけません。

 ロボットや車を考えるとわかりやすいと思いますが、
ロボットであれば、どんなモータを使えば歩くことができるか?
人間の近くで働くロボットであれば、人間の横で動いても安全か?
という議論が必要になりますし、自動車に関しては故障すれば大きな事故につながりますから、
本当に故障しないか?
故障しても事故が起こらないようになっているのか?
といったことも考えないといけません。おそらく多くの時間と労力がそういった議論に費やされるのだと思います。制御設計という言葉が、学校で習う狭い意味での制御設計に加え、いざ世の中に出る場合には様々なことを考えないといけないというのが理解できると思います。

 それでは、宇宙機の姿勢制御がどのような議論や検討を行って実現しているのかを簡単に紹介したいと思います。

 まず、その宇宙機の目的を達成するためにどのくらい細かく正しく姿勢を制御する必要があるか考えないといけません。これを元に、どんな機器を使えば、その目標を達成できるか考えることになります。実際にセンサやアクチュエータ(力やトルクを出すもの)が無ければ新たに開発する必要もあります。また、宇宙機は一度宇宙空間に飛ばしてしまったら、どんな時でも触わって修理することができません。当たり前と言えば当たり前ですが、この制約のために、
宇宙機には一つ一つの機器について
バックアップの機器を載せるかどうか?
試験は十分に行われているか?
といった議論が十分な時間を使って続けられます。

 この試験についても宇宙機については一筋縄ではいきません。実際に全ての機器がそろったら、本当に思った通りに動くか試すわけですが、ここで難しいのは地上で試験をする場合には宇宙空間のように無重力ではありませんので、実際に宇宙機を宇宙空間と同じように回しながら試験することがほとんどできないということです(注:不可能ではありません)。そこで本当の宇宙機と同じように動くシミュレータ(計算機内の数式)を用意して、本物の宇宙機の制御プログラムとそのシミュレータをつなげて確認をします(実際に宇宙空間にいるように思わせるようなものです)。ただ、これでは本物のセンサやアクチュエータを使わない試験になってしまうので、実際にセンサやアクチュエータをつなげる試験ももちろん行います。ただし、このときは先程書きましたように実際の衛星の動かすことができませんので、センサであれば使うべき範囲の値が見られるか、アクチュエータであれば使うべき範囲の力やトルクを出すこ とができるかのチェックを行います。

 なるべく実際に使用する状況・環境で本物を使った試験をすることが望ましいですが、こればかりはどうしようもないので、できる範囲の試験を組み合わせて、本物・実環境での試験と同等の試験をするといった具合です。

 宇宙機の姿勢制御をだいぶ省略して書いてしまいましたが、こう考えると始めに書いた学校で習う狭義の制御設計はほとんど登場しないように思われるかもしれません。しかし、やはり実際に宇宙機の姿勢制御を行った場合には、結果に出てくる姿勢情報やセンサ情報はその制御設計に依ったものが直接見られます。また、これは制御設計に限った話ではありませんが、実際に自分が設計した物が設計した通りに動くというのは、何とも言えない達成感が感じられるものです。

 われわれ姿勢制御の分野では、宇宙機を自分の手足のように自由に動かせるようになりなさい、と常々言われます。「宇宙機制御へのいざない」と偉そうに書いてしまった私ですが、始めに書きましたようにまだまだ修行が足りないひよっこの身です。それこそ自分に手足があることをやっと知った子供のようなもので、これからいろいろな経験を通じて、なるべく早く宇宙機を自分の手足のように動かせるようになれればと願う今日この頃です。また、この文章を通じて、皆さんに宇宙機の制御を身近なものに感じていただいて、 宇宙機の制御をやってみたい!
制御の勉強を始めてみたい!
と思っていただければ幸いです。

補足:
 姿勢制御系といった場合には、姿勢を動かすだけでなく、姿勢決定系という宇宙機がどの方向を向いているのか判断する(決める)方法も含まれます。
今回は触れずに書きましたので、何かの折には姿勢決定系についてもお話できればと思います。

(坂東信尚、ばんどう・のぶたか)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※