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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第317号

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ISASメールマガジン   第317号       【 発行日− 10.10.19 】
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★こんにちは、山本です。

 ISASメールマガジン315号に掲載しました
【「元気な日本復活特別枠」要望に関するパブリックコメント】は、本日(19日)17時までです。(必着!)

 JAXAでは、はやぶさ後継機 等の事業を、文部科学省施策の中で要望しています。ぜひご意見を政府ホームページ宛にお送りください。
(⇒ http://www.jaxa.jp/info_public_j.html )※募集は終了しました。

 今週は、1年半ぶりの登場です。宇宙環境利用科学研究系の黒谷明美(くろたに・あけみ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:トンネルを掘る話
☆02:宇宙学校・さっぽろ 〜宇宙に夢中!〜(10月23日(土))
☆03:宇宙学校・とうきょう 〜宇宙に夢中!〜(11月3日(水・祝))
☆04:宇宙学校・こおりやま 〜宇宙に夢中!〜(11月28日(日))
☆05:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:トンネルを掘る話

 小学生から大学院生まで、講演やら講義やらで何らかのつきあいがあり、その中で、彼らによく質問されるのは、「どうして今の職に就いたのか」ということである。私が生物学の研究者になるまでは、さほどドラマチックな展開もなく、いつも淡々とストーリーを話すことになるが、改めてそのストーリーの原点に戻ってみると、生きものを観ているのがわけもなく好きだったことが発端である。

 生きもの好きになった背景には、東京都内ではあったが、野原や畑や川などの自然が身近にあって、いろいろな生きものに触れることができたということもあったが、母親も生きもの観察が好きだったということが大きい。へんな虫や気味の悪いトカゲなどを触っても悲鳴をあげたりしなかったし、家に持ち込んだりしても「捨ててきなさい」とは言われなかった。

 ともかく生きものが好きだった私は、生きものに関われる仕事がしたかった。
研究者だけが選択肢ではなかった。

 大学の何学部へ行こうか考えていたときに、1冊の本に出会った。伊藤秀三著「ガラパゴス諸島ー『進化論』のふるさと」である。高校の授業でも集団遺伝学や進化の話が初めて取り入れられた時代で、非常に新鮮に感じ、このような分野の研究がしたいと考えて生物学科に入った。

 大学でも集団遺伝学の授業や実習は興味深いものだったが、細胞生物学の授業で見た1本の映画に心を奪われてしまった。
「生きものは動く Where there is a life, there is a motion」
である。こうして細胞運動を研究する研究室に入ることになった。以降の紆余曲折は字数のため、割愛。

 長い人生の中で、自分の進路・職業を決めるのにはさまざまな要因があると思う。周りの自然環境・母親・本・科学映画、私もいろいろなものに影響された。
 今日は、そんな中で、「本」が進路や職業の選択に与える影響について書いてみたい。


 的川先生から聞いた話である。数年前なので細かなところは覚えていないし、事実と少々異なることもあるかもしれないが、おおまかにはこんな話だった。

 的川先生が、宇宙研内の研究者数人に若い頃読んだ本の中で印象深い本はどんなものだったかを聞いたところ、惑星科学系・探査工学系の研究者のかなりの人数の人(割合まではわからない)が、共通してあげた1冊の本があったという。有馬宏著の「トンネルを掘る話」という本である。昭和16年に岩波書店から出版されたもので、「小國民のために」というシリーズの中の1冊である。

 その話を聞いて、私もそれがどんな本なのか読みたくなった。今では絶版となってしまっている本ではあるが、図書館などで探すことは可能かもしれない。いろいろ探した結果、土木学会付属図書館のサイトに「戦前土木名著100著」の中の1冊として、電子化されたものがあることを発見した。
(⇒ 新しいウィンドウが開きます http://library.jsce.or.jp/Image_DB/s_book/jsce100/s100list.html

 旧仮名づかいの読みにくい本ではあるが、読み始めると引き込まれて一気に読んでしまった。中身については、細かく解説しないが、「小國民のために」シリーズの紹介ページにある解説だけを抜粋しておこう。以下が解説である。

 [昔の人が苦労して越した山の下に、いまはトンネルが出来て汽車が私達を運んでくれる。この本の主題、丹那トンネルは十六年の歳月と二百五十萬人の努力の結晶。人間と科学の力が地下に在つた凡ゆる困難と闘つて遂に勝つた記録です。]

 的川先生の話は、あたかも、この本が惑星科学系・探査工学系の研究者への進路に少なからず影響を与えた可能性があるという推測をしたくなる事実ではないか? 私にもとてもおもしろかったこの本は、なんとなく惑星探査衛星のプロジェクトの苦労ややりがいに重なるところもあると納得させられるものであった。この点については、「トンネルを掘る話」を読んでいた惑星科学系・探査工学系の研究者のどなたかに、いつかぜひその関係を書いていただきたい。「コンチキ号漂流記」なども「トンネルを掘る話」に通じるものがあると思う。どうなのだろう。

 私は惑星科学系・探査工学系ではなく、生物系の研究者である。的川先生の話を聞くまで、「トンネルを掘る話」は読んだこともなかったし、その存在すらも知らなかった。読んでいたら、生物学の研究者にはなっていなかったのだろうか? それも今となってはわからない。

 では、生物系の研究者にも、若い頃読んだ共通の印象深い本というのがあるのだろうか? サンプル数はまだ少ないが、試しにきいてみた同世代の人の間では、そのような特定の本はどうもなさそうである。かろうじて共通と言えそうなのは、図鑑のたぐい(特に決まったものでなく、人によっていろいろ)か。

 このような調査はおもしろそうである。さまざまな職業の人にインタビューをして、「トンネルを掘る話」のような本が存在する職業があるのか、ないのか、たとえば、宇宙飛行士(あるいは宇宙飛行士になろうとした人)が共通に読んでいた本があったら、それはぜひ知りたいという人は多いのではないだろうか。

 また、逆も調べてみたい。「トンネルを掘る話」を読んだ人が、現在どんな仕事をしているのか?

 「トンネルを掘る話」のような本は、進路を考えあぐねている高校生や大学生などにもよい指針を与えるものとなるかもしれない。絶版となっているこのような本はぜひ復刊してほしい。しかし、一つ問題はある。若者の間で活字離れが進んでいるということである。せっかく復刊されても、手にとってもらえない可能性は充分に考えられる。残念なことではあるが、やはり、本ではなく、映画やテレビ番組やアニメやゲームなどの方が、彼らに与える影響は大きいのかもしれない。確か、数年前の「君が作る宇宙ミッション」で、「プラネテス」について熱く語る高校生もいたっけ。あ、そういうものについての調査もおもしろいかも。

 それはさておき、宇宙研ファンの方々にも「トンネルを掘る話」はお薦めである。まだ読んでいない人はぜひ読んでみてください。

(メルマガの原稿を頼まれていて、そろそろ書き始めないといけないという、10月14日、チリ北部コピアポ郊外の鉱山落盤事故で、地下620mに閉じこめられていた33人全員の救出の成功が大きなニュースとなり、世界中に感銘を与えました。このニュースを見ながら、私は「トンネルを掘る話」のことを思い出したのでした。ね、読みたくなってきたでしょう?)

(黒谷明美、くろたに・あけみ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※