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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第319号

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ISASメールマガジン   第319号       【 発行日− 10.11.02 】
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★こんにちは、山本です。

 このところ、12月初めの気温の日があり、10月だというのに暖房を入れてしまいました。もう少し暖かい服装にすればいいのですが、雨の日が続くので、冬物の支度がノビノビになっています。エコのためには 早く冬支度をしなければ

 今週は、宇宙環境利用科学研究系の丸 祐介(まる・ゆうすけ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:将来の再使用宇宙輸送における水素の技術
☆02:田中靖郎宇宙科学研究所名誉教授、文化功労者に
☆03:金星探査機「あかつき」搭載カメラで「いて座」を撮像
☆04:宇宙学校・とうきょう 〜宇宙に夢中!〜(11月3日(水・祝))
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★01:将来の再使用宇宙輸送における水素の技術

 先日、米国ニューメキシコ州に建設中の民間宇宙港「スペースポート・アメリカ」の滑走路の公開とヴァージン・ギャラクティック社が開発を進めているサブオービタル宇宙船(ホワイトナイト2とスペースシップ2)のフライオーバーに立ち会う機会を与えていただきました。全長3キロメートルの滑走路に、宇宙船が実際に降り立つ姿は、宇宙旅行時代が本当に間近に迫ってきていることを感じさせるものでした。

 アメリカでは、ヴァージン・ギャラクティック社以外にも、いくつかの宇宙ベンチャー企業が、それぞれのコンセプトをもって完全再使用の宇宙船を開発していますが、さしあたってのミッションは、高度100km程度まで上昇し、帰還するサブオービタルと呼ばれる宇宙飛行であり、地球軌道を周回するオービタル飛行ではありません。再使用宇宙船でサブオービタル飛行からオービタル飛行へ移行するには、技術的にいくつかの高い壁があり、それらを越えるための飛躍が必要になります。例えば、より軽量な構造や、高速で大気圏に再突入する際の空力加熱から機体を守るための熱防護方法などが挙げられますが、より加速するための高性能な推進システムも、飛躍が必要な技術のひとつです。

 宇宙輸送のための推進システムを高性能化するためには、もちろんエンジンの仕組みを工夫することがもちろん重要ですが、そもそも使用する燃料に性能の高いものを用いることが定石です。宇宙輸送においては、「燃費」が何にも増して重要ですが、この燃費は、その燃料の物理的・化学的特性によって限界が決まってしまうためです。水素は、軽く、また質量あたりの発熱エネルギーが大きいため、地上からの打上げ用推進機関の燃料としては最高の燃費を誇る燃料です。実際、日本のH-IIAロケットも、アメリカのスペースシャトルも、ヨーロッパのアリアン5ロケットも、その主推進系は液体水素を燃料としています。

 上述のヴァージン・ギャラクティック社の宇宙船では、一段目の母機となるホワイトナイト2は、普通の航空機用のジェットエンジンを普通の航空機用のジェット燃料で駆動し、二段目の子機となるスペースシップ2は、プラスチック系の燃料と酸化剤として亜酸化窒素の組み合わせのハイブリッドロケットで加速します。なぜ、燃料として優れている水素を用いないのでしょうか?

 その理由のひとつは、水素の取り扱い性や運用性の困難さにあると思われます。宇宙船による宇宙旅行がビジネスとして成り立つためには、宇宙船は航空機のように繰り返し短時間で何度も運用される必要がありますが、水素を燃料とした場合、その取り扱いや運用の方法が難しいために、余計な手間がかかってしまい、運用性が低下してしまうのです。

