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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第315号

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ISASメールマガジン   第315号       【 発行日− 10.10.05 】
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★こんにちは、山本です。

 先週、1年ぶりに彼岸花を見つけました。今週は急にキンモクセイが香りだしています。秋が急速に進行しているようです。

 今週は、宇宙科学共通基礎研究系の加藤成晃(かとう・よしあき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:ノルウェーで太陽研究
☆02:JAXA事業「元気な日本復活特別枠」で ご意見募集
☆03:宇宙学校・なすこうげん 〜宇宙に夢中!〜(10月9日(土))
☆04:全天X線監視装置(MAXI)によるX線新星の発見について
☆05:初期宇宙に大量のモンスター銀河を発見
☆06:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:ノルウェーで太陽研究

 今年の3月から、私はノルウェーの首都オスロにあるオスロ大学理論宇宙物理学研究所に4ヶ月間滞在して、太陽大気で生じる波動現象の研究に取り組みました。オスロで出会った皆さんから

「どうして(太陽を研究するのに)ノルウェーなの?」

と訊かれることが多いので、いつも手短かに説明するのですが、なかなか納得して貰えなくて困りました。時には

「夏の日照時間が長いから、太陽をゆっくり見ることができますよね」

と妙に説得力のある理由をおっしゃる人もいました(冬はどうすれば良いのでしょう?)。そこで皆さんに「ノルウェーの天文学の歩み」を踏まえて、その理由をガッツリ説明しようと思います。


 ノルウェーにおける天文学の始まり

 時はデンマークから独立する1814年に遡る。ノルウェー陸軍の将校トムとエイブラハムがスウェーデンから攻め込まれた場合を想定して国境線の測量を始めた。その測量を用いて、国土地理院のオルバートが交通の要所だったベルゲンとオスロの距離を計算し、ベルゲンの位置を精密に測定していた。同じ頃、デンマークで教育を受けたクリス・ハンスティーンがオスロ大学に赴任し、天体測定(位置天文学)を用いてオルバートの測定結果を検証することになった。これがノルウェーにおける天文学の始まりです。ちなみにクリスの測定値 をGPSで検証してみると、極めて正確だったことから優秀な天文学者であることが窺い知れます。実は偶然にも、私が共同研究するオスロ大学のヴィゴ・ハンスティーン教授の4代前の祖先が彼なのです。そう言われてみると、研究所のセミナー室に飾られているクリスの肖像画と似ているような気がします。

 約百年後の1922年、「原子構造と放射に関する研究」でノーベル物理学賞を受賞したのが、デンマーク人物理学者のニールス・ボーアです。この頃、ボーアが居たコペンハーゲンの物理学研究所(現、ニールス・ボーア研究所)に滞在していたノルウェー人の天体物理学者が居ます。それが恒星からの放射を記述する時によく使われる、有名なローゼランド平均吸収係数を提唱した、スヴェン・ローゼランドです。彼こそが後に、1928年、オスロ大学の教授として理論天体物理学研究所を設立した「ノルウェーの天体物理学の父」です。
現在、研究所の建物に彼の名が記されています。つまりノルウェーは、太陽などの恒星からの放射を理論的に研究する重要な拠点なのです。


オスロ大学理論宇宙物理学研究所

 研究所は、オスロ大学キャンパスの古い一角にある物理学科の建物の隣にあります。正面玄関にはローゼランドのプレートが埋め込まれていて、これを見つけるまで彼がノルウェー人であることを私自身も知りませんでした。

 研究所にはグループが2つあります。その内の1つが太陽の研究をする「太陽物理グループ」で、マッツ・カールソン教授とヴィゴ・ハンスティーン教授が中心となり、太陽を覆う大気の研究しています。ここで私は彼らの研究グループが開発している最新の太陽大気計算ソフトウェア「BIFROST(ビーフロスト:虹の橋)」を学ぶ為に4ヶ月間滞在していました。つまり私がノルウェーに来た理由は、BIFROSTがあるからです。


太陽大気とは?

 太陽を減光フィルターで見た時、真ん丸に見えるのが約6千度の光球です。
そして皆既日食になると光球が月の影に隠れて、太陽の周囲をモヤモヤと広がって見えるのが百万度のコロナです。このように太陽大気は立体的な構造を持っていて、高さによって温度や密度が変化します。実は、この太陽大気は時々刻々と変化していて、皆さんの想像以上に太陽大気はダイナミックで神秘的な現象に満ちています。もし観た事ことが無い人は、是非、「ひので」科学衛星が捉えた映像をご覧ください。

http://www.isas.jaxa.jp/j/enterp/missions/hinode/relate.shtml


太陽大気計算ソフトウェアとは?

 私は「ひので」が捉えた科学データを分析して、太陽大気で一体何が起こっているのかを調べる研究をしています。その為に必要不可欠なのが太陽大気計算ソフトウェアです。

 読者の皆さんが目で物を見たり、デジカメで写真を撮ったりする場合を想像してください。この時、太陽光や電灯等の人工の光を物体が反射したり散乱したりした結果、物体を見たり撮影したりしています。つまり光源と物体が別々なのです。しかし太陽を覆う大気は、状況が大きく異なります。なんと光源と物体がごちゃごちゃに入り交じっています。なぜなら太陽大気は自ら様々な波長の光を放射したり、吸収再放射(散乱)したりするからです。さらに「ひので」の映像をご覧になれば分かる通り、太陽大気はダイナミックに変化します。太陽大気計算ソフトウェアを使えば、光源と物体がごちゃ混ぜになった太陽大気を精確に計算し、太陽大気で生じているダイナミックな物理現象を調べることができるのです。


BIFROSTとは?

 BIFROSTは元々、北欧神話に出てくる人間界と天界を結ぶ「虹の橋」のことです。太陽が放射する様々な波長の光を使って、太陽大気の謎を解明するソフトウェアの名前としては素晴らしい思いつきです。そしてBIFROSTは、太陽の表面にある対流層から百万度のコロナまでの幅広い太陽大気の層を計算できる世界で唯一の太陽大気計算ソフトウェアです。その技術を学ぶことが私に科せられた使命です。

 どうして幅広い太陽大気の層を計算する必要があるのでしょう? その理由の一つを説明します。太陽のエネルギー源は中心核で起こる核融合です。核融合で生じたエネルギーはまず放射で外へ運ばれ、やがて対流によって太陽表面まで到達します。問題はその先です。太陽表面は約6千度なのですが、エネルギー源から最も遠い所にあるコロナが百万度の超高温なのです。このコロナを加熱している物理現象がよく判っていません。これを太陽コロナ加熱問題と呼びます。しかも、その間にある温度が約1万度の彩層を加熱するには、コロナを加熱するのに必要な約10倍のエネルギーが必要だと見積もられている為、さらに難しい問題です。この太陽コロナ加熱問題を解く鍵は、太陽表面とコロナの間で起こる物理現象です。まさにBIFROSTは、太陽加熱問題を解明する貴重な道具なのです。


今後の展望

 コロナを加熱する物理現象として、私は光球とコロナの間を伝わる波動現象に着目しています。「ひので」で見えている太陽大気の波動現象は、コロナを加熱するのに十分なエネルギーを持っていると考えられていますが、「波動の発生メカニズム」と「コロナまで伝播できるかどうか」がよく判っていません。4ヶ月間のノルウェー滞在中の共同研究を経て、「波動が伝播できるかどうか」について、非常に手応えのある研究結果が得られました。現在、BIFROSTをJAXA Supercomputer Systemに移植して、先の研究結果の検証を進めている処です。今後の研究成果にご期待下さい。

(加藤成晃、かとう・よしあき)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※