 例えば、貯蔵性の問題があります。水素は常温では気体ですが、気体の状態では機体に搭載するにはかさばってしまうので、-253℃もの極低温にして液体の状態で搭載されます。極低温で貯蔵するためには、タンクを断熱して液体水素が蒸発してしまうのを防ぐ必要があったり、液体水素が通る配管を予め極低温に冷やしておく必要があったり、航空機や自動車の常温で液体の燃料では気にすることのなかったことを気にしなければなりません。また、漏洩の問題もあります。水素は分子が小さいため、漏れやすく、また静電気のような小さなエネルギーでも容易に着火し、さらに上述のように発熱エネルギーが大きいため、一般に危険な気体と考えられています。ガソリンや航空機燃料(ケロシン)も静電気で着火することがあるので、水素だけが危険であるというのは間違っていますが、それでも使い方や扱い方を間違えると危険であることには変わりなく、漏洩のチェックのためにやはり多大な手間がかかってしまいます。

 現在米国で開発されているサブオービタル宇宙飛行でのビジネスを目指した宇宙船は、高頻度で繰り返し運用しなければビジネスとして成立しません。そのため、水素燃料を用いることによる推進性能のメリットを犠牲にして、運用性を確保していると考えることができます。

 現在、地球周回軌道への宇宙輸送は、部分的に再使用可能なスペースシャトルを除けば使い捨てロケットに依存しており、打上げの頻度も全世界で20回程度となっています。我々人類の究極の宇宙輸送は、近々やってきそうなサブオービタル再使用宇宙船の時代のように、オービタル再使用宇宙船が高頻度に繰り返し再使用され、宇宙旅行などのビジネスとして成立する世界です。
上述したように、オービタル再使用宇宙船においては、燃料として水素を用いることが必須となるでしょう。それでは、運用するのが難しい水素燃料を、効率的に、安全に取り扱うためにはどうしたらよいのでしょうか? スペースシャトルでもうまく運用できなかった現在、この問いの答えをまだ誰もやって見せたことはありません。

 いきなりこの問いに対する答えを見せられるわけではありませんが、宇宙研では、オービタル宇宙船が社会に受け入れられる未来を想像し、そのような未来で必須となるであろう水素燃料を取り扱うための技術やシステムの研究を行っています。例えば、繰り返し再使用できる(必要であれば容易に補修できる)断熱材およびその施工方法、配管の予冷につかった液体水素を再びタンクに戻してあげて、液体水素の消費を抑制するシステム、水素の漏洩を正確に検知するシステムなどです。

 この原稿を書き始めたときには、水素を効率的に安全に取り扱うための技術やシステムの研究の詳細をご紹介しようと思っていましたが、もう大分とりまとめのない長文になってきたのでここらでまとめたいと思います。

・最近、米国を中心に宇宙旅行の商業化の動きがあり、もうそろそろ本当に実現しそう。

・この宇宙飛行は、軌道に到達しないサブオービタル飛行である。オービタル飛行に発展するには、技術的にいくつかの壁がある。

・宇宙輸送がビジネスとして成立するためには、宇宙船は当然再使用で、かつそれを高頻度に繰り返し運用することが必要。これはサブオービタルであろうがオービタルであろうが同じ。

・再使用宇宙船でオービタル飛行するには、理論的な効率から、燃料に水素を用いる必要がある。

・水素燃料は、現在は運用性の悪い燃料であり、宇宙輸送がビジネスとして成立するための要件と矛盾する。

・宇宙研では、オービタル飛行が可能な再使用宇宙船が高頻度に繰り返し運用される未来を想像し、そこで必要になる水素を効率的に安全に取り扱うための技術やシステムの研究を行っている
→研究の詳細についてはまたの機会にご紹介させていただければと思っています。


 最後に、宇宙研では、1970年代から液体水素ロケットエンジンの燃焼実験を開始して以来、液体水素を扱う実験を長年実施してきた背景があり、液体水素を扱う実験を遂行するための人員を含む実施環境が整っています。その伝統の恩恵を受け、私たちはハードウェアを伴う形で研究を進めることができています。「私」はこの伝統を受け継ぎ、宇宙研の水素エネルギー技術研究を少しでも発展させて、将来の再使用宇宙輸送に貢献し、また、昨今の「水素エネルギー社会」の構築の動きにも加わって行ければと考えています。

 とりまとめのない長文を読んでいただき、ありがとうございました。

(丸 祐介、まる・ゆうすけ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